第5話 中身がバレた!?
「本当、お綺麗ですわぁ」
純白のドレスを着た私クシに、お母様ぐらいの年齢の女性がため息まじりに言った。
うん! 確かにキレイ!
寛子様の肌はキメが細かいし、ウエストは細いし。
それになんてったって、この黒髪!
艶めく長い黒髪が動くたびに揺れて、光を反射するの。
なんてキレイなのかしら!!
化粧品はたくさんあるし、ドレスもおしゃれだし。
本当、元の世界に帰りたくなーい!!
でも……でも、やっぱり。
これは私クシじゃない。
寛子様なのよ……。
だから、褒められてるのに、なんだか胸がズキッとする。
だって、その賛辞の言葉は、本当の私クシに向けられている言葉じゃないんですもの。
「どうしたの? 寛子ちゃん、元気ないけど」
「あ、あぁ!? な、なんでもないんですのよ!!」
無意識に下を見て、ドレスを握りしめる私クシに。
どこぞの伯爵様よろしく、白いタキシードをお召しになった晃様が、私クシの顔を覗き込む。
あぁ……! ステキだわ、晃様。
あなたは、なんて白が似合うの……!
向けられるまっすぐな眼差しも、和まそうと崩す笑顔も。
私クシではなく、寛子様に向けられている。
そう思うと、私クシはなんだか悲しくなってしまった。
「ねぇ……晃様」
「何? 寛子ちゃん」
「もし、私クシが私クシじゃなかったら、どうなさいます?」
「え?」
晃様は、目を丸くする。
「ごめん、寛子ちゃん、何言ってるのか分かんないよ」
「あ、あのですね! 仮に私クシと外側の人が入れ替わってて、別人だったとして!」
「あぁ! あのアニメの話?」
あの、アニメ???
あら、やだ。アニメってのがイマイチ分からないけど……。
「中身入れ替わっちゃってる?」みたいな、こういうの。よくあることなのかしら?
「外見はかわっても、要は中身だと思うけどなぁ」
「中……身?」
「うん」
それって……! それって! 中身が同じなら、外見は関係ないってことかしら!?
私クシの中に、よからぬ考えがムクムクと膨らみだす。
中身さえ同じなら、ベアトリスでの外見でもいいってことですわ!
元々、本来の私クシは寛子様ではないのよ!!
もし、晃様が納得して、了承してくださったのなら!!
私クシの悩みであるアレも、全部解決してしまうかもしれない!
手段は分からないけど……! きっと、どうにかなるのよ!!
私クシは、晃様の手を両手で包み込むように握った。
「晃様ッ!」
「何? 寛子ちゃん」
「ベアトリスです! 晃様! 私クシをベアトリスとお呼びになって!」
「はぁ?」
突然すぎたかどうかは、私クシには分かりかねますが。
漢字からカタカナにクラスチェンジした名前を叫ぶ私クシを、晃様は眉根を顰めて見つめている。
……あら? 急だったかしら?
「寛子ちゃん、どうしたの? 吉本かなんかのネタ?」
「違うんです! 私、本当はベアトリスって言うんです!」
「……寛子ちゃん、ひょっとして事故の後遺症が…!!」
「違う! そうじゃないんですのよ!」
「病院! 病院に行こう! 撮影なんかしてる場合じゃない!」
「え? あ!? ちょっ! 晃様ッ!!」
真剣な顔をした晃様は、私クシの腕を掴むと勢いよく扉の外へと駆け出した。
白いタキシードを着た晃様が、他の人と結婚間近の白いドレスを着た私クシを奪って走っていく……。
なんて、素敵なのかしら!
なんかロケーション的には、めちゃくちゃロマンチック!
……なんて、悠長に考えている場合ではありませんわ!
このままじゃ、病院につれてかれちゃうーッ!!
「い……いやぁぁぁぁ!!」
✳︎ ✳︎ ✳︎
〝いやぁぁぁぁ!!〟
「ん?」
一瞬、甲高い悲鳴が、アタシの耳の奥を掠めたような気がした。
魔王とやらが出入りする窓に腰をかけて、ワインを飲んでいたアタシは、思わず周りを見渡す。
誰もいるわけないか。
昼間っから酒を煽っていたせいか?
