第18話 パズル
なにかをやり残したり、もう少しで完成するという間際で死を迎える事になる者も多いだろう。
しかしその全てが、この世から離れられない程の未練になるとは限らない。やり残された物の方がガッカリしてしまうくらい、すっきりと忘れてあの世へ旅立ってしまう者もいる。
また、やり残された物そのものが魂を宿してしまうほど、完成を願う場合もあるのかも知れない。
「がさつ過ぎるって言われて、1000ピースのジグソーパズルをもらったんです」
悔しげに言うのは、セーラー服姿の女子中学生だ。
「絶対に完成させられないって言われて、悔しくて……絶対に完成させてやるって思ってたのに――」
「ある
と、角無し鬼は言った。
「はい。もう、本当にそんな感じでしたね」
黒テーブルに、まだ飲み物は用意されていない。
角無し鬼は黒テーブルを見つめ、
「だからジグソーパズルも、ここまで付いて来てしまいましたよ」
と、言った。
黒テーブルの上に、大きなジグソーパズルが現れた。
青空に桜の咲く風景写真のパズルだ。
中央よりやや右寄りに、ピースの埋まっていない穴がある。そして残りのピースが数個、白い皿に並べられてパズルの上に乗っていた。
驚くことなくセーラー服の少女はパズルを見つめながら、
「悔しいんです。触れないんですよ。もう少しの所だったのに」
と、言う。
「この部屋の中でなら、触る事ができますよ」
「……え?」
「物も未練をもつ事があります。きっと、このジグソーパズルもあなたに完成させてほしかったのでしょう」
角無し鬼に言われ、少女は恐る恐る、白い皿に並ぶパズルピースに指を伸ばした。
「あっ……触れる!」
「どうぞ、完成させてあげてください」
目を潤ませながら少女は角無し鬼を見ると、大きく頷いた。
パズルの邪魔にならないよう、黒テーブルの
角無し鬼は温かいココアを飲みながら、静かに少女の手元を見つめていた。
まだ手を付けられていない少女のココアは、冷めることなく湯気を見せ続けている。
角無し鬼のカップは2杯目のココアに満たされていた。
ピンク色のピースがふたつ残っている。凹凸の形も同じように見える。
少女は残りふたつのピースを、ふたつ分の穴の横に並べた。
「これが、こっち……入った。あと、ひとつ」
呟きながら少女は、最後のピースを大切そうに摘まむ。
凹凸の向きを確認し、少女は最後のピースを埋めた。
「できた――」
背筋を伸ばし、少女は青空と桜の風景を眺めた。
角無し鬼も完成したパズルを眺めながら、
「おめでとうございます」
と、明るい声で言った。
「ありがとう……」
ぽろぽろと涙を落としながら、少女は笑みを見せた。
「鈴木にも見せたかったな……でも、完成させられて嬉しい」
「パズルをくれた男の子ですね」
角無し鬼が聞くと、少女はこくんと頷いた。
「このパズル、どうするの」
と、聞いた。角無し鬼は、
「持って行くことはできません」
と、申し訳なさそうに答えた。
「捨てちゃうの?」
「そんな事はしません。元の場所へ戻します」
「そっか」
少女はココアをひと口飲むと、
「ありがとう」
と、もう一度礼を言った。
「どういたしまして」
立ち上がり、少女は冥界側の扉の前で振り返った。
もう一度、完成したパズルに目を向ける。
にっこりと可愛らしい笑顔を見せ、少女は冥界への道を歩き出した。
「ジグソーパズルって面白い。絵をバラバラにして、もう一度それを組み立てるんでしょ。僕にも出来るかな」
少女を見送り、自分のソファへ戻った角無し鬼は、黒テーブルの上のパズルを眺めた。
角無し鬼がパチンと指を鳴らすと、組まれていたピース同士が瞬時に離ればなれになった。
意地悪でもするように、バラバラになったピースがかき混ぜられる。
「……」
ピースの山を崩してみるが、どれをどうして良いものかもわからない。
「僕には無理。どんな風景だったかも、わからなくなっちゃった」
お手上げポーズで角無し鬼がソファに背を預けると、パズルピースの山は姿を消した。
「どんな感じだったかな……」
角無し鬼がもう一度 黒テーブルに目を向けると、水を張った
「……あれ?」
ピンクが基調の女の子らしい部屋が映され、学ラン姿の少年がパズルの最後のピースをはめ込んだところだった。
「実物のパズルも完成してるじゃん。彼女が完成させたのは偽物だったのに」
と、角無し鬼は首を傾げた。
『できました』
学ランの少年が言っている。
すぐそばで主婦らしい女性が、仏壇に手を合わせていた。
『明奈、見て。鈴木君が完成させてくれたわよ』
『俺が完成させたんじゃありません。俺はちゃんと、明奈が完成させる所を夢で見ましたから』
『えぇ、そう……そうね。勉強机を占領しちゃってー、なんて思ってたけど。集中するような事は苦手だったあの子が、こんな凄いパズルを完成させたのね』
少女の母親らしい女性が涙を拭いている。
「彼の夢の中でも、彼女はパズルを完成させてたんだ」
角無し鬼が頷くと、水盆は消えて懺悔日誌と
深緑の表紙の懺悔日誌がぱかりと開き、羽筆は首を傾げるように揺れた。
「彼の夢? きっと彼も、パズルの事を気にしていたから夢を見たんだ。彼女とパズルと彼の間には、つながっているものがある。なんだか面白いね」
羽筆が、さらさらと懺悔日誌に書き込んでいく。
角無し鬼は満足そうに、ココアのカップを手に取った。
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