無関心七変化

 あー…、電車旅ってのも暇だよな。しかもよりによって鈍行で、風景も延々と田園が続くだけだ。最初は良かったけどよ、俺はだんだん飽きて来ちまったよ。


 …お、そうだ。そういやこの前、俺がした怖い体験談聞かせてやるよ。


 え?「いいよ」?いいよってお前…どっちの「いいよ」だよ?ま、どちらにせよ話は聞かせるけどな。なんせ俺の暇つぶしになるから…。



 ──俺はその日、今日みたいに電車に揺られていた。それはどっかに遊びに行った帰りの電車で、時間は夕方前。帰宅ラッシュにぶつかるには早すぎるんだけど、ちらほらと学生が帰宅し始めてて、座れはするが人が多いと感じる、そんな状況だった。


 そんで俺は座ってスマホをいじってたんだけど、段々それに飽きて、なんとなーく人間観察でもするかなって気になったんだよ。


 しっかし、電車に乗るやつらって大体行動がおんなじなんだよな。大半がスマホか、イヤホンで音楽聴いてる。あとは本読んでるか、寝てるかだ。


 で、それを見てて俺一つ思ったのよ。


 「皆が皆、自分のことをしてるな。こりゃ、他の人の事なんて気にしてないよな」


 って。そりゃあ、騒ぐとか身体がでかいとか、特徴的なやつがいたら見るよ?でもきっと、そこまでの人物がいなければ、隣にどんな男が座っていたとか、向かいに座る女性の髪の長さと髪色は何だったとかをすぐ思い出せる人って、存外少ないんじゃないんじゃないか?

 

 反骨精神っつーのかな。そう考えると、俺は逆に、向かいに座っている全員の顔を覚えてやろうと思った。だって誰もそんなこと覚えてないんだぜ?俺だけが覚えてたら、そりゃ凄いってなるんじゃねえのか?って。……いや、暇だっただけなんだがな。


 ともかく、向かいのソファーのやつらを覚え始めたわけだ。多少ジロジロ見ても、みんな下を向いてるからバレることはなかった。俺の向かいには髪の長い若い姉ちゃん。その隣にはおっさん。その次は学生服をきた高校生──俺が座ってたところが右端だったから、向かいから順に左へと覚えていった。


 …買い物帰りらしきおばさん、くたびれた雰囲気のサラリーマン、左端には眠たそうな中学生。よし、これで全部覚えたぞ!と、謎の達成感に浸って視線を向かいに戻したんだけどよ。


 そしたらさ、そこに座っていたはずの若い姉ちゃんが、むさ苦しいオッサンに代わってたんだよ。


 アレはたまげた。電車は走行中で、どこの駅にも停まってない。あの姉ちゃんは高めのヒールを履いてたから、立って移動をするなら必ず音がするはずだ。無音でってのは考えられん。それでも見落としてたって可能性もあるが、一番の問題なのは、そのオッサンがしてるイヤホンも、使っているカバンも、そして着ている服も、あの姉ちゃんの物と同じでよ──うっ、思い出したらちょっと気持ち悪くなってきた…。


 …は、話を戻すとよ。それを見た俺は、姉ちゃんがどこに行ったかってことよりも、眼前の変態をどうにかしなきゃと思って、誰か助けになるような人を探そうとした。相手は随分ガタイがいいから、男がもう一人か二人欲しい。


 しかし、そのためにほんのちょっと、本当にほんのちょっとだけ目を逸らしたら、またその席にはあの姉ちゃんが座ってるんだよ。持ち物も何も、全てそのままでさ。彼女自身も、何食わぬ顔でな。


 わけわかんねえよな?俺もわけわかんねえよ。正直、これを怖い話とするべきかどうなのかも分からん。


 ──で、それ以上に何か起こるわけでもなく、電車はそのまま駅へと着いちまった。気になるは気になるが、俺が幻覚を見たのかもしれない。でもなんか嫌だったから、俺はその姉ちゃんと一緒に降りることになる近場のドアじゃなくて、一個左のドアで降りることにした。そう、中学生がいた方のドアへ向かったんだよ。


 けども、それが間違いだったのかもしれねえ。ドア前まで行って、ドアが開くまでの数秒のラグで座席の方へチラリと振り向くと、今度はまだ座ったままだったその中学生が、白髪まみれの老婆に見えたんだ。…制服そのままでな。


 思わず「アッ」って声が出た。そしたら同じくドア待ちをしていた乗客、近場に座ってた乗客、殆どが俺を睨んだ。


 俺は小声で「すみません」って呟いた。が、それでまさか、と老婆の方を見ると──案の定、そいつは若々しい中学生に戻ってたんだよ。



 どうだこの恐怖の体験談、ちったあ暇つぶしになったろう?


 …って、おいおい。お前ゲームやってて話ちゃんと聞いてなかったろ。多分よ、それがいけねえんだよ。あの現象はきっと、人の無関心につけ込む怪異なんだと思うね、俺は。電車に乗る人間が他人に無関心なのをいいことに、人の姿形を勝手に変えて遊ぶ怪異なんだよ。だからよ、気をつけてないと、お前の周りでもおかしな変化が起こるぜ?




 ──ごちゃごちゃとうるさい友人だな、と顔を上げると、僕は声を上げて驚き散らかした。


 だって服や彼の声はそのままに、彼、いや彼女は、絶世の美女へと変貌していたのだから…。

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