空耳アワ〜、と。
ほろ酔いのアタシは、思わず歌い出しそうになった。
「ベアトリス様、どうされましたか?」
ジュリオは、サイドテーブルにおつまみのナッツとチーズの盛り合わせを置いて静かに言う。
「いや、なんか聞こえたような気がして」
「そうですか」
目を伏せたジュリオが、眉根に力を寄せてアタシを見上げた。
お……おぉ。
さすがは異世界人。
九十パーセントほろ酔いのせいだとは分かってはいても、なんだかカッコよく……見えなくもない。
うん、見えなくもない。
「な……何よ」
「随分、中身が変わられた、と思いまして」
「ブハッ!!」
言い得て妙すぎて、たまらず煽っていたワインを、盛大に噴き出してしまった。
「ベアトリス様!? 大丈夫ですか!?」
大丈夫も何も! あんたが変なことを言うからでしょうが!!
私はジュリオに渡された、食事用ナプキンで口を覆う。
そして、なんだか妙に。
アタシは、このジュリオに興味が湧いた。
ベアトリスのことを、すごくよく見ている。
すごくよく、知っている。
まさか……? まさか、こいつベアトリスのこと……?
ほろ酔いのせいか、冷静に働く女のカン。
アタシはジュリオを見つめ返した。
こいつは、色々なことを知っている。
知っている上で隠している。
さらにそれを、何事もなかったかのように振る舞っている。
「〝ベアトリス〟のこと、好きなの?」
「……」
「気づいてるんでしょ?」
アタシの声に、ジュリオの眉がピクリと動く。
「……何を、でしょうか?」
そして、何故か声を絞り出すように返事をした。
図星だな? 図星なんだな?
なら、黙ってる必要なくね?
「あんた、〝ベアトリス〟の近くにいるんでしょ? だったら、この如何わしいペンダントのことも。慢性的な〝悩み〟も知ってんでしょ?」
「……」
「おい」
「……」
「返事しろって」
半ば脅しのように、アタシは声帯を潰して低い声で言った。
ジュリオは、かぶりを振る。
動揺が広がって、ジュリオの鉄面皮がわずかに動いた。
「……アホなお嬢様なんだ、ベアトリス様は」
「アホ?」
さすがに想像していなかったな、アホなんて。
想像の斜め上をいくジュリオの言葉に、アタシは新喜劇よろしくベタなコケをしそうになる。
「あの歳なって、未だに得体の知れない理想の殿方を追いかけて拗らせてる。睡眠不足になったのも自業自得だ!」
「は? どういうこと?」
ジュリオは懐から、折り畳まれた一枚の紙を取り出し、ゆっくり開くとアタシの鼻先に突き出す。
〝理想の殿方、急募!!
私クシを幸せにしてくださる、容姿端麗で富豪な殿方!
是非、いらして〜! ベアトリス〟
「何? コレ?」
「ベアトリス様が、こしらえた瓦版だ」
「は?」
「コレを町中に撒き散らした」
「……」
思わず絶句した。
頭沸いてんのか? ベアトリス。
って言いたくなるくらい。
いや、ジュリオの発したあの二文字が、ピッタリと当てはまるな、これは。
「コレを見た魔王や貴族がこぞってベアトリス様のところへ……」
「……自分のせいじゃんか、ベアトリス」
ボソッと呟いたアタシの言葉に、ジュリオが真剣な顔をしてアタシの肩を強く掴んだ。
「あんた、誰なんだ?」
「!?」
「へっぽこ貴族や魔王を手玉にとってる! あんた、一体誰なんだよ!!」
危うく、壁ドンを頭からされてしまうところだった……!
押されて壁にぶつかり、背中に伝わる衝撃に。
アタシのほろ酔いが一気に醒める。
おーう。
今はか弱い女の子に暴力を振るうたぁ、上等だな、ジュリオ。
アタシは、奥歯に力を込めて歯を食いしばった。
ジュリオを見上げると、その顎に照準を合わせる。
頭を振りかぶって、額を顎の側面に叩き込んだ。
「ゔぁッ!?」
「アタシは寛子だよッ!!」
顎を押さえて蹲るジュリオを見下ろし、アタシは啖呵を切った。
そこ、効くだろ〜、ジュリオ〜。
一番脳が揺れる場所だからな〜。
今の額の衝撃で完全に酔いが醒めて。
さらにクリアになったアタシは、この状況が完全に解決できる方法を思いついた。
「……アイツ、金属バット野郎と付き合ってるって言ってたよな」
アタシは、テーブルに置かれたワインのボトルを掴むと、その中身を一気に煽る。
寝るんだよ、直ちに!! 寝てしまうんだ!!
「おい……何をする!」
のたうち回るジュリオを捕まえて、その口にワインを流し込んだ。
「つか、おまえも来いッ! ジュリオ!!」
「どこ……に!?」
「ベアトリスんとこ」
「!?」
「見つけた理想の殿方と結婚しろって! 言いにいくんだよ!」
「はぁ!?」
「それで解決すんだろ!? 終わらせっぞ、こんなこと!! 早くッ!!」
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