Foolish Liar

九戸政景

Foolish Liar

 突然だが、貴方は『エイプリルフール』という物についてどんな印象を抱いているだろう。恐らくだが、時間的な制限や程度の問題があるとは言え、たとえ『嘘』をついてもつかれても双方が平和的に終わる事が出来るこの日を楽しみにしている人は多いと思う。

だが、俺はそんなエイプリルフールという日や嘘という物を嫌っている。嫌いな理由は至って身勝手な物で、理由を聞いた人は揃って自業自得だと言うかもしれない。

けれど、俺はそんな事を言われたとしてもエイプリルフールと嘘が嫌いだと言い続ける。何故なら、俺はエイプリルフールという日とある嘘のせいで、大切な人を一人うしないかけたからだ。

 そして、今から話すのはエイプリルフールと嘘を心から嫌う俺、真田実さなだみのるに訪れた嘘のような本当の話だ。





 高校三年生に進級する4月を間近に控えたある日の朝、部活動が休みだった事もあり、部屋にこもって趣味の読書に没頭するために目の前に並んでいる朝食を俺が急いで食べ進めていた。

すると、その様子に苦笑いを浮かべていた母さんが何かを思い出したように手をポンッと打った。


「そうだ……みのる、今日って特に予定は無いのよね?」

「……出掛ける予定は無いけど、最近買ってそのままになってる本を読む予定はある。だから、予定が無いわけじゃない」

「世間ではそれは予定が無い、って言うのよ」

「はいはい……それで、それがどうしたのさ?」

「実はね……今日、お父さんと一緒にお隣の引っ越しのお手伝いをする事になってるんだけど、実にもそれを手伝ってもらおうと思ってね」

「へえ……隣の空き家に引っ越してくる人がいるんだ。けど、どうしてその手伝いを父さんと母さんがする事になってるのさ?」

「そんなの当然でしょ? だって、引っ越してくるのは……“降矢さん達”なんだもの」


 その名前を聞いた瞬間、俺は思わず朝食を食べる手を止めていた。母さんが口にした『降矢さん』というのは、昔近くに住んでいた一家の事で、母親同士が昔からの友達だった事から俺も昔から何かとお世話になっていた人達だった。

しかし、数年前に仕事の都合で引っ越しをしてしまい、それ以降は母さんから簡単な近況を聴くくらいだったのだが、こっちに戻って来るというのはまったくの初耳だった。


 そっか……という事は、『あの子』もこっちに戻ってくるのか……。


 昔から仲が良い人達が戻ってくる事に両親が嬉しそうな表情を浮かべる中、俺は『あの子』の顔を思い浮かべた事で、心がズキズキと痛んだ。しかし、それを顔に出さないようにしながら母さんに話し掛けた。


「それで……降矢さん達の引っ越しの手伝いは何時頃からの予定?」

「えっとね……9時頃に降矢さん達と引っ越し屋さんの車が着くらしいから、その辺りからかしらね」

「……そっか。けど、俺が手伝える事なんてあんまり無いんじゃないかな? ほら、家具の搬入なんかは引っ越し業者の人達でも事足りるし……」

「確かに家具の搬入とかはそうだけど、家具を入れ終えた後は簡単に掃除もしたいし、それ関連の買い物くらいなら頼むかもしれないわよ?」

「……だったら、その時になったら頼んでよ。俺は部屋で読書しながら待ってるからさ」


 話を早く打ち切りたいという気持ちを抱きつつ朝食を再び食べながら母さんの言葉に返事をしていると、その俺の様子に父さんが小さく溜息をついた。


「実……まさかとは思うが、まだを引きずってるのか?」

「……別に。俺まで手伝いに行こうとしたら、邪魔になると思ってるだけだよ」

「そんな事はないぞ。人手は多いに越した事は無いんだからな」

「……俺はそうは思わないけどな。とにかく、俺は部屋で本を読んでるから、必要な時だけ呼んでよ」


 そう言ってから朝食を食べ終えた後、俺はごちそうさまを言ってから席を立ち、両親の視線を背中に感じながら自分の部屋へと戻った。

そして、部屋の扉を静かに閉め、勉強机の上に積まれた文庫本の内の一冊を手に取ってから椅子に座り、俺は本の中に逃げ込むかのように読書を始めた。

しかし、どんなに読書に集中しようとしても朝食時の父さんの言葉が頭の中をグルグルと回り、本の内容が頭の中にまったく入ってこなかった。


「引きずってるのか、って……それはそうだろ。俺があんな事をしなければ、あの子があんな目には……!」


 読んでいた本を閉じ、怒りのこもった声で独り言ちていたその時、廊下の方から誰かの足音が近付いてくるのが聞こえ、俺は机の端に置いてある時計をチラリと見た。


 ……さっき話してた9時にはまだまだ早いけど、何か他に頼み事でも出来たのかな……?


