第17話 エスパーvs記憶の達人

『あら、わたし死んだのね。よーし、あの世へレッツゴー!』

 と、成仏できる人はほとんどいない。

 角無し鬼は懺悔室ざんげしつで、この世に未練を残す死者の話を聞き、少しでもうれいを晴らせるように促している。

 もちろん愁いがすぐに晴れる死者ばかりではない。角無し鬼にできることで未練が軽くなるであろう死者にだけ、懺悔室への扉は開くのだ。


 それ以外の死者はどうなるか?

 自然と逝くべき道を見つけ、進んでいける死者もいる。

 そうでない死者は、逝き先案内人があの世への道に促すのだ。場合によって、懺悔室へ案内する案内人もいる。

 そして、それすら拒む死者を、強制的に捕まえる存在もいた。

 『魂蒐たまあつめ』は冥界に属する、強制送迎担当だ。

 い番、ろ番、は番と、いろは順に番号の割り振られた魂蒐たちは、えんじ色の提灯ちょうちんに魂を入れて運ぶ。

 巨大なてるてる坊主が編み笠を被り、裾から痩せた素足が伸びているという。ひらひらとしたポンチョのような服の中に、いくつもの提灯を忍ばせている。



 頭ごと布に覆われた顔に、大きく『る』と墨字で書かれている。

 番魂蒐ばんたまあつめは片手にふたつの提灯を下げ、もう片方の手で懺悔室の扉をノックした。

「はーい」

 と、中から角無し鬼がのんびりと答える。

 人界側じんかいがわの扉が開き、翡翠色ひすいいろの肌をした子鬼、角無し鬼が笑顔で迎えた。

「角無し鬼、やっと見付けた」

 『る』と書かれた顔に口も目も無いが、る番魂蒐は角無し鬼を見下ろして言った。

 ちょっと首を傾げたが、角無し鬼はすぐに気付き、

「る番魂蒐さん。記憶の達人、見付かったんですね」

 と、答えた。

「しかも都合よく、人生に物足りない死人しびとだ」

 ふたつの提灯を掲げて見せながら言う。

「付き合ってもらえそうですね」

「これでやっと、持ち越ししていた提灯が軽くなる。場所を貸してくれ」

「はい」

 懺悔室の中には、中央に黒テーブルが置かれ、人界側と冥界側めいかいがわの双方に灰色のソファが置かれている。

 る番魂蒐は提灯の片方を、冥界側のソファに向けて引っくり返した。中から白い塊が零れ落ち、それはソファに座る女性の姿になった。

 女性は目をパチパチさせて周囲を見回している。

 もうひとつ、る番魂蒐は人界側のソファにも提灯を引っくり返す。

 また白い塊が落ち、人の形に膨らんだ。こちらは少し若く見える女性だった。

 人界側のソファに座った若い女性も、きょとんとした表情で正面に座る女性を見つめた。


 る番魂蒐は特殊な魂を担当していた。

 送り損ねて持ち越していた魂は、エスパーの魂だ。

 自称エスパーの女性は、以前にも角無し鬼の懺悔室へ連れられて来た。

 『記憶の達人と神経衰弱の勝負がしたい』と、特殊な事を言うのだ。神経衰弱はエスパーと記憶の達人、どちらが向いているのか気になって仕方がないのだそうだ。

 角無し鬼が神経衰弱に付き合っても満足してもらえなかった。エスパーの女性は記憶の達人の魂が見付かるまで、る番魂蒐の提灯の中で眠らせておくことにしたのだ。

 そして、記憶の達人の魂は見付かったらしい。


 黒テーブルには、ティーセットとトランプの束が用意されていた。

「えっと、ここはどこですか」

 と、記憶の達人らしい女性は、正面に座るエスパーの女性に聞いた。エスパーの女性は横壁の前に立つ角無し鬼とる番魂蒐に目を向け、

「どこでしたっけ」

 と、聞いた。

「ここは、あの世の手前のティールームですよ」

 と、角無し鬼が答える。

 エスパーの女性が目を輝かせながら、

「あなたは、記憶の達人ですか?」

 と、聞いた。

「えっ、達人?」

 目を丸くして、記憶の達人らしい女性は聞き返す。

「達人ではなくて、私は、忘れるのが苦手な記憶障害というか……忘れられない記憶力というのも、不便なものなんです。何かの役に立てばいいのにと悩んでいましたが、けっきょく、自分自身をどうにかするのでいっぱいいっぱいで」

「今、この人の役に立つぞ」

 と、る番魂蒐が言った。

「百発百中じゃないけど、私はカードの裏側が見えるの」

 と、エスパーの女性が言う。

「へぇ、凄い。裏側は見えないけど、このカードの模様なら知ってます。10年くらい前に100円ショップで売っていたトランプですね」

「凄い。さすがね。私と、神経衰弱で遊んでくれる?」

 エスパーの女性に聞かれ、記憶の達人の女性は目をパチパチさせたが、

「はい」

 と、明るく答えた。


 すぐにふたりは、黒テーブルの上にトランプを並べ始めた。

 る番魂蒐は立ったままその様子を眺め、

「で、しんけーすいじゃくって、誰でもできるものなのか?」

 と、角無し鬼に聞いた。

「あれ、神経衰弱、前に来た時に見てませんでしたっけ?」

「隣の部屋で寝てたからさ。人間の勝負事だろ? スポーツみたいなものか?」

「スポーツじゃないですよ。カードゲームです」

「ゲーム?」

「ルールは単純ですし、誰でもできると思いますよ」

「そうか」

 同じ模様のトランプをキレイに並べ終えると、ふたりは交互にカードをめくっては戻すを繰り返し始める。

「……」

「……」

「長くなりそうだな」

 る番魂蒐が言う。

「そうですね。あとはもう、気が済むまで続けてもらったら良いんじゃないですか」

 と、角無し鬼も小声で笑った。

「暇だ。俺たちは隣りの部屋でいちゃいちゃしようぜ」

 と、る番魂蒐が角無し鬼の髪を撫でた。

「いちゃいちゃって何ですか? ねちょねちょみたいなのですか?」

「ねちょねちょ……? いや、そこまでは」

「ベトベトとか、ツルツルとか」

「触感の話? いや、忘れてくれ。緑鬼に怒られそうだ」

 不思議そうな顔の角無し鬼を促し、る番魂蒐は横壁に現れた休憩部屋の扉を開けた。


 時計の音も、風の音や鳥の声も聞こえない。

 静かな休憩部屋のソファベッドで、角無し鬼とる番魂蒐は並んで昼寝をしていた。

 被っていた笠は小さい木机に置いてある。る番魂蒐の頭に毛はない。

 てるてる坊主のような格好の、る番魂蒐のひらひらを両手で握って眠っていた角無し鬼は、

「んー……」

 と、まだ眠そうな幼い声を漏らして伸びをした。

「……んー?」

 顔の真ん中に『る』と書かれているだけで目は無いのだが、る番魂蒐も目を覚ましたようだ。

 角無し鬼は、目をこすりながら起き上がった。

「る番魂蒐さん。済んだみたいです」

「おー。そうか」

 起き上がり、脱いでいた編み笠を頭に乗せる。耳や首にかける紐がなくてもピタリと装着された。

 ふたりが懺悔室に戻ると、女性ふたりは紅茶を飲みながら楽しげにおしゃべりしていた。

 黒テーブルの上にはトランプの束がキレイに重ねられている。

「もう良いんですか?」

 角無し鬼が声をかけると、女性ふたりは明るい表情で頷いた。

「どっちが勝ったんだ」

 る番魂蒐が聞くと、ふたりはニンマリと笑い、

「秘密!」

 と、声をそろえた。

「ふたりで、一緒に行っていいですか」

 記憶の達人の女性が聞いた。

「ええ。もちろん」

 角無し鬼が答えると、女性ふたりは笑顔を合わせて立ち上がった。

「ありがとうございました」

 と、もう一度声をそろえる。

「どういたしまして」

「どういたしまして」

 角無し鬼も、る番魂蒐と声をそろえてみようと思ったが、語尾が少しズレた。

 楽しげにおしゃべりをしながら、ふたりは冥界への道を歩き出した。

「なんか楽しそうだけどな。死者の門から、うるさいってクレームがこないかな」

 と、る番魂蒐が、笠を被った頭を掻いている。

「死者の門へ着くまでに、意識のふんわりした魂になりますよ。でも、それまでは楽しくおしゃべりできるんじゃないかな」

「そうだな。よかったよかった」

「そうですね」

 笑顔で見上げる角無し鬼の頭を、る番魂蒐は優しく撫でた。その手は人間の手に似ている。

「変わった死人もいるもんだよな」

「地獄逝き決定の人なら、こうはいきませんけどね」

「確かに。まぁ、これで提灯がふたつ軽くなった。また、なんかあったら頼むな」

「はい」

 る番魂蒐は人界側の扉から、ふわりと消えて行った。

 黒テーブルの上ではティーセットが片付けられ、角無し鬼のホットココアと懺悔日誌が用意されていた。

「る番魂蒐さんは口がないから、飲み物は出せないんだよね」

 小さく笑いながら角無し鬼は冥界側のソファに腰掛け、懺悔日誌に取りかかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る