幸福の権利

 とある国の中心部に存在する、なんの変哲もない十坪の更地。そこは、国の人々から『幸せの土地』と呼ばれている場所だった。


 一体誰が名付けたのか?いつからそうなったのか?それを知る者は存在しない。


 けれど何故そこが『幸せの土地』と呼ばれているのか、その一点だけは広く知れ渡っていたのである。


 それはとてもシンプルな理由だった。この土地を所有するものには、幸福が訪れるのだ。


 昔、どこぞの貧乏な娘が、亡くなった親戚からこの土地を譲り受けた途端に大富豪と結婚することになったとか、はたまたどこかの病人が、何らかの手違いでこの土地の権利書を手に入れ、たちどころに不治の病が治ってしまったとか。


 所詮昔話だと、鼻で笑う人もいた。……が、今でもこの地では、そういった噂話が絶えず聞こえてくるのだ。「あそこのナントカさんが土地に入ったら、生き別れの兄弟に会えた」「あっちのダレソレさんは宝くじが当たったらしい」…そんな話が日に日に大きくなって、「この国が栄えているのは、あの土地が国土に入っているおかげだ」なんて噂も立ち始めた。


 そんなもの噂だ!と、言うのは簡単だった。だが、それを本当に噂だけだと証明するのが難しかった。実際、生き別れの兄弟に会えたという話も、宝くじが当たったという出来事も、そして国が栄えていることも全て事実であったのだから。


 生き別れの兄弟の出会いも、たまたま、土地を見学しようと思ったタイミングが重なっただけかも知れない。宝くじも、土地に入る前に当たっていたのを、土地から出た後に確認しただけなのかも知れない。国だって、個人個人が努力をして栄えている…のかも知れない。


 そう、全部の事柄の後ろにと付いてしまう。いつしか国内で、『幸せの土地』の力を疑う者は居なくなってしまったのである。


 さて、ここまで話が大きくなってくると、今度は近隣の国にも噂が聞こえてくる。


 「何やらあの国は、『幸せの土地』と呼ばれる場所があるらしい。そのおかげで、あそこはあんなにも繁栄をしているのだ」


 "他人の不幸は蜜の味"──そんなことわざがあるが、これの対義語とでも言うべきか。""…。次第に近隣国は、あの土地を持つ国を敵視していく。


 「我が国が栄えないのは、『幸せの土地』を所有していないからだ」「あの国は『幸せの土地』の利益を独占している」「許せない」「俺が貧しいのもあの国のせいだ」


 一度火がつけば、あとは坂を転がり落ちるだけ。「『幸せの土地』を奪え!」という声が急速に国を埋め尽くす。政府は国民が攻撃的になったのも、政策が上手くいかないのも、アレもコレも、全ては『幸せの土地』を持っていないせいだ、と思うようになる。やがて、あの土地を奪おうと戦争が開始される。


 ──激しい戦闘の末、勝ったのは近隣国だった。『幸せの土地』を手に入れた効果なのか、戦争に勝利した効果なのか。とにかく近隣国は経済的にも、文化的にも繁栄をする。


 そうすると人々は口々に、「やった、『幸せの土地』のおかげだ!」と喜ぶ。時が過ぎ、また別の近隣国が『幸せの土地』の所有国を妬む。そして戦争を起こし、『幸せの土地』を手に入れて、その恩恵を享受する。それを見て、近隣国が妬み──。


 『幸せの土地』は、争いが絶えない危険な土地である。それでも、人々はこの地を命懸けで手にしようとする。


 だって、あそこさえ手に入れてしまえば、きっと幸せが待っているのだから。それにそもそも幸せとは、他人を蹴落としてこそ得られる物なのだから…。

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