 そんな事を思いながら俺はドアの方へ視線を向け、足音の主が部屋の前まで来るのを待った。すると、足音は部屋の前でピタリと止まり、少し間を置いてからコンコンというノックをする音が聞こえてきた。


「……母さん達にしては妙な気がするけど……まあ、良いか。はい、どうぞ」

「し、失礼します」


 ドアの向こうから聞こえてきたのは少し緊張したような可愛らしい声だった。けれど、その声に俺は何故か聞き覚えがあり、その事に俺が疑問を感じていると、ドアがゆっくりと開いていき、俺にとって意外な人物が立っていた。


「え……は、春ちゃん……?」

「……うん、そうだよ。本当に久しぶりだね、実君」


 そう言いながらどこか嬉しそうな笑顔を見せたのは、件の降矢さん夫婦の一人娘であり、幼馴染みでもある降矢春香ふるやはるかだった。

そんな春ちゃんの突然の来訪に俺が困惑する中、若草色のパーカーに桃色のスカートという服装で、あの頃と同じく短い茶髪の春ちゃんはゆっくりと部屋の中に入ってくると、少し申し訳なさそうに笑った。


「……やっぱり驚いたよね。実君に何も連絡せずに来ちゃったわけだし」

「あ、ああ……まあな。けど、どうして春ちゃんがここにいるんだ? 着くのは9時頃だって聞いてたけど……」

「あ、うん……本当はその予定だったんだけど、思ったよりも早く着いちゃったんだ。それで、お父さん達と一緒に挨拶に来たら、実君のお母さんにせっかくだから実君に会ってきたらって言われて、この部屋まで来たの」

「なるほどな……」


 春ちゃんの説明には納得出来たが、久しぶりに見る春ちゃんの姿に俺の心臓はドクンドクンと高鳴り、嫌な汗をかいていた事でシャツはじんわりと濡れていた。

久しぶりに会えて嬉しさは感じていたが、視線は自然に春ちゃんの足へと向き、未だに残る痛々しい傷が見えた瞬間、あの時の出来事が頭の中に浮かんで俺の心臓の鼓動は更に速くなった。


「……あ、あはは……また会えて良かったよ。それじゃあ俺はちょっとやる事があるから、また後――」

「……まだあの事を引きずってるんだよね、実君。私が足に傷を負ってしまったあの日の事を」

「そ、そんなわけ……」

「実君のお母さんからも聞いたよ。まだあの事を引きずっているみたいで、私達が戻ってきた事を聞いた時に話を早く打ち切りたそうにしてたって」

「…………」

「実君にとって私と会うのは辛いと思う。でも、あの日の事でもう自分を責めようとしないで。いつまでも実君が辛そうにしてるのはよくな――」

「そう簡単に割り切れるわけないだろ!」


 春ちゃんの言葉を聞いて俺は声を荒げる。正直な事を言えば、俺にそんな権利は無い。けれど、これまで何年も悩み、自分を責め続けてきた事を傷つけてしまった本人から言われたからといって、すぐにそれを終わりにする事は出来なかった。

それだけの事を俺はしてしまったし、春ちゃん自身もそのせいで辛い思いをしてきたのかもしれないからだ。


「実君……」

「俺だって終わりに出来るなら終わりにしたいんだよ。あの時の事を思い出すだけで胸の奥が辛くてたまらないし、このまま引きずり続けたって何も始まらないことくらいわかってるから。

でも……今でも俺の中にはあの時の出来事が残り続けてるんだ。やってしまったという後悔と春ちゃんの苦しそうで痛そうな声と顔。傷を負った事で流れ出た血の赤さと春ちゃんやおばさん達の血の気の引いた顔の白さ……そのすべてが俺の一言のせいで起きてしまった。

