第17話 エスパーvs記憶の達人
『あら、わたし死んだのね。よーし、あの世へレッツゴー!』
と、成仏できる人はほとんどいない。
角無し鬼は
もちろん愁いがすぐに晴れる死者ばかりではない。角無し鬼にできることで未練が軽くなるであろう死者にだけ、懺悔室への扉は開くのだ。
それ以外の死者はどうなるか?
自然と逝くべき道を見つけ、進んでいける死者もいる。
そうでない死者は、逝き先案内人があの世への道に促すのだ。場合によって、懺悔室へ案内する案内人もいる。
そして、それすら拒む死者を、強制的に捕まえる存在もいた。
『
い番、ろ番、は番と、いろは順に番号の割り振られた魂蒐たちは、えんじ色の
巨大なてるてる坊主が編み笠を被り、裾から痩せた素足が伸びているという
頭ごと布に覆われた顔に、大きく『る』と墨字で書かれている。
「はーい」
と、中から角無し鬼がのんびりと答える。
「角無し鬼、やっと見付けた」
『る』と書かれた顔に口も目も無いが、る番魂蒐は角無し鬼を見下ろして言った。
ちょっと首を傾げたが、角無し鬼はすぐに気付き、
「る番魂蒐さん。記憶の達人、見付かったんですね」
と、答えた。
「しかも都合よく、人生に物足りない
ふたつの提灯を掲げて見せながら言う。
「付き合ってもらえそうですね」
「これでやっと、持ち越ししていた提灯が軽くなる。場所を貸してくれ」
「はい」
懺悔室の中には、中央に黒テーブルが置かれ、人界側と
る番魂蒐は提灯の片方を、冥界側のソファに向けて引っくり返した。中から白い塊が零れ落ち、それはソファに座る女性の姿になった。
女性は目をパチパチさせて周囲を見回している。
もうひとつ、る番魂蒐は人界側のソファにも提灯を引っくり返す。
また白い塊が落ち、人の形に膨らんだ。こちらは少し若く見える女性だった。
人界側のソファに座った若い女性も、きょとんとした表情で正面に座る女性を見つめた。
る番魂蒐は特殊な魂を担当していた。
送り損ねて持ち越していた魂は、エスパーの魂だ。
自称エスパーの女性は、以前にも角無し鬼の懺悔室へ連れられて来た。
『記憶の達人と神経衰弱の勝負がしたい』と、特殊な事を言うのだ。神経衰弱はエスパーと記憶の達人、どちらが向いているのか気になって仕方がないのだそうだ。
角無し鬼が神経衰弱に付き合っても満足してもらえなかった。エスパーの女性は記憶の達人の魂が見付かるまで、る番魂蒐の提灯の中で眠らせておくことにしたのだ。
そして、記憶の達人の魂は見付かったらしい。
黒テーブルには、ティーセットとトランプの束が用意されていた。
「えっと、ここはどこですか」
と、記憶の達人らしい女性は、正面に座るエスパーの女性に聞いた。エスパーの女性は横壁の前に立つ角無し鬼とる番魂蒐に目を向け、
「どこでしたっけ」
と、聞いた。
「ここは、あの世の手前のティールームですよ」
と、角無し鬼が答える。
エスパーの女性が目を輝かせながら、
「あなたは、記憶の達人ですか?」
と、聞いた。
「えっ、達人?」
目を丸くして、記憶の達人らしい女性は聞き返す。
「達人ではなくて、私は、忘れるのが苦手な記憶障害というか……忘れられない記憶力というのも、不便なものなんです。何かの役に立てばいいのにと悩んでいましたが、けっきょく、自分自身をどうにかするのでいっぱいいっぱいで」
「今、この人の役に立つぞ」
と、る番魂蒐が言った。
「百発百中じゃないけど、私はカードの裏側が見えるの」
と、エスパーの女性が言う。
「へぇ、凄い。裏側は見えないけど、このカードの模様なら知ってます。10年くらい前に100円ショップで売っていたトランプですね」
「凄い。さすがね。私と、神経衰弱で遊んでくれる?」
エスパーの女性に聞かれ、記憶の達人の女性は目をパチパチさせたが、
「はい」
と、明るく答えた。
すぐにふたりは、黒テーブルの上にトランプを並べ始めた。
