第15話

能力の使いすぎでぶっ倒れた2人を高速道路出口の近くの公衆トイレの裏に寝かせた後、俺とターボババアは近くにあった大学病院に来ていた。

来たと言っても大学病院の前にあるベンチに2人で座ってるだけだけどな。まぁこの時間だと人通りは少ないし、ターボババアと喋っていても多分大丈夫、多分。

「わしには、1人の孫がおったんじゃよ」

そしてターボババアは話し始めた。己の後悔を⋯⋯。


「おばあちゃーん!」

「おーかなちゃん、元気だったかい?」

「うん!元気だよ!」

古い家の木製の縁側の上で、少女は笑い、白髪のおばあちゃんは少女を抱きしめる。

「病気は良くなってきてるんだね?」

「うん!私とーっても元気だよ!」

少女はチャーミングポイントでもあるツインテールを揺らしながら、飛び跳ねる。

「そうかそうか、それはよかった」

「ふふん」

おばあちゃんが少女の頭を撫でると、くすぐったそうに少女ははにかんだ。少女は重い病気を患っていた。1年入院する必要があるほど重く、治しづらい心臓の病気であったのだ。だからこそ少女の笑顔は嘘である。今も苦しくて苦しくて仕方ないのだ。だが少女は笑う、大好きなおばあちゃんに心配させたくないから、泣かせたくないから。笑っているおばあちゃんが大好きだから。

「かなちゃんは夢とかあるのかい?」

「夢ー?」

「そう、夢」

縁側に彼女は地に足をつけ、少女は足をぷらぷらさせて座っていた。

「うーん私はね⋯⋯お医者さんになりたい!病院でつらい思いしてる人を助けてあげたい!」

「それは、うん、いい夢だね」

「でしょー?、私ね病気が全部治ったらこの原っぱを駆け回りたい、学校に行って皆とサッカーしたいんだ!」

「っ、そうだね、できるさきっと」

おばあちゃんは孫の病気がもう治らないことを知っている。もう手遅れなほど進行していることを知っている。だからこそ少女のこの言葉は彼女の心を締め付けた。

そして少女と会う場所はどんどん変わっていった。

「大丈夫かい?かなちゃん」

「うん!あのね後1週間入院すれば治るって言ってた!」

「そうか、そりゃよかった」

縁側から病室になり、少女の顔はみるからにやつれていった。


「あ、おばあちゃん、今日も色んな差し入れありがとう、おばあちゃんがいてくれて私本当に嬉しいよ」

「⋯⋯それはっわしの方こそいてくれて⋯⋯」

ついに少女は強がりをしなくなり、支えてくれた家族への感謝を言い始めた。彼女にとってはその感謝の言葉は何よりつらい言葉だろう。


「⋯⋯おばあちゃん私ね、お医者さんになりたかった、友達とサッカーしてみたかった、⋯⋯もっと生きていたかった」

「かなっ!」

少女は初めて涙を流した。おばあちゃんは少女を抱きしめる。そして細くやせ細ったその体を実感して涙を浮かべる。

世界はあまりにも残酷で非道だ。こんな悲しいことが起きているのに救いの手が伸びることなど絶対にないのだ。


そして数ヶ月後、おばあちゃんが家で医学の本を読んでいると電話がかかってきた。

「はい、もしもし」

「もしもしおばあちゃん、私、くるみだけど、かなが⋯⋯」

実の娘であるくるみからの電話に、彼女は最後まで話を聞かずに家を飛び出していた。家に停めてある車にキーを差し込み、エンジンをかける。

(かな、かな、かな、どうか、どうか生きていて!)

彼女の家から少女がいる病院までは高速道路を使っても1時間はかかる。

(早く、早く、早く!)

その焦りが彼女のハンドルを狂わせた。ハンドル操作を誤った彼女の車はガードレールを壊し、高速道路の下にある森に突っ込んで行った。車は垂直に落ちていき、そして大木の幹が彼女の車と喉を貫いた。

(お願いです神様、どうか、どうかあの子に、もう一度会わせて下さい!)

だが、彼女の孫への愛が彼女を幽霊にした。その後も彼女は全力を出して病院に向かう。彼女は一般車とほぼ同じスピードで走る。だが⋯⋯

「⋯⋯残念ながら」

彼女が着いた時にはもう少女は亡くなっていた。それは彼女が幽霊としての目的を失ったことと同義である。

「わしがもっと速かったら、わしがもっと⋯⋯もっとっ!」

そして彼女は自らに契約を課す。高速道路のある区間においてしか生きられず、高速道路にいる人間に勝負を仕掛け、負けるまでこの契約を解くことはできない。手加減はできず、勝てばさらなる速さと人間の魂を手に入れ、負ければ今まで回収した人間の魂で勝った人間の望みを叶えるというものである。勝ち続ける限り人間の魂をもらうということに罪悪感がわかず、さらに勝負内容を喋る時のみ人間と会話をすることができる。