それなのに、加害者である俺が簡単に終わりにして良いわけがない。だから、春ちゃんには悪いけど、俺はもう春ちゃんと関わろうとは思ってないし、春ちゃんも俺と関わらない方が良い。

責任を負えっていうなら、どんな責任でも負うし、その責任から逃げるつもりもない。だけど、春ちゃんには幸せになるだけの権利があるんだから、俺なんかに関わる暇があったら、春ちゃんに楽しい時間を与えてくれる相手を探すべきだ」

「…………」

「さあ、もう良いだろ? 引っ越し作業もあるんだから、俺なんかに構ってないで早くおばさん達のところへい――」

「……そんな事、出来るわけ無いよ」

「え……?」


 春ちゃんの言葉を聞いて俺が疑問を感じていると、春ちゃんは目に涙を溜めながら俺の事を見ており、俺の発言が春ちゃんを悲しませたのは明らかだった。


「春ちゃん……」

「そんなに辛そうで悲しそうな実君を放っておけるわけない。そんな事をしたら、今度は私が一生後悔するよ。大切な幼馴染みなのに、辛そうなまま放っておいて私が幸せになれるわけなんてないよ!」

「で、でも……俺は取り返しのつかない事をしてしまったんだ。そんな相手にいつまでも構っていたって正直意味なんてない。春ちゃんにそう思ってもらえる程の価値なんて俺には無いんだよ」

「価値があるかどうかなんて私はどうでも良いんだよ。私はまた実君に会いたい、実君と話したいと思ったから、こうして部屋まで来たし、実君の事をどうにかしてあげたいと思ってる。

それに、お母さん達だってずっと実君の事を心配してたんだよ。実君のお母さんから実君の様子を聞く度に辛そうにしてたし、お母さん達が実君の事を許さずに怒っているなら、そもそも私と実君を会わせようとしたり仕事の都合があったとしてもあの家に戻ってこようとしたりしないよ」

「……それはありがたいと思うよ。でも、俺のせいで春ちゃんはしばらく痛くて辛い思いをし続けたし、その足の傷のせいで激しい運動は出来ないって聞いた。

走る事が好きで、足も速かった春ちゃんの未来の可能性を一つ潰した俺にそこまで思ってもらうのはただただ申し訳ない。一人の人生を台無しにした俺が誰かから心配されるなんてあっちゃいけないんだ……!」


 どんなに言葉をかけてもらっても俺の中にある自責の念は無くならないし、この意志を曲げるつもりはない。

そもそもあの時に春ちゃんの両親から恨まれたり罵倒されたりしてもおかしくなかったのにそれが無かっただけでもありがたいんだ。それなのに、春ちゃん自身に許してもらうなんてあってはならない。


「……だから、何か俺にやってほしい事があるなら、その度に最後までこなすから、その時以外は俺の事なんて忘れて春ちゃんの事を幸せにしてくれる人達と一緒に過ごしてくれ」

「……わかった。それじゃあ今からお願いを聞いてもらっても良い?」

「良いけど、何をすれば良いんだ?」

「一緒にある所まで来て欲しいの」

「ある所……わかった、それじゃあ行こうか」

「うん」


 春ちゃんが頷いた後、俺達は揃って部屋を出て、リビングにいた両親に声を掛けてから、外へと出た。

外はよく晴れており、すぐ傍では引っ越し業者達がトラックから家具や荷物が入った段ボール箱を運搬していたが、隣の家にいるであろう春ちゃんの両親に会いに行くだけの勇気は出ず、俺は春ちゃんの後に続いて歩き始めた。

春ちゃんの後に続いて歩いている間、俺達の間に会話は無く、どこへ行くのか気になりはしたが、聞いてしまったらそこへはいけなくなってしまいそうな気がして、俺は聞く事が出来なかった。

そうして歩く事十数分、春ちゃんが足を止めた場所を見た瞬間、俺は自分の中の嫌な予感が合っていた事に気付いた。


「ここは……」

「……うん、そうだよ。あの日、四月一日に私が事故に遭った交差点。あの日は特にどこへ行くでもなく歩いていて、なんとなくこの交差点を渡ろうとした時、実君がふと口にした言葉で私は思わず立ち止まった」

