第16話 悪霊叢の本体

 悪霊叢あくりょうそうに捕まっていた6人の死者を、角無し鬼はひとりひとり冥界へ送った。


 懺悔室ざんげしつには黒い怨念の塊が残っている。

 ソファの上の黒い塊は、人の形に変形して立ち上がった。全身に黒い芝生のような細かい怨念の草、怨念叢おんねんそうがびっしりと生えて顔も見えない。

「これ、最後の悪霊……悪霊叢の本体だ――」

 角無し鬼は、黒い生き物のようにウネウネと伸び上がる怨念叢を見上げた。

「……無理かも。黒電話、緑鬼みどりおにを呼んで」

 黒テーブルにダイヤル式の黒電話が現れる。しかし、角無し鬼の小さな声を聞き取ったのか、怨念叢から黒いツルが伸びた。

 怨念のツルは、バシンと黒電話を叩き壊してしまった。

「あっ」

『地獄へは行かない』

 ゴワゴワした声で悪霊が言った。

「――意識がある?」

 全身をびっしりと覆う怨念叢が天井まで伸び広がっても、時々見える中心の悪霊は人の形をしていた。

 向きを変え、人界側じんかいがわの扉へ向かって行く。伸び広がる怨念叢で、冥界側に居る角無し鬼からは扉が見えない。

「今のあなたには……扉がとても小さく感じるはずです。その姿でこの部屋を出る事はできませんよ。この部屋に入れたのは、あなたが捕まえていた浮幽霊たちがあの世へ逝く事を望んでいたからだ」

 角無し鬼は声を震わせながら話した。

「でも、あなたにも進む道はありますっ。話を聞いて下さい!」

 内開きのはずの扉が、懺悔室の外側へ弾け飛んだ。

 しかし、懺悔室を黒く染めそうなほど膨らむ怨念叢が邪魔をして、悪霊は外へ出られずにいる。

「落ち着いてっ。落ち着けば怨念叢も小さくなりますからっ――」

 悪霊は人界側へ出ようと、力づくで扉穴へ体を押し付ける。

「どうしよう……僕だけじゃだめだ」

 角無し鬼は横壁に駆け寄ったが、行く手を阻むように怨念のツルが伸びた。

「わっ」

 白壁に三本の抉り傷がつき、浮き上がろうとしていた避難部屋の扉が消えてしまった。

 扉穴に体を押し付ける悪霊の首だけが、真後ろを向いている。目も口も見えないが、角無し鬼を見ているのがわかった。

「もう、なんとかして出てってよぉ……」

 怯える角無し鬼へ追い打ちをかけるように、太く伸びる怨念のツルがビュンビュンと空を切った。

 鞭のように走る怨念のツルが、角無し鬼を突き飛ばす。

「うわぁっ」

 角無し鬼は冥界側の壁に打ち付けられた。

 弾みで盛大に舌を噛んでしまい、桜色の血が飛び出した。痛みや自分の血に驚く間もなく、角無し鬼は意識を失った。


 懺悔室は、白い空間に浮いている。

 あの世とこの世を行き来する出入口が、いくつも開いている空間だ。

 一面白色の空間に、紫色の鬼が浮いていた。青紫の肌をした紫鬼むらさきおには、作業衣に似た赤紫色のつなぎ服を着ていた。赤紫の小さな屋根が付いた白い小屋を、リュックサックのように背負っている。

 白い空間できょろきょろしていた紫鬼は、ふと真上を見上げた。白い空間にも不思議と目立つ、白い懺悔室が浮いている。

 懺悔室の扉が外へ弾き飛ばされた。

「うわっ、なんだ?」

 バキバキと壁を壊して、黒い怨念叢の広がる悪霊が白い空間へ飛び出した。

「いた! 待てっ」

 バッタのように跳ねながら、紫鬼は悪霊を追いかけた。

「やっと見付けたし。閉じ込めてた浮幽霊、放してやったのか?」

 悪霊は驚いたように振り返った。紫鬼に背負われた小屋が扉を開けている。

 慌てて逃げようとするのも遅く、目にも止まらぬ速さで悪霊は小屋の中へ吸い込まれてしまった。

「やっと捕まえたぜ、このやろう。こんな所で何してたんだ……なんだ、あれ」

 悪霊は白い空間に浮く箱のような、小さな部屋から飛び出して来たのだ。

「誰か居るな。こいつ、あそこから飛び出して来たよな……」

 ぶつぶつ言いながら、紫鬼はボサボサの頭を掻き回した。

「まさか、こいつが何か悪さしてねぇだろうな」

 紫鬼はポーンと飛び上がり、バッタのように跳ねながら空間に浮かぶ部屋へ向かった。

「うわ、壊れてるし。悪霊の余韻よいん、残りまくりだし」

 壁に開いている大穴から、そっと中を覗き込んだ。

 ソファは倒れ、黒いテーブルは引っくり返っている。

「すんませーん……誰も居ない? 荒らされてるなぁ。誰かの部屋? あいつ逃がした俺のせいかなぁ」

 小さな部屋の中を見回しながら、紫鬼は一歩中へ入った。

「うわっ、子鬼がいるしっ」

 向こう側の壁の前。うずくまるように倒れている角無し鬼を見付け、紫鬼は声を上げた。

「おいっ、しっかりしろよ」

 駆け寄り、紫鬼は角無し鬼の肩を揺すった。

 角無し鬼は目を覚まさなかったが、口に溜まっていたらしい桜色の血が、揺すられて口の外に流れ出した。

「げっ、おいおい、起きてくれよ。誰か居ませんかぁっ? なんで子鬼なのに、一匹しか居ないんだよぉ。仲間は逃げたのか? 喰われたりしてねぇだろうな……」

 おろおろしながら周囲を見回すが、誰の気配もない。

「なんだっけ、ここ……まだ冥界じゃないよな。人界の出入口の番人とか?」

 背負っている小屋の側面に、箱型の電話が付いている。紫鬼はラッパのような受話器を伸ばしたが、

「やべぇし……誰に言ったら良いんだ」

 と、首を捻った。

「あー、誰か、色鬼の仲間に聞いた事あるような……とにかく聞いてみっか」

 そう言うと、箱電話がリンッと音を立てた。電話の相手は、すぐに繋がった。

「あ、茶鬼ちゃおに? 俺、紫鬼」

 茶鬼という電話の相手は軽い調子で、

「どうした?」

 と、聞いてきた。

「さっき、逃げた悪霊叢を追ってたんだけどさ」

「また逃げられたのかよぉ」

「ちゃんと捕まえたし。でも、そいつが誰かの部屋壊してたんだよ。なんか子鬼が怪我してて起きないんだ」

 紫鬼は、倒れている角無し鬼の肩を撫でながら話す。

「なにそれ。やばくない?」

「マジやべぇし。なんか口からピンクの液が出てくる」

「ピンクの液? なんかの飲み物?」

「さあ。ここ、人界と冥界の間の空間でさ。なんか小さい部屋なんだけど、どこに報告したら良いか知ってる?」

「小さい部屋? 人界と冥界の間って、どんだけ広い空間だか知ってんの」

 茶鬼が溜め息交じりに言う。

「ほら、死者の門に繋がってる空間の端っこの方にさ、人界の入口が集まって次元の通過路がごちゃごちゃしてて、なんかちょっと広くなってる場所あるじゃん」

「あー、あの辺か。まだ人界側の?」

「そうそう」

「それって、前に緑鬼が言ってた部屋じゃね? 角無し鬼とかいう、角が無い突然変異が居るって部屋」

「角無し?」

 と、紫鬼は角無し鬼の頭を撫でてみた。

「あ、それかも。頭に角が無い。でかいコブはあるけど、これ角じゃないよな」

「緑鬼に聞いてみろよ。俺も近く通るから、そっち行くし」

「わかった。サンキュー」

 口元からラッパ口を離すと、箱電話がチンッと音を立て、すぐにリンッと呼び出し音を鳴らした。

 緑鬼はなかなか電話口へ出ず、箱電話はもう一度呼び出し音を鳴らした。

「――はいはい、紫鬼?」

 少々間を置き、緑鬼が電話に出た。

「悪霊にでも逃げられたのか?」

 緑鬼にも言われてしまい、紫鬼は、

「いつも逃げられてる訳じゃねぇし」

 と、口を尖らせた。

「で、どうかした?」

「角無し鬼って知ってる?」

「あぁ、懺悔室の角無し鬼だろ?」

「ここって懺悔室なのか」

 と、紫鬼は荒らされた小部屋を見回した。

「おまえが懺悔室に居るのか?」

「実は、悪霊叢を追ってたんだけどさ」

 紫鬼は簡単に、逃げられてから捕まえた悪霊叢の話をした。

「やっぱ逃げられてるじゃないか」

「いや、そいつは捕まえたんだけどさ。その懺悔室? 悪霊叢が壊したっぽいんだけど、マジ壊されててさ。薄緑の子鬼がピンク色の液体吐いてて動かないんだ」

「お。それはヤバいな。ピンクのは角無し鬼の血だよ」

 と、緑鬼が言うと、紫鬼は表情を曇らせ、

「やっぱ血かよ……どうしよう。口からいっぱい出てる。どこに報告したら良い? 角無し鬼って、どこの鬼?」

 と、不安げに聞いた。

「角無し鬼は地獄の刑鬼だったけど、懺悔室は冥界管轄かんかつだよ」

「……えっと、どっち?」

「報告は冥界。今、地獄に居るから時間かかるけど、俺も行くから報告しとけよ。冥界には報告だけで十分とか言われるだろうけど」

「なにそれ、いじめ?」

「なにが?」

 紫鬼は角無し鬼の細い肩を撫でてやりながら、

「こいつ、冥界に放置されてんの?」

 と、聞いた。

「そういう訳じゃないけど、角無し鬼は自分で部屋も直せる。俺も行くから、お前はそこに居ろよ」

「わかった」

 屈強な体つきの紫鬼は背を丸めて項垂れ、

「ごめんなぁ……」

 と、呟いていた。


 鮮やかな赤茶色の肌をした鬼の青年が、大穴の空いた懺悔室の壁から顔を出した。

 髪はこげ茶色で、つなぎ服や頭の上の一本角も深いこげ茶色をしている茶鬼は、

「紫鬼、居る?」

 と、声をかけた。

「居る」

 ソファに寝かせた角無し鬼の頭に、紫鬼が氷嚢をあてていた。

 茶鬼も懺悔室へ入ると、

「なにしてんの」

 と、聞いた。

「氷でコブを冷やしてんだよ」

「うわ、可愛い子鬼だな。緑鬼の子ども?」

「どう見ても色鬼じゃねぇし。地獄の刑鬼で冥界管轄だって」

「なにそれ」

「いや、わからん」

 紫鬼は、目を覚まさない角無し鬼の苔色の髪を撫でた。

「氷なんかどうしたの?」

 茶鬼は部屋の中を見回した。

 傷だらけの部屋には水道すら無いが、斜めにずれた黒テーブルの上に水桶とタオルが用意されている。

 先程までひとつだった湯飲み茶碗が、ふたつになっていた。

「あれ。今、お茶が増えたよ」

「引っくり返ってたテーブルを戻したら、いつの間にか湯飲みが置かれてた。この氷嚢とかも現れた」

「へー、超便利。見えない鬼でも居るのかな」

 角無し鬼の口元に流れた血は、水桶にタオルを浸して紫鬼が拭いてくれていた。

「緑鬼も来るって」

「ふうん。どこに報告したの」

「報告は冥界だって」

「怒られただろ」

 茶鬼も角無し鬼の顔を見下ろしながら言う。

「なんか、冥界の偉い人に回された」

「電話を?」

「そう。んで、こいつが消えそうか聞かれて、そうでもないって答えたら、角無し鬼が起きたら報告があるだろうからってさ」

「それで?」

「それだけ」

「さっぱりしてるなぁ」

 肩を落としたまま紫鬼は、

「……こいつが報告したら、無事で良かったとか言ってもらえんのかな」

 と、呟いた。

「冥界はさっぱりしてるもんだからな。社交辞令とかなら言ってもらえるんじゃね?」

「ひとりで仕事してる子鬼も居るんだな。なんか、こんなちっこいのは集団で、囚獄鬼ひとえおにに守られてるんだと思ってた」

「確かに……あれ、起きた?」

 角無し鬼が薄く目を開けた。

 ぼんやりと宙を見上げたが、視界に動くものを見付けビクッと身を縮める。

「大丈夫か?」

 見知らぬ大鬼に聞かれ、角無し鬼は起き上がろうとするが、顔をしかめてソファに背中を落とした。肩を押さえて涙ぐんでしまう。

「怪我してんだ。動くなよ」

 角無し鬼が何か言おうと口を開けたが、すぐにむせて咳込んだ。

 口元を押さえる指の間から、桜色の血が飛び出した。

 角無し鬼が自分の血を見て目を丸くしている。

「あ、ピンクの出た」

 と、茶鬼が無表情に言う。

 話そうとしても、喉に血が絡んで咳が止まらない。目を潤ませながら、ゆっくりと身を起こした。

 紫鬼は角無し鬼の小さな背中を撫でてやりながら、

「どうしよう」

 と、茶鬼の顔を見る。茶鬼は珍しげに角無し鬼を眺めながら、

「このピンクの何?」

 と、聞いた。

「血だって」

「え、血なの? そりゃ大変だ」

 茶鬼は指を伸ばし、角無し鬼の手に付いた血に触れた。桜色の指先を眺め、ぺろりと舐めて見る。

「本当だ。この子、美味しい」

 角無し鬼がギョッとして震えあがる。

「マジで?」

 紫鬼も小さな手に舌を伸ばすが、角無し鬼はパッと手を引き、潤んだ瞳から涙を溢れさせてしまった。

「あー、泣いちゃったじゃん」

「俺は血を舐めてやろうとしただけで……」

 まだ咳が止まらず、唇を桜色に濡らしながら怯えた