私の心情

月出 四季

親の理不尽

「いい加減にしなさいっ!」



先程まで和やかだった夕食の時間は、母親の声と、机に箸を叩きつける手によって

ガラッと雰囲気が変わってしまった。母親は席を立つと、向かい側に座っていた

自分の娘の髪を引っ張り上げ、ビンタした。そして娘がかけていたメガネと、娘の

持っていた箸を取り上げ机に置き、さらにビンタする。その時さらに髪の毛を

引っ張ったので、その反動で椅子が後ろに傾き、落ちないために娘は慌てて

テーブルを掴む。それを見た母親は手を叩き、娘をわざと床に落とした。

その反動で、娘の好物である角煮は机に零れ落ち、長女の叫び声が聞こえた。


――ああ、うるさい。


娘…私は、そう思った。発端は、些細な事。自身の好物である角煮が、甘すぎた

のだ。味見をしたとき、薄かった。それを母親に伝えると砂糖を増やしてくれたよう

だが、上手くいかなかったのか、最初はちょうどよかった角煮は冷えた影響か、甘く

なってしまった。


何でよ、別に私、何も悪いこと、してないでしょ。


角煮は甘さゆえに、コーンフレークの味がした。それを母親に言ったが、もちろん

作ってくれた人には失礼だ。だから、「だけど、甘くて美味しい」と伝えた。嘘では

ない。私はコーンフレークが好きだから、病みつきになった。だけど、ポロッと、

「コーンフレークみたい」と、また言ってしまった。そう言うと母親は怒った。

そしてガミガミ言ってきたが、私はスルーした。反論しても、どうせ大きく

怒鳴られて消えて行くだけだ。どうせ何を言ってもムダ。だから聞いてもムダ。

そう思って何も言わずに角煮を食べていたら、こうなった。


床に倒された私は引きずられて、ダイニングからリビングへと連れていかれる。

そこでもう一度ビンタされ、頭をはたかれ、胸の上を足で押さえつけられた。

メガネを机に置いたのは、メガネが高いからだ。殴って、メガネが割れて、もし私の

目に入れば大惨事だし、メガネをもう一回買わなければならない。きっと目に

入ったら慌てて病院に連れて行ってくれるだろう。今の母親からは想像も

出来ないが、一応、優しいと言えば優しい。

倒されて殴られているとき、何を母親が言っていたかは、覚えていない。なぜなら

自分は、自身の心の声に耳を傾けることで、話を聞かないようにしていたからだ。

でも、母親が喋っている間何も言ってこなかったのが癪に障ったのだろう。


何、アンタどうせ喋ったって、「うるさい」とか「黙れ」とか、言ってくるんでしょ


殴られながら、私はそう思った。実は私には、反論するとどうしてもモゴモゴ、声が

小さくなってしまう癖があるのだ。当時は寿司屋でウニフェスがやっていて、母親が

行きたがっていた。そのときカニも売っていたので私も行きたくて、いつ行くかを

決めていたのだが。そこでつい、声が小さくなってしまった。そこで母親がキレ、

小さい声で喋るなと言ってきた。どうせ自分が反論してもかき消されるし、声が

小さくてさらに怒りを買うだけだと、思った。


痛くはない。でも、涙が出た。きっと、脳が何か命令してるんだと、心が怒りに

かられつつも、冷静にそう思った。叩かれて痛くないのは、きっと慣れたからだ。

小さい頃から、ずっと叩かれてきた。もちろんそれは悪いことをしてきたからだ。

でも私は今も、少しやりすぎじゃないかと思うことがある。


―小3のとき。個人懇談の紙を渡すのを忘れていた。ほんの1日だけのことだ。でも

母親はキレ、あろうことか、鉄の棒で叩いてきた。手の骨に当たるたび、足に膝に

当たるたび、痛かった。出し忘れた自分が悪いのだが、やりすぎではないかと、

思った。念のためもう一度言う。自分が悪いがそれでも、だ。コーンフレークに

関しては私が悪いと、今でも思うし理解している。でも今叩かれている理由は、何も反論しなかったからだ。


おかしくないかと、自分は思った。反論しなかったのには、実はもう一つ理由が

ある。かりに大きな声でも反論すれば、殴られる危険性があるからだ。自分は

長い間の体験で、実を持って知っている。だから反論しなかったら逆にキレられ、

結果的に殴られているのだが。


母親が離れ、こぼれた角煮を処理している間に、涙を拭き、メガネをかけ、

ボサボサになった髪の毛を直す。そして席に座り、お茶を飲み干し、器を片付け

始めた。…が


「アンタは座ってなさい!」


そう言われることは、想定済みだった。ことあるごとにそこから動かさないのだ。

昔洗面所にいたときに(理由は忘れてしまったが)、洗面所とリビングで喧嘩をした。

すると母親は、


『アンタはもうずっとそこにいなさい!』


と言って、私を洗面所から出さなかった。敢えて風呂場まで連れて行き、出してくれ

なかったこともある。冬で寒かったのを覚えている。内心呆れていたが幼いころから

染みついているからか、体は怖くて、呆れからのため息を出すのを拒絶する。

仕方なく座っていると、姉が席を立ち、入れ替わりに片付け終えた母親がやって

きた。それからまたガミガミ言ってきたが、自分は再び心の声に耳を傾けた。


――喋るなって言ったから喋らなかった。反論してきたらどうせ怒鳴るか殴るくせにしなかったら殴るってどういうこと?結局どっちが正しいの、どうすればよかったの?適当に頷けばよかった?アンタの話にいちいち足をなめるように賛同すればよかったの?


親は理不尽だと思う。もちろん何度も言うように、自分が悪いことをして怒られれば

それは自業自得だ、だから、それは除いた案件での話だ。例えば、起こしに行って

キレられたこともある。喋るなと言われたから喋らなければ逆に怒られるし、

「喋るなって言ってたじゃん」って言えば「言ってない」という。だから喋ろうと

すれば


「喋るな」「うるさい」「黙れ」


私にはもう、何もわからない。どうするればいいのか。ただ親の思考で殴られる

だけの玩具だ。でも、自分はまだいい。理不尽に殴られることはあるけれど、

怒らなければ優しい母親だ。そうでない子供はいっぱいいる。何度か〇殺を考えた

ことがあった。でも、そのたびに堪えてきた。自分より酷い扱いを受けている子も、

今日を頑張って生きているから。


自分はまだ…頑張る。それでもやっぱり…理不尽だと思う。

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私の心情 月出 四季 @autumnandfall

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