わたしだけの先輩

沙久良 えちご

第1話

「せーんぱいっ!今日も品出しの順番間違ってましたね。」

「きょ、今日『も』じゃないよ。前は別のミスだったでしょ。」

「いや…そういう問題じゃないですよ、先輩。」

先輩と後輩はバイトが終わり、更衣室にていつものように話をしている。

先輩のミスを後輩がからかう、いつもの光景である。

「でも、後輩ちゃんがしっかり者で助かるなぁ。私がミスしちゃっても後輩ちゃんがどうにかしてくれるし。ね?」

「ね?じゃないですよ…。まったく…先輩なんだから、もっとしっかりしてくださいよ。」

先輩は反省しているのかしていないのか分からないような態度で話している。

後輩はそれを呆れたように、けれど、信頼されていることを感じてまんざらでもなさそうにしている。

パタンッ

会話の中、先輩が着替えを終えてロッカーをの扉を閉める音が響く。それがこの会話の、空間の終わりのように。

先輩は後輩に向き直り

「じゃあ、わたしは帰るね。今日もありがとう。今度のシフトもよろしくね?」

そう言って先輩は更衣室を出ていこうとする。

ドンッ!

背を向け歩き出す先輩に後輩は突然抱きついた。

「先輩っ!わたし、先輩が好きです!」

「ひゃえ!?」

突然のことに変な声を上げる先輩に構わず後輩は思いを吐き続ける。

「わたし、先輩が好きなんです!ほんとうに!この気持ち、どうしてもおさえられなくて!」

「え、あの!その!?いきなりど、どうしたの?好きって…好きってこと、だよね…?」

驚きのあまり飛び出た先輩の素っ頓狂な問に後輩は当たり前のようにこう返す。

「す、好きは…その…好き、ということで、合ってます…」

「だ、だよね……」

さっきの勢いから打って変わって、大人しくなっている後輩にどうしたものかと、逸る早鐘のような心臓を抑えながら先輩は考える。

そんな中、ふと、自分を抱きしめる腕の力が徐々に強くなっていることに気づく。

(きっと、後輩ちゃんも緊張しているんだよね…ここは、人生の先輩としてしっかり答えないと…)などと考えていると

「先輩、わたし…もう、抑えれないんです。この気持ち。だから、もう一度、ちゃんと伝えますね…」

そういうと後輩は先輩から腕を外してそのまま押し倒した。

突然のことに目を白黒させる先輩にまたがり、後輩は続ける。

「先輩…わたし、先輩が好きなんです。いつも先輩のことを考えて、気づいたら先輩を目で追っていて…だからわたし、わたし……!」

「ちょ、ちょっと後輩ちゃん!?気持ちは嬉しいんだけど、わたし達女の子同士だしそもそも仕事だけの関係だs」

互いに逸る心臓、上気する体、紅潮する頬。

しどろもどろになっている先輩に後輩は決定打を放つ。

秘めた思い。

2人の関係が変わってしまうかもしれない、その一言いちげき

「わたし……すぐにミスしてしまう先輩が好きなんです!」

……

………

後輩の告白に先輩は「え…?」とだけ返すもなにを言われたか理解出来ずに停止してしまう。

しかし、しばらくして言葉を脳が、心が理解したときには思わず

「…後輩ちゃん!またからかったの!?」

そう、壮大な前フリの果てに繰り出されたミスイジりに思わずのようにさけんでいた。

「てへっ!怒られちゃいました。んじゃ今度もよろしくお願いしますね!わたし、先に上がります!お疲れ様でしたー!」

いつの間に着替え終わっていたのか、後輩は自らの荷物を持って一目散に更衣室からでていく。

あまりにも素早くきれいな動きになにも言えず先輩見ていることしか出来なかった。



そんな先輩より先に帰った後輩は帰路を歩きながらふと思う。

(先輩、今日も可愛かったな…からかったときの反応がいちいち可愛いんだもんなぁ…もっとからかいたくなるし、仕事でもわたしを頼ってくれるし、そのまま、わたしのことで脳みそめちゃくちゃになってくれたらいいのにな……)と。

その顔は笑顔でありながらどこか、底知れない闇を感じるようだった。

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わたしだけの先輩 沙久良 えちご @meganekkosuki

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