第14話 ターボババア3

「準備はいいな?」

ターボババアは不敵に笑って問う。それに臆することなく東雲は口を開いた。

「あぁ、始めよう」

「⋯⋯3、2、1、よーいドン!」

瞬間、さっきと同じような風圧が俺の顔にかかる、だが、さっきので大分慣れたおかげなのか、喋ることができるようになっていた。

「⋯⋯なぁ、なんでさっきターボババアと喋れてたんだ?」

「多分、なんらかの契約なんじゃね?よく分かんないけど」

「ふーん、後めっちゃ取り残されてるけど大丈夫そ?」

俺達はスタートと同時にターボババアの姿が見えなくなるくらいまで距離を離されていた。

「⋯⋯あのババア速すぎね?」

東雲の能力は持久力と筋力全般の大幅な強化である。俺達を抱えていても最高速度100キロを超えることができるらしい。ターボババアの最高速度は100キロだったはずだから、勝てると思ったんだけど、あれは絶対に100キロどころじゃない。

「クッソ、どうするか、あんだけ離されたら追いつけねーぞ、はぁはぁ」

あれだけ持久力が強化されている東雲がもう息を切らしている。まずいな、東雲はすでに100キロを超えるスピードで走っているのにターボババアの背中すら見えないなんて。

「ここは我にまかせろろろろろろろろ」

すると口の中に風を貯めた真理が右手から闇を出し始めた。

「お前、何して」

「我の右手の闇は音速を超えるのだ!」

確かに右手の闇は俺達の速さを超えたスピードで前へ伸びていく。

「おー!いけいけ!」

「やるじゃねぇか、真理!」

「わっはっはっ!もっと褒めろ、貴様ら!」

この真理の右手の闇でターボババアの目をふさぐことが出来れば大分時間が稼げるぞ!

すると前の方からでかい音と共に、「なんじゃこりゃァァァァ」という叫び声が聞こえた。

「おーターボババア、どこいってんだー?そっちは森だぜー」

「貴様らぁ!卑怯だぞ!くそぉ見えん、何も見えん!」

「はっはっ、あっかんべーだ」

「我の闇をとくと喰らうがいいさ、わーはっはっ」

ターボババアは高速道路のガードレールを突っ切り、その先にある森に飛び出して行った。



「くそっ、この闇を何とかしないとどこに行けばいいかもわからん!」

まとわりつく闇に四苦八苦するものの、何の意味もなさず無駄骨に終わる。

(なんじゃこの闇はどうやって取れるんだ!)

真理の能力”右手の闇”は射程無限大の闇を操れる能力であり、その闇を触れたものは真理にも感じとることができる。その闇は霧状であり、ターボババアの力をもってしても振り払うことはできない。

(落ち着けわしはまだ負けていない、まずは状況確認じゃ)

ターボババアは何度も横に高速にステップして、ほんの一瞬だけ見える景色で自分がどれだけ道から外れているかを確認する。

(うむ、そこまで離れていなかったのぉ)

ターボババアはゆっくりと、微かに見えた元の道へと戻っていく。たまに高速に横に動いて方向があってるかどうかを確認しながら。

(ふむ、元の場所には戻ったがここからどうするか)

「⋯⋯そうだ」

ターボババアはにやりと、醜悪な笑みを浮かべた。



「!、おいよく聞け貴様ら、ターボババアがまた高速で動き始めた」

「は、どうやって?」

「そんなもん我に分かるかぁ!」

「お前ら、はぁ、はぁ、俺の背中の上でそんな暴れんな、疲れる、はぁ、はぁから」

「あぁ、ごめん」

「すまん」

大分東雲にも疲れが見えてきたな、服を通して東雲の汗が伝わってくる。くっそ!どうやってターボババアは走ってんだよ!

「なぁ、何か聞こえないか?」

「え?」

真理のその一言に俺は耳を澄ましてみる。東雲の息が切れる音、東雲の足が地面を強く蹴る音、そしてギャリギャリと壁と何かが擦れるような音。うん?壁と擦れるような音?

「よぉ、若造共!」

ばっと後ろを振り返ると、鬼の形相で俺たちを追ってきているターボババアの姿があった。闇をまとっていることにより、その気迫は1層強くなっていた。

「「はぁ!?」」

「なっ、どうやって!」

「わしはなぁ、ぜぇぇったいに負けたくないんだよぉぉぉっ!」

まさか実体化か?いつもは人には見えない幽霊だが、ある一定数の幽霊は実体化をして人間や物体に触れることができるのだ。多分ターボババアはガードレールに触れながら、ダッシュしてきているのだ。さっきまでの道には出口も休憩所もないから、ずっとああやって走ってきたのか。

やばいやばい、どんどん近づいて来てやがる。最初程の速さは無いにしても以前東雲を超えるスピードだ。このままじゃ負けちまうな。

うーん、この手は卑怯だからあんまり使いたくなかったんだが、まぁ仕方ないか⋯⋯。

「おい、東雲、真理ちょっと耳貸せ」



(前は見えん、だが前からあの若造共声が聞こえることからも道は間違えていないことが分かる)

