天空への旅路

 ──見下ろすと、遠くに飛行機が見えた。ああ、あの飛行機は僕が乗っていた飛行機だろうか。あれに乗ったおかげで、僕はこんな遠くに来てしまった。しかしもう飛行機に乗ることはないと思っていたのに、まさかここでも使うことになるとは。


 「よおっ、辛気臭い顔でどうしたんだよタケル!」


 「やあトム。ちょっと考え事をね」


 このトムというアメリカ人とは、ここに来る前の飛行機の中で知り合った。最初は隣の席という理由だけで話しかけてくる異国のフレンドリーさに戸惑ったものだが、言語の問題が無くなった今では、なるほど、とても気さくで話しやすい人物だ。


 「考え事ぉ?やめとけやめとけ!ほら、あの大空を見ろよ!あの広さに比べたら人の考え事なんてちっぽけなもんで、意味を成さないんだからさ!」


 そう言ってトムは指を差す。そこには雲一つない、真っ青な空が広がっている。


 「本当だ、たしかにこんな綺麗な空を見たら考え事もバカらしくなるね」


 「だろ?にしても絶景だよなこの景色!こんな空を味わえる空港はアメリカに無かったぜ!」


 「日本にも無かったよ」


 「そりゃあどこにも無いでしょうよ」


 会話に入り込んできたのはわんさんだ。彼女は中国出身で、僕とトムの席の後ろに座っていたらしい。飛行機内では別段話もしなかったが、ここへ来てから仲良くなった友達だ。


 「それより出発はまだかしらね」


 「ワンさんは向こうに行くの楽しみ?」


 「どうでしょうね。少なくともあっちのことを想像した数は、あなた達よりずっと多いと言えるのだけれど…真実は着くまではわからないもの」


 「まー焦るなよワンさん。時間はたっぷりあんだから」


 トムの言葉に、僕も頷く。今はもう時間も何も関係なくなったんだ。焦らずゆっくり行こう。

 そうして他愛無い話を続けていると唐突に「ポーン」と、空港のアナウンスが鳴った。


 『大変お待たせ致しました。ZM-200便にご搭乗でした方々、3番搭乗口からお乗り込みください』


 僕らの便だ。アナウンスが終わり移動し始めるとどこに居たのか、ぞろぞろと同じように搭乗口へ向かう人々が出てきた。その中には母親に連れられた小さな子供もいて、子供が「どこへ行くの?」と質問し、母親は「とっても素晴らしい場所よ」と返している。僕はそのやり取りを見て、思わず悲しくなってしまった。

 するとトムは察して気分を変えようとしてくれたのか、また僕に話しかけてきた。


 「しっかし飛行機とはね。俺は天使が迎えに来るって教えられたんだが」


 「僕は川があると思ってたよ」


 「川?」


 「そう。川を渡し舟で渡って、向こう岸まで行くんだ」


 「へー!乗り物って所がおんなじだし、当たらずも遠からずだな」


 話しながら歩いて、飛行機の席に座る。トムとはまた隣同士だった。


 「でねトム、川の話には続きがあってさ」


 「ん?」


 「そうして向こう岸まで渡り切ると死んでしまうけど、川へ落ちると生き返れるっていうんだ」


 「ハハ、そりゃあいい。…けど、俺はもう飛行機が落ちるのはゴメンかな」


 「僕も同感だよ」


 シートベルトを閉めると、機体がゆったりと動き出す。


 『ご利用ありがとうございます。当機はまもなく離陸いたします。皆様、揺れにご注意下さい。繰り返します、当機はまもなく離陸いたします。皆様……』




 "──ニュースをお伝えします。現地時間午後2時頃、○○国の国境付近で墜落事故が発生しました。このZM-200便に搭乗していた乗客、乗務員併せて113人が死亡。原因は何らかのエンジントラブルの模様です。では、現在身元が判明している、お亡くなりになられた方々のお名前を読み上げます。


岩田たけるさん(25)

トム・ボガードさん(26)

ワン・イーハンさん(85)…"

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