「これがターボババアができた経緯じゃな」

「⋯⋯なぁあんたの話にでてきたかなちゃんの苗字ってなんだ?」

「うん?桜木じゃが?」

「あっはっはっはっこんな偶然ってあるんだな、あんたの孫の場所、俺知ってるぜ」

「それは本当か!?」

ガッ!とターボババアに肩を掴まれる。どうやら、奇跡ってのはあるみたいだ。

「あぁ、俺についてきてくれ」



真理と東雲を俺とターボババアで分担しておんぶしながら電車やバスに乗って、桜木かなちゃんがいた場所まで戻る。

「かなちゃん」

「お兄ちゃん」

泣いていたかなちゃんの後ろから話しかけると、かなちゃんは涙を浮かべて振り返る。

「この人じゃない?君のおばあちゃん」

「かな、かな、かなっ!」

ターボババアはかなちゃんに抱きつき涙を流す。

「おばあちゃん?本当におばあちゃんなの?」

「あぁおばあちゃんだよ、かなちゃんだけのおばあちゃんだよ」

「おばあちゃぁぁぁぁぁぁぁん!」

かなちゃんは顔をくしゃくしゃにして泣き出す。強く、強く抱きしめる。もう離れないように、もう二度と1人ぼっちにならないように。

「⋯⋯ほんどっ、よがっだ!」

俺の今の顔はどうなっているだろうか?多分涙でくしゃくしゃになっていると思う。

「おばあちゃん私ね、幽霊になっても誰も私のことを見てくれなくて、すごく、すごく悲しかった、だけどねおばあちゃん私ね、今が1番幸せなんだ」

「私もだよ、ありがとねわたしゃ幸せもんだな」

「おばあちゃん、今までどこに行ってたの?」

「わしは⋯⋯そうじゃな、ちょっと悪いことをしていたな」

「悪いこと?」

「あぁ、かなに会えなくておかしくなってたんじゃろうな」

「そうなんだ、じゃあ今私に会えて良かった?」

「もちろんさ」

「あはは、くすぐったいよぉ」

ターボババアはかなちゃんの頭を乱雑に、だけどどこか暖かみのある手で撫でる。そして気づけば2人の体は光の粒子になっていった。感動の再開に水を差すようで悪いけど俺の願い事はまだ終わっていない。

「⋯⋯ターボババア、あんたにひとつ聞きたいことがある、コックリさんが今どこで何をしているか知ってるか?」

「それは願い事ということでいいのかい?」

「あぁ」

「ちょっと待ってな」

すると一拍置いてからターボババアは再び口を開けた。

「あぁ、場所は━━━━━━━━━じゃな」

「随分と早いんだな」

「まぁ、人間の魂の力をちょいと借りたからのぉ」

昔、花子が言っていた。人間の魂とは万能なものだと、人間の魂をほんの少し使うだけで幽霊は大幅な進化をする。誰かの場所を特定するだけなら一つの魂の一欠片を使うだけで十分だろう。ごめんなさい、どこかの誰かさん、あなたの寿命を少しだけ貰います。多分1ヶ月程だと思います。

「あー、後取った魂は⋯⋯」

「還しとくよ」

「助かるよ」

「それはこっちのセリフさ、こんな幸せがあるなんて夢にも思わなかったさ」

ターボババアはかなちゃんを力の限り抱きとめる。

「お兄ちゃんありがとう、私とっても幸せだよ!」

「そうか、良かったなかなちゃん」

かなちゃんのその笑みは初めて会った時とは比べものにならないくらい明るかった。良かった⋯⋯本当に良かった。確かに世界は冷酷で残酷だ。だけどこんな、偶然がこんな奇跡が人を救うこともある。あのときの俺みたいに⋯⋯。

「なぁあんた、これから何をするかは分からないけどさ、わしはあんたに何があっても応援するよ」

「私も!」

「⋯⋯ありがとうございます」

深く深く頭を下げる。誰かが味方になってくれるというのはやはり嬉しいものだな。

「何を言ってるのさ、こっちこそありがとうね」

「ありがとうお兄ちゃん!」

そう言って、2人は光の粒子になって消えていく。あぁいいことをした。心からそう思える。だけどやはり別れは少し寂しいな。別れてからもう少しターボババアと言い合いたかったとか、かなちゃんを愛でたかったとかどうしても考えてしまう。寂しい。田んぼから聞こえるカエルの鳴き声が余計俺を孤独にさせた。

「ふがっ!やるじゃないか我の力に溺れりゅといい⋯⋯スースー」

「おいおいおい、そんなに近づくなよ火傷するぜ⋯⋯スースー」

「ふっ、馬鹿だなこいつらは」

けどまぁ、今は1人じゃないか。俺を照らす月明かりがとても暖かく感じた。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る