第4話30年越しの告白2
一本の桜の木が咲いてる丘はこの街では有名だ。いわくその場所で告白するとその恋が成就するらしい。
だが、あの廃校からかなり距離が離れていて、多分10キロはある。
この辺に駅はあるが今の時間だとあまり電車がない、だからチャリがベストの選択肢となる。
そして、日が落ちるのがだいたい6時半頃、今の時刻は5時半、廃校から出て20分近くたった。本当に時間がねぇ!
「まわれぇ!俺の足ぃ!」
ぎゅんぎゅんぎゅんぎゅんとペダルをこぐ。ギアを6にして重くなったペダルを意にも介さずに全力でこぐ。
「頑張ってください!徹さん!」
横で太郎さんが並走しながら応援してくれている。
俺のチャリはママチャリだ。そんな長距離を早く移動するのに作られていない。
「あぶ!!」
道端にあったちょっと大きめの石に引っかかってしまった。ハンドルが揺らぐが、何とか持ちこたえる。
「はぁはぁはぁはぁ」
つらい、なんだよこれ。ペダルが重くなってきてバカ疲れるじゃねぇか。
「いたぁ!」
次は縁石に自転車のタイヤを擦ってしまい盛大にコケる。コンクリートに膝を擦りながらら歩道を転がっていく、何とか塀にぶつかり、その勢いを止めることに成功するが、ダメージはでかい。
「だ、大丈夫ですか!?」
太郎さんがかけよって心配をかけてくれる。だが、その応対がすぐにはできないくらいに膝が痛かった。
「いてぇ」
なんで俺はこんなことしてんだろう。こんな痛い思いをしてんだろう。
『お前きもいんだよ!』『一人で遊んでろテメーみたいなキモイやつは』『二度とサッカーに交ざんなよ』『幽霊とかいねぇから、もう私に近づかないでくれない?』
「くっ!」
違うな、太郎さんは俺を頼ってくれたんだ。なんでこんなことをやっているかなんて考えるな。助けが必要だって言ってくれたんだ。なら、こんな痛みくらい我慢しろ、もっと痛いことは経験済みだろうが。
なぁ、俺をバカにしてた奴らよ、お前らはサッカーが取り柄なのかもしれねぇがな、俺は、幽霊と話せるのが取り柄なんだよ!
立ち上がり、倒れた自転車を立て直して、走りながら自転車に乗る。
「しゃぁっ!」
そしてペダルの回転をさらに加速させるため、サドルから腰を浮かし立ち漕ぎの体勢に入る。
ここからが俺の本気の本気だ。
「おらぁ!」
「だ、大丈夫なんですか?膝とかいっぱい血が出てますけど」
「大丈夫です!」
気迫がさっきの3倍ましになった俺を気遣うなんてナンセンスですよ、太郎さん。
「あの、なんでそこまで、してくれるんですか?別に来年でも⋯⋯」
「愚問ですね、今やれるから、やるんです」
太郎さんの疑問に吐き捨てるように答えた。
「必ず俺があなたとかさみさんを会わせて見せますから!」
俺は筋肉がはち切れんばかりにペダルを踏みしめた。
「綺麗な夕日」
丘の上から見える山の向こうに沈んでいこうとする太陽を見て、七夕かさみはそうつぶやく。
(この桜の木に通い始めてから今年で30年目だろうか?)
(もう彼への恋心はない、それもそうだ30年も経っているのだ、だから私が結婚するのも⋯⋯いい、筈なんだ)
かさみには思いを寄せられていた男性が一人いた。その男性はいいとこの息子で、顔も性格も悪くない。本来なら付き合うのになんの躊躇いもないはずなのだ。
だが、かさみは結婚しなかった。
太郎のことが尾を引いていたのだ。太郎が自分に好意を抱いていたのは気づいていた。それもそうだろう、あんなにあからさまなアプローチを受けて気づかない方がおかしい。
そしてかさみもまた太郎に悪い印象は持っていなかった。告白されれば、付き合おうと思っていた。
だけど、太郎はかさみを庇って死んでしまった。その罪悪感が、かさみを結婚に踏み切らせる事を許さなかった。自分だけが幸せになることということが出来なかった。そして、
だが、最近かさみは自分に疑問に感じてきている。"本当に罪悪感だけでこの場所に来ているのか?"と、毎年、毎年、この場所に来てはあの時のことに思いを馳せている。これは本当に罪悪感からだけの行為なのだろうか?