る番魂蒐は立ったままその様子を眺め、
「で、しんけーすいじゃくって、誰でもできるものなのか?」
と、角無し鬼に聞いた。
「あれ、神経衰弱、前に来た時に見てませんでしたっけ?」
「隣の部屋で寝てたからさ。人間の勝負事だろ? スポーツみたいなものか?」
「スポーツじゃないですよ。カードゲームです」
「ゲーム?」
「ルールは単純ですし、誰でもできると思いますよ」
「そうか」
同じ模様のトランプをキレイに並べ終えると、ふたりは交互にカードをめくっては戻すを繰り返し始める。
「……」
「……」
「長くなりそうだな」
る番魂蒐が言う。
「そうですね。あとはもう、気が済むまで続けてもらったら良いんじゃないですか」
と、角無し鬼も小声で笑った。
「暇だ。俺たちは隣りの部屋でいちゃいちゃしようぜ」
と、る番魂蒐が角無し鬼の髪を撫でた。
「いちゃいちゃって何ですか? ねちょねちょみたいなのですか?」
「ねちょねちょ……? いや、そこまでは」
「ベトベトとか、ツルツルとか」
「触感の話? いや、忘れてくれ。緑鬼に怒られそうだ」
不思議そうな顔の角無し鬼を促し、る番魂蒐は横壁に現れた休憩部屋の扉を開けた。
時計の音も、風の音や鳥の声も聞こえない。
静かな休憩部屋のソファベッドで、角無し鬼とる番魂蒐は並んで昼寝をしていた。
被っていた笠は小さい木机に置いてある。る番魂蒐の頭に毛はない。
てるてる坊主のような格好の、る番魂蒐のひらひらを両手で握って眠っていた角無し鬼は、
「んー……」
と、まだ眠そうな幼い声を漏らして伸びをした。
「……んー?」
顔の真ん中に『る』と書かれているだけで目は無いのだが、る番魂蒐も目を覚ましたようだ。
角無し鬼は、目をこすりながら起き上がった。
「る番魂蒐さん。済んだみたいです」
「おー。そうか」
起き上がり、脱いでいた編み笠を頭に乗せる。耳や首にかける紐がなくてもピタリと装着された。
ふたりが懺悔室に戻ると、女性ふたりは紅茶を飲みながら楽しげにおしゃべりしていた。
黒テーブルの上にはトランプの束がキレイに重ねられている。
「もう良いんですか?」
角無し鬼が声をかけると、女性ふたりは明るい表情で頷いた。
「どっちが勝ったんだ」
る番魂蒐が聞くと、ふたりはニンマリと笑い、
「秘密!」
と、声をそろえた。
「ふたりで、一緒に行っていいですか」
記憶の達人の女性が聞いた。
「ええ。もちろん」
角無し鬼が答えると、女性ふたりは笑顔を合わせて立ち上がった。
「ありがとうございました」
と、もう一度声をそろえる。
「どういたしまして」
「どういたしまして」
角無し鬼も、る番魂蒐と声をそろえてみようと思ったが、語尾が少しズレた。
楽しげにおしゃべりをしながら、ふたりは冥界への道を歩き出した。
「なんか楽しそうだけどな。死者の門から、うるさいってクレームがこないかな」
と、る番魂蒐が、笠を被った頭を掻いている。
「死者の門へ着くまでに、意識のふんわりした魂になりますよ。でも、それまでは楽しくおしゃべりできるんじゃないかな」
「そうだな。よかったよかった」
「そうですね」
笑顔で見上げる角無し鬼の頭を、る番魂蒐は優しく撫でた。その手は人間の手に似ている。
「変わった死人もいるもんだよな」
「地獄逝き決定の人なら、こうはいきませんけどね」
「確かに。まぁ、これで提灯がふたつ軽くなった。また、なんかあったら頼むな」
「はい」
る番魂蒐は人界側の扉から、ふわりと消えて行った。
黒テーブルの上ではティーセットが片付けられ、角無し鬼のホットココアと懺悔日誌が用意されていた。
「る番魂蒐さんは口がないから、飲み物は出せないんだよね」
小さく笑いながら角無し鬼は冥界側のソファに腰掛け、懺悔日誌に取りかかった。
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