「そして……居眠り運転をしていた車が来てしまって、そのまま春ちゃんは轢かれた。そうなるなんて思ってなかった俺は本当に焦ったし、死ぬほど後悔もした。

エイプリルフールだからといって、嘘をついてみようなんて思った自分を本気で責めたし、その日から俺は嘘もエイプリルフールも嫌いになった。

すごく身勝手だし、自業自得なのはわかってるけど、春ちゃんを危うく喪わせるところだった嘘もそれをつくきっかけになったエイプリルフールも俺はもう嫌なんだ……」

「……うん、そうだと思う。でも、あの時は私だって傷ついたんだよ。渡ってたら、突然私の事を嫌いだなんて言うんだから。ショックで思わず立ち止まっちゃったよ」

「うん……ごめん、本当にごめん……」

「……まあ、私的には嘘をついた事に関してはもう良いんだ。でも、さっきまでの会話を考えると、私が許すって言ってももう良いんだよって言っても実君は納得しないと思う。だったら、こうした方が良いのかもね」


 そう言うと、春ちゃんは車が行き交う中なのにも関わらず、横断歩道へ一歩踏み出した。


「は、春ちゃん……いったい何を……」

「何って……見ての通りだよ。このまま横断歩道を渡ろうとしてるの」

「してるのって……そんな事したらまた車に轢かれて、今度こそ死ぬかもしれないんだぞ!?」

「……そうかもね。でも、お家にいた時に実君は責任を幾らでも負うって言ってたし、お願いは最後までこなすとも言ってくれた。だから、お願い。私を止めずに責任持ってそこで見守ってて。それとも、それは嘘だったとでも言う? 私に傷を負わせた上に実君が心から嫌いになった嘘だったって」

「くっ……!」

「……文句は無いみたいだね。さてと……それじゃあそろそろ渡ろうかな」


 春ちゃんは俺から横断歩道へ視線を戻すと、一歩また一歩と進み、あと一歩で横断歩道に出るところまで来た瞬間、俺は耐えきれなくなって春ちゃんの手を取った後、自分の方へ引き寄せて離れないように抱きしめた。


「……止めるの? 止めるなら、実君の言葉は嘘だった事になるよ?」

「……そう言われても良い。このまま大切な幼馴染みの春ちゃんを喪って、今度こそおばさん達を悲しませる事になるよりはずっとマシだ」

「……嘘だったとしても嫌いだって言える相手の事が大切だって言えるんだね」

「……ああ、そうだ。あの時の俺は本当に愚かで、あまりにも子供だった。少なくとも、自分の言葉によって何が起きてしまうかが予想出来ない程、愚かな子供だったよ。

 でも、本当は春ちゃんの事が昔から好きで、そんな春ちゃんの事を肉体的にも精神的にも傷つけてしまった事が本当に辛かった。自分の幼い思いつきのせいで何人もの人を悲しませて、大切な人を殺すところだったからな……」

「……そう。それで、実君は私に対してまた嘘をついたわけだけど、この件についてはどうするのかな? 嘘をついてそのままっていうわけにはいかないでしょ?」


 耳元で聞こえる春ちゃんの暗く低い声に俺は静かに頷く。


「……ああ、嘘をついただけの責任は取らないといけない。だから、今回の嘘の代償として俺の人生は春ちゃんに預けるよ。

元々、春ちゃんが事故で歩けなくなったり生活がしづらくなったりする可能性はあったし、その時には俺が自分の時間を犠牲にしてでもそのお世話をしなくちゃいけなかったからな」

「実君の人生を私に……それは告白みたいな物と考えても良いのかな?」

「……ああ。俺が言う資格は無いかもしれないけど、さっきも言った通り、俺は春ちゃんの事が好きだ。俺の残りの人生をすべて捧げても後悔しないくらい好きだ。

だから、俺の残りの人生を春ちゃんに預けるよ。春ちゃんが俺の事を好きじゃなくて、好きな相手を作ったとしても良い。その場合でも春ちゃん以外の異性にはなびかないし、俺の事を好きに扱ってくれて良いから」


 俺の言葉に春ちゃんは何も答えず、流石に気持ち悪く感じたのかなと思っていたその時だった。


「……ふ、ふふっ……」

「……え?」

「ふふ……ごめんね。あまりにも熱い告白だったから、なんだか段々おかしくなってきちゃって。でも、やっぱり嬉しいなぁ……好きな人からこうして告白してもらえるなんてまるで少女漫画みたい」