「帰ろう」
太陽がもうすぐ落ちる所でかさみは立ち上がった。
その時だった。
「待ってくださーーーーい!」
「え?」
丘の下から声が聞こえた。声変わりしたての少し幼さが混じったような声だった。
振り返るとその丘の下にはボロボロの少年がいた。
少年は痛めた足を引きずりながらこの丘を登り始めている。
(誰、あの子)
かさみにとっては知らない少年だった。
「ぜぇー、はぁー、ひぃー、ぜぇー、ぜぇー」
「き、君は誰なの!?というか大丈夫!?その傷!」
「はぁ!はぁ!たち、はぁ!ばな、はぁ徹です、あなたに会わせたい人がいるんです!後、はぁ、俺の傷のことは気にしないでください、転んだだけなので、はぁ」
「えー」
少年の名前は橘徹と言うらしい。着崩れた紺色のブレザーを着ているから高校生だろうか?幼さを残した黒目に、目にかかるくらいの前髪が爆発していて、額やら、膝やらから血が出ていた。かさみはその姿にちょっと引いている。だが、それ以外はどこにでも居そうな少年だった。
「会わせたい人?」
「はい」
「それは誰?」
いきなりボロボロの状態で現れた少年をかさみは怪訝そうな目で見つめる。
「はぁ、それは」
徹は一呼吸置き、息を整えてから
「喜久田太郎さんです」
「え」
その名前は、かさみにとってずっと、ずっと、かさみの罪悪感になっていた人の名前だった。謝りたかった人の名前だったのだ。
「どこに!?どこに!いるの!?」
必死で、徹の肩をつかみ、訪ねる。
「もう隣にいますよ」
「え?」
その言葉を聞き、ゆっくりと顔を右に向ける。
そこに居たのは紛れもない、かさみがずっとずっと待ち望んでいた人だった。
「かさみさんお久しぶりです」
「太郎さん⋯⋯ど、うして」
坊主頭に凛とした目、そしてブレザーをきちっと着こなしている。あの日とまるで変わっていなかった。かさみの頭は、どうしてここにいるのか?なぜ生きているのか?今までなにをしていたのか?色んな聞きたいことがごちゃごちゃになった。だが、次にかさみの言葉から出てきたのは⋯⋯
「太郎さん!太郎さん!太郎さん!ごめんさなさい!あの日、私のせいで、車に!本当に、本当に!」
かさみは徹の肩から手を離し、両手で顔をおおって、涙を拭う。
徹は能力が切れないようにとかさみの服の裾をつまむ。
「あの、泣かないで下さい、自分は大丈夫ですから」
「本当に、本当に、ごベンなざい」
「あぁ、いや、その、あの泣かないで」
かさみの両手離しに泣いている姿に太郎はオドオドして冷や汗をかいている。
「ごべなざーーーーーーい」
泣いた。とにかく泣いた。そして謝った。今までの罪悪感を清算するように、重荷を下ろすかのように。ただ泣いて謝り続けた。
太陽が完全に落ち、街灯が丘を照らし始めた頃にようやくかさみは泣き止んだ。
「ぐずっ、ぐす」
「ようやく泣きやみましたか?」
「すん、うん」
「はぁ良かった」
太郎はやっと、気をゆるめることが出来た。そして落ち着いたからかかさみはあることに気づく。
「あれ?太郎さんなんでここに?あれ?どうして生きて⋯⋯、あれ?」
ようやく正常な思考を取り戻したようだ。今のおかしな現状に気づくことができたらしい。
「これでやっと説明ができますね、自分はあの日、かさみさんを庇った日に確かに死にました、けどあなたに伝えたいことがあったんです、その強い意志が自分を幽霊にしたんだと思います」
幽霊になるにはある条件がある。死ぬ時に"○○○するまで死ねない"と強く念じることで、幽霊になることができる。だが、その目的が達成された時には⋯⋯
「そして隣にいる少年の徹さんの能力"触れている人に幽霊を見せる"能力で幽霊が見えないかさみさんが幽霊を見ることが出来るようになったというわけです」
「なるほど?⋯⋯能力とかそういうのはよく分からないけど、私の目の前にいるのは紛れもなく太郎さんなんですよね?」
「はい、そうです」
「そっか、なら」
かさみは突然振り返り、徹の方を向く。そして深々と頭を下げた。
「ありがとう徹くん、君のおかげで会いたかった人に会うことができた、本当にありがとう」
「あ、いえ、その俺は何も」
「そんなボロボロになっても何もしてないって言うつもり?」
「あ」
アドレナリンが収まった徹は今の自分の姿を見てやっと、自分がボロボロなことに気づき、そして徹は顔を赤らめる。
「本当にありがとうね」
「⋯⋯はい」
気恥しそうにしている徹に向けてニコッと微笑んだ後、また太郎の方に向き直る。
「さて!積もる話もあるだろうから、ゆっくり話をしましょ、私の家に来ない?」
「⋯⋯かさみさん、聞いて欲しいことがあるんです」
「え?ちょっとどうしたの?太郎さん、早く家に行きましょうよ」
いつまでも立ち止まったままの太郎にかさみは眉をひそめ怪訝な表情を見せる。
幽霊にはもうひとつ特徴がある。それは自分の目的がもうすぐ完遂されそうな時、我慢ができないというものだ。多少はできるが、時間が経つにつれてその我慢が出来なくなってくる。
そして我慢が限界を迎えるとその幽霊は怨霊となり、人を襲うようになってしまう。
それは太郎も徹も理解している。
「自分は、あなたと初めて出会った時から、あなたのことが⋯⋯」
「ちょっと待って、何を言うつもりで⋯⋯」
かさみはどこかで嫌な気配を感じたのだ。太郎のその先の言葉を聞いてはいけないと。その言葉を聞けばもう二度太郎と会えなくなるのではないかと。
「大好きでした。そして今も、俺はあなたを愛しています」
その瞬間太郎の体が泡立ち始め、光の粒に変わっていく。これから昇天していくのだろう。それに勘づいたかさみは目を瞑り覚悟を決めた。
「私もうおばさんになっちゃったよ、それでも、愛してるって言ってくれるの?」
「はい」
「もっと、おばあちゃんになっても?」
「はい」
「⋯⋯もし私が幽霊になったとしても?」
「はい」
太郎の返事に迷いなど無かった。それだけかさみを愛している証拠だろう。
「⋯⋯ふふ、じゃあさ私が年老いて死んじゃってさ、太郎さんと同じく天国に行ったら、そしたら、また恋をしよう、一から青春やり直そうよ、高校生みたいに、ね?」
かさみはそう言って笑いかける。
「はい!」
「太郎さん、さようなら」
「徹さん、ありがとうございました!あなたのおかげでかさみさんに会うことが出来ました!本当に本当にありがとうございました!さようなら」
光の粒子になって太郎は消えていく、そしてその粒子は天高く登っていく。だが、これは決して悲しい物語ではない。なぜなら最後の太郎の顔はバッドエンドなんかにふさわしくない。最高の笑顔だったのだから。
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