(このまま突っ走って、追い抜いてやるわい)

ターボババアは擦れて炎が出かけている手などまるで気にもとめずに、ただただ走り続ける。

「くそっ抜かされっ」

「あっはっはっ、貴様らの負けのようじゃなぁ!」

横から聞こえる徹達の声に気持ち良くなったターボババアはさらに足の回転速度をあげていく、つもりだった。

(ん?体が重い)

自らの体重の変化に気づく。疲れた訳ではない、ならばどうしてと考えていると、頭と首に違和感があることに気づく。ターボババアが後ろを振り返るとそこには⋯⋯

「ばばばばばばばばばばばばばば」

「ぶぶぶぶぶぶぶ」

芸人のように口の中に空気を貯めながら頬を裏返しているあの若造共がいた。若造共は必死にターボババアの首と頭にしがみつく。

「貴様らぁっ!手を離せぇ!」

頭をブンブン降ったり、ガードレールで擦ってない方の手で取ろうとするが、全く手をはなそうとしない。

「このガキどもぉ!」

(くっ、まぁいいかこいつらはわしの体に捕まっているのがやっとのはずだ、ならこのままゴールすりゃいいだけさね)

ターボババアはたまに止まっては超高速横移動をしては今どこにいるかを確認しながら進んでいく。

(よしゴールが見えた!)

ターボババアは微かに見えた高速道路の出口を見つける。

「ヤバっ、おい!俺の合図に合わせてゴールに飛び込むぞ!」

「了解!」

「かっかっか!無駄じゃ無駄じゃ、お前らの飛び込むスピードよりわしの方が速いからのぉ」

そしてターボババアはガードレールから手を離し、さらに加速し始める。

「⋯⋯くっ!3!2!1!」

「今だ!!手を離せ!」

ターボババアから首と頭から手の感触が消え去った。

「あと、すこしっ!」

「無駄じゃぁ!」

「あっ、くっそぉぉぉぉぁぉっ!」

「ふっ、ははははははっ!どうやらわしの勝ちのようじゃな!」

若造の男の悔しがる男の声を聞き、ターボババアは足を止める。

「憐れじゃのぉ、あれだけ頑張っていたのにのぉ」

ターボババアは嘲笑するようにうわずった声で喋る、よほどこの若造どもに勝てたのが嬉しかったのだろう。

「くそぅ、なんで、なんで負けちまったんだよぉ」

「それはのぉお主らが遅かった、ただそれだけじゃよ、それよりも早くこの闇をとってくれ!鬱陶しいわ!」

「あぁごめんごめん今外してやる、真理、ターボババアの闇を解いてくれ」

「了解」

すると真理の能力である闇はターボババアの周りから消えていく。

「あぁ、ようやく取れ⋯⋯」

「よぉ、ターボババア」

「!」

「俺達の勝ちみたいだな」

ターボババアは闇の隙間から前髪を汗で濡らした東雲旬が自らの隣にあった高速道路の出口を通る瞬間を見た。

「なっ、貴様ら、どういう⋯⋯」

そして闇が晴れてやっと気づく。自分はゴールをくぐってなどいなかったことに、ゴールを目の前にして止まっていたことに。

「謀ったか!」

「あぁ騙させてもらったぜ、あんたの聴覚をよぉ」

ターボババアが睨みつける先にいたのは余裕の笑みを浮かべながら歩いてくる橘徹であった。

「あの、カウントダウンも適当だったというわけじゃな」

「あぁあんたがゴールする前に俺と真理だけでお前に掴まり、まるで3人全員があんたに掴まったと思わせる、んで最後の最後、俺のカウントダウンであたかもゴールしたかのように思わせて油断させる、その隙に東雲がゴールする、これが俺たちが考えた作戦だったのさ」

「かっかっかっ見事にやられたわい、やるのぉお前たち」

ターボババアはどこか悔しそうに笑みを浮かべた。

「はぁ!はぁ!はぁ!はぁ!はぁ!」

するとふらふらになりながら、こちらに近づいてくる東雲旬の姿があった。長い前髪をかきあげ、顔、背中、首、から汗を垂れ流しにしている。顔は完全に疲れきっており、目の焦点が合っていない、今にも倒れそうである。

「つ、疲れた」

案の定東雲は頭を地面に打ち付け、気を失った。

「わ、我も」

すると橘徹の隣で転がっていた真理も同じく首を力なく倒し気をうしなった。

能力者達は能力を使いすぎると回復のための気絶を行うことがある。それは耐え難いものであり、能力を解除するとすぐに襲ってくるものである。

「どうやら、気を失ったようじゃの」

「みたいだな」

「のぉお主、少しわしの昔話に付き合ってくれないかのぉ」

「⋯⋯俺の願い事聞いてくれるんじゃなかったの?」

ターボババアのその提案に橘徹は口を尖らせ、睨みつける。

「あぁ叶えてやるさ、ただわしの後悔を話しておきたかったのさ、悪いけど願い事はその後にしてくれないかのぉ」

「⋯⋯分かった、聞くよあんたの後悔」

「ありがとね」

ターボババアの切実な願いに何かを感じ取った徹は表情を引き締めた。



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