ズレ

 私はよく真面目で几帳面だと言われます。確かに部屋の本棚は作者名できっちりと五十音順に並べているし、プリントを半分に折る場合は中心に折り目が来ないと気が済みません。待ち合わせ時刻の5分前までにはそこへ着いていないと、不安になってしまいます。


 けれど、私は自身を「真面目で几帳面」とは思っていません。これが普通だと思っているのです。だから例え誰かに「君は几帳面すぎる」と言われても、私にとってはこれが普通なのだから、一体何が「」のか、一体どうすればなるのか、理解が出来ないのです。


 ──それは中学校の頃です。皆さんもご存知かと思いますが、学校には掃除の時間というものがあります。私は元来、この時間が苦手でした。


 というのも、私は学校から与えられる限られた時間内では掃除を終わらせられないのです。周りの生徒達は掃除を終えていく中で、私はやれ埃が残っているだの、やれあそこの裏はまだやっていないだのと気になってしまって、どうにも終わりの目処めどをつけることが出来ず、毎度時間を超えてしまって、先生に叱られていたのです。


 ある日、私は教室を掃除していました。教室というのは四十人もの生徒が一斉に授業を受けられるように造られていますから、当然何人かでの清掃になるわけです。その頃は私の掃除の遅さが学友達に知られ渡っていましたので、同じ班になった友人達は口々に「今日は早く終わらせるんだぞ」とか「そこは気にしないでいいから」などと言って私に早さを求めてきました。私の学校では班員全員が先生に報告すれば昼休みに入っていいという決まりで、掃除を早く終わらせることが出来ればその分昼休みが長く取れるわけですから、そう言いたくなる気持ちも分かります。かくいう私も遊びたい気持ちは当然ありましたので、何とか気にしないようにと、自分の心を欺いて掃除を進めていました。


 そして私はついに(といっても時間内ギリギリでしたが)掃除を終わらせたのです。私は初めて終わらせられたと、多少興奮気味に机を並べ始めました。しかし、こういう時に限って私の悪い癖が出てしまったのです。


 机を並べるのは勿論もちろん私一人だけでなく、班の全員が手分けをして運びます。そうして別々の人がそれぞれ置いて一列になった机を見ると私はどうにもむずむずと背中が痒くなるような違和感を覚えて、一つ一つの机のズレをピッタリと直さずにはいられなくなってしまい、私はかぶりつくように机を持って位置を微動させ始めました。「もういいだろう」「時間が無いから」と、班員達からは呆れと焦燥混じりの声が飛んできたのですが、私は「あと少しだけ、あと少しだけ」と言って机を直し続け、結局は掃除時間を過ぎてまで全ての机の位置を調整し、職員室にいる先生の元へ向かったのです。


 誰が言ったかは覚えていませんが、班員の誰かが先生に、私の掃除が遅すぎると文句を言いました。すると先生は「また君か。ちょっと職員室に残りなさい」と言って私だけを残し、他の班員にはもういいぞと昼休みを促しました。


 彼らが部屋の外に出ると、先生は私に向かって説教を始めました。「お前はどうしてそんなに掃除が遅いんだ。もっと頑張って早く終わらせろ。周りの生徒を見ろ、アイツらは普通に掃除している。アイツらの真似をしてお前も普通にやればいいんだ、お前はズレているんだ」と。


 私はひどく混乱しました。私を説教しているのは先生です。まれると書くこの職業は生徒を導く存在で、先生が生徒に説教をしたのなら、そこには生徒の悩みへの解決策が隠されているはずです。けれども、彼が言った「頑張って」「普通に」という言葉はどちらも私がずっとやってきたことで、私は常に「普通に」掃除をして、それでも足りないと「頑張って」やってきたのです。そうして私が頑張ると、時間が無くなるのです。それなのに「頑張って早く」「普通に早く」とはどういうことなのでしょう。もしやこのように悩むこと自体が「ズレている」ということなのでしょうか。


 今思えば反論すべきだったかも知れませんが、当時の私は先生に対して反論する勇気はありませんでした。私はその日以来、さらに掃除が遅くなりました。いくら掃除を普通にしても、ましてや頑張っても、何処か、何かがズレてしまっているんではないかと些細な場所が気になって、ついには何も出来なくなってしまうのです。出来なかったら叱られます。私は叱られたから、次は頑張ろうと必死に掃除をします。でも、また手につかなくなります。それが何回も続いて、ついに私は嫌になって、学校へ行かなくなってしまったのです。


 この思い出は今も私の心に強く残っています。そうして今でも、私の神経質さや真面目さを指摘される度にふと思い出しては、彼らに疑問を投げかけるのです。


 「果たして、私がズレているのでしょうか。それとも、私以外の皆がズレているでしょうか。」と。

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