「好きな人って……俺の事か?」

「そうだよ。私も昔から実君の事が好きで、離れていた間もずっと実君の事を想ってたの。だから、本当に実君の嘘は傷ついたよ。好きな人から嘘でも嫌いって言われたわけだからね」

「う、本当にごめん……」

「ううん、もう良いよ。それに、私も実君の事を心配させちゃったし、それでお相子。本当は車が走ってる中で横断歩道を渡る気も無くて、なんだかんだで足も震えてるのにそんな事をしたわけだしね」


 その言葉を聞いて俺は春ちゃんの足に視線を向ける。すると、その言葉通り、春ちゃんの足は微かに震えており、あんな事をしながらも恐怖を感じていたのは明らかだった。


「でも……どうしてあんな事をしたんだ? わざわざここまで来たって事は、何か理由があるんだよな?」

「……うん。あのままだと、実君は一生あの出来事に縛られて、私が望んでるような実君との付き合い方が出来なくなると思ったから、ここまで来て実君の本当の気持ちを知ろうと思ったの。

その結果、私達が両想いだった上に実君から熱い告白をされたわけだけど……実君が言うような責任の取り方はしなくても良いよ。そこまで想ってくれてるのは嬉しいけど、実君の事を縛りたいわけでも苦しめたいわけでもないからね」

「……わかった。でも、何かお願いしたい事があったら、その時は遠慮無く言ってくれ。春ちゃんの助けになりたいのは本当だし、もし本当に足の傷が原因で何かあった時には春ちゃんだって困る事があるだろうからさ」

「うん、それじゃあその時はお願いするね。こういう形での想いの伝え合いになったけど、これで私達は恋人同士になったわけだから」


 そう言いながら照れた様子で頬を赤く染める春ちゃんの姿に愛おしさを感じ、抱きしめる力を僅かに強くすると、ふれ合った頬から春ちゃんの体温が伝わってきた。


「……温かい。これが生きてるって事なんだな」

「そうだね……生きてるからこそこうして実君と恋人同士になれて、お互いの大切さを再確認出来る。

でも、これからはもっと色々な事を一緒に楽しんでいきたいね。それに、まだ実君は嘘やエイプリルフールが嫌いかもしれないけど、嘘を誰かを楽しませるための物として、エイプリルフールを嘘をつく事でお互いに楽しむためのイベントとして考えられるようになったら、きっと人生はもっと楽しいはずだし」

「……そうだな。俺自身もそう考えられるように頑張るし、春ちゃんにも手伝ってもらいたいかな。でも、まずは……春ちゃんの両親ともまた話さないといけない。改めてあの日の事を謝って、今の春ちゃんとの事を話して、交際を認めてもらわないと……」

「……それなら大丈夫じゃないかな。お父さんもお母さんも私が実君の事を好きなのは知ってるし、二人とも実君の事は気に入ってるから、むしろ私の事をよろしくなんて言うかもね」

「その時はもちろんって答えるさ。さて……それじゃあそろそろ帰ろうか。作業だって終わってないだろうから、早く帰らないとおじさん達も大変だと思うし、俺も作業を手伝いたいからな」

「うんっ!」


 春ちゃんが返事をした後、俺は春ちゃんから体を離し、まだドクドクと鳴る心臓の鼓動を感じながら今度は手を繋いだ。

高くなった体温のせいか春ちゃんの手は手汗でじんわりと湿っており、繋いだ手の温かさと手汗の冷たさが同時に感じられたが、その二つの温度は不思議と心地良かった。

春ちゃんは嘘やエイプリルフールが良い物として考えられるようにしたいと言っていたし、俺もそう出来れば良いと思う。けど、俺は一生嘘もエイプリルフールも嫌いなままでいよう。

嫌いだったとしても春ちゃんとなら楽しむ事は出来るし、嘘が嫌いなままなら俺は春ちゃんを嘘で悲しませたり苦しませたりする事は無いはずだから。


「よし……それじゃあ行こうか、春ちゃん」

「うん」


 固く繋いだ手の感触と伝わる温度に安心感を覚えながら微笑んだ後、今度こそ離さないように決意を固めながら春ちゃんと一緒にゆっくりと歩き始めた。

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Foolish Liar 九戸政景 @2012712

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