第6話 ベアトリスの受難!?

「まぁ……お二人お揃いで……。どうなさったの?」


私クシと寛子様を繋ぐ夢の中。


基本、私クシと寛子様しか出てくることはまずない。

それ以外が出てくることは、あり得ないのだけど。


今日はなんだか、メンバーが多い。


元の世界で、私に仕えていたジュリオが頭を押さえて蹲っていた。

対照的に。

その横で立つ寛子様は、腕を組み聳え立つ。

寛子様から放たれる感情の圧が、ビリビリと私クシの肌を焦がすように伝わった。

なんとなく、髪が逆だってゆらゆらしている気がする。


どうされたのかしら?


「おい、ベアトリス。なんかアタシに言うことあんじゃねぇのか?」

「え?」

「あんだろう、ゴラァ」


あら? 晃様と結婚したいって。

晃様と本当の姿で逢瀬を重ねたいって、バレちゃったかしら?


「晃様のことですか? んもー! なかなか信じてもらえず困ってたんですのよ!」

「……はぁ?」


私クシの言葉に。

なぜか、寛子様の声が、さらにドスを効かせて低くなる。


「私クシは、寛子様じゃありません! ベアトリスなんですッて言っても。『事故の後遺症』だのなんだの言って、病院に連れていかれちゃって……」

「はぁ???」

「私クシ、晃様と添い遂げたいのに……」


私クシは、ため息と同時に呟いた。


叶わぬ恋、実らぬ愛……。

求めていたものを掴みかけると、スルリと溢れる私クシの……。


求婚があんなにイヤで、寛子様の中でグッスリ眠りたかったはずなのに。

この際、睡眠不足なんてどうでも良くなってきた。

苦悶する私クシの目の前で、寛子様が盛大なため息をついた。


「ベアトリスなんて言っちゃうとか……。アタシ、ちゃんと戻れるのだろうか?」

「? 戻る? どういうことですの?」

「おい、ベアトリス」

「数々の悪行については、目を瞑ってやる」

「え? 悪行?」


悪行? 私クシが?

寛子様、何を言ってらっしゃるの?


頭に浮かぶのは疑問符だらけの単語。

私クシは思わず、ジュリオを見た。

ジュリオがは、頭を抱えて私クシから目を逸らす。


まさか……まさか!


あの、瓦版がバレたのかしら!?

体中から、一気に冷たい汗が噴き出した。


「いや、あの! それは、ですね!」


別にモテたいとか、そういうのでバラ撒いたわけじゃありませんのよ!

〝美しい〟と噂の私クシのこと、知らない殿方がいらっしゃるんじゃないかって思って……!

まさか、睡眠不足になってしまうほどのことになろうとは。

全く想像のつかなかったことですけど!

ワザとじゃ……あら? ワザとかしら???


「あら? あら?」

「何、慌ててんだよ、ベアトリス」

「いえいえ、なんでもございませんことよ、オホホ」

「まぁ、いい。ベアトリス、アタシに教えろ!」


これ以上ツッコんでも無駄、と言わんばかりに。

寛子様は、深く思い息を吐きながら、私クシに言った。


「な、何をですの?」

「アンタに、そのセンスのかけらもないペンダントを渡した奴! 教えろッ!」

魔女マリキータのことですか?」


私クシは咄嗟に、胸で揺れるペンダントを手で覆う。

夢の中とはいえ、このペンダントは本物みたいに重さも硬さもある。

寛子様の考えていることが掴めなくて、私クシは、たまらず一歩後ずさった。


「そう! そのニキータかチキチータかだよ! どこだ! どこにいる!」

「え? えーと? 今、バカンス……中?」

「バカンス!?」

「ペンダントの報酬で、一か月ほど……チェージュ島へ」

「チェージュ島!? それはどこだ!? どこなんだよ!!」

「バカンスって言うくらいですから。もちろん南の島ですわ」

「社畜も経験していない異世界人のくせに、バカンスなんて!! 舐めてんのかーッ!!」


綺麗な黒髪に雷を纏ったように逆立たせて、寛子さんは顔を真っ赤にして憤慨する。


……こわい! こわいわ、寛子様!


「ま、まもなく帰ってくると思いますわ」

「おい……マリなんとかの家、教えろ」

「え? マリキータの家??」

「いいから!」

「〝バインディング・リドン〟通りの……」


寛子様の尋常じゃない気迫に、私の口が勝手に動いた。震える声が情けないくらい、夢の中の虚無な空間に響く。


「通りの?」

「クラックトポット三番地の……奥」

「よし! わかった!」


小さく頷いて、寛子様は踵を返すと。

「行くぞ! ジュリオ」と言ってジュリオの襟を掴んだ。寛子様より大きなジュリオを、難なく引きずりながら、夢の出入り口へと歩いていく。


え? ちょ……ちょっと、待って!!

ちょっと待ってください!!

私クシだって、寛子様に聞きたいことがあるのよ!


「待って! 寛子様ッ!」

「段取りが決まったら、また教えるから。それまでは大人しくしとけ」

「承知しましたわ、寛子様。……んじゃなくて!!」


私クシの話に全く聞く耳を持たない寛子様に、つい大きな声を出してしまった。


「なんだよ。ベアトリス」

「あ、あああのッ! アレは、どうなったんですの!?」

「アレ?」

「タケトリなんとか、っておっしゃってたじゃないの! 一体なんなんですの!?」

「あー……アレね」


面倒くさそうに、私クシと目を合わそうともせず、頭を掻いて斜め上を見る。


「アレ、求婚してきたメンズが、アンタの結婚式に持参したお祝いの品っちゅーことでいいんじゃない?」

「え? えぇ!?」

「んじゃ、そういうことで」

「え!? 分かりませんわッ! どういうことですの!?」


私クシの問いかけには、一切答えることなく。

煌めく黒髪を翻した。

そして、項垂れるジュリオを引き摺って、寛子様は闇の奥に消えていく。


「待って! 何をなさろうとしてるの!? 寛子様!!」

「あぁ、そうだ」


手を伸ばしても掴めない虚無の空間から、寛子様の声が響いた。


「金属バット野郎に、素振りでも教えてもらっとけ。近いうちき役に立つから」

「はぁ!? 素振りィ!?」


私クシは、裏返った声で叫んだ。

やっぱり、寛子様の考えていることが分からない!

ちょっ……! はっきり教えてくださらないこと!?

素振りって何??

近いうちに役に立つって、どういうことですの!?

待って! 待って! 寛子様ーッ!!






「素振りって、何ですのーッ!?」

「うわぁぁ!」


晃様の狼狽えた叫び声に、私クシはハッとした。

寛子様の世界に……戻ったんだわ。

私クシは、目を見開いてあたりを見渡す。


白い壁に、白いヘッド。

あぁ……ここは。


私がこの世界で、初めて目を覚ました場所だわ。

なんて、後味が悪い夢の中だったのかしら。

私クシはたまらず、白く薄い掛布団キルトを握りしめた。


力がこもって薄紅色になった私クシの手。

晃様は私クシの手にその大きな手を重ねて、心配そうに私クシの顔を覗きこむ。


「寛子ちゃん、大丈夫? だいぶ魘されてたようだけど……」

「えぇ、大丈夫ですわ」

「本当に?」


晃様の真っ直ぐな瞳。

その力強い眼差しは、私クシの胸の奥に沈む〝罪〟を刺激した。


「晃様、ご心配をおかけしまして申し訳ありません。大丈夫ですわ」

「よかったぁ! また、目ェ覚さないんじゃないかって……めちゃくちゃ心配した」

「あ……晃様」


瞬間、力強い晃様の眼差しが微かに揺れた。

触れると溢れてしまいそうなほど。

まるい球体の涙が、晃様の瞳で揺れている。

他人が涙を堪える姿を見て、こんなにも気持ちが揺さぶられることって、あったかしら?


きっと、そう--。

あのへタレ貴族が、魔王が同じことをしても。

私クシの気持ちは、こんな風にはならない。


……やっぱり、私クシには。

私クシには、晃様しかいないのだわ。


ここは、やはり。

何をなさろうとしているか、さっぱり分からないけど。

寛子様のいうとおりにしていた方が、いいかもしれない……!

私クシは、晃様の手を強く握り返した。


「晃様! 私クシに素振りを教えてください!」

「へ?」


私クシは至極真面目に言っているのに。

晃様は溜まった涙が引っ込んでしまうほど、素っ頓狂な声を上げる。


「私クシとの、幸せになる近道かもしれないんですの!!」

「はぁ?」


晃様の表情に、無数の疑問符が浮かび上がった。


でも……でも!! 

そんなこと、気にしている場合じゃないわ!

私クシは、晃様の手をより強く握り締めて叫んだ。


「お願い! 私クシに、素振りを教えてくださらない!? 晃様!! お願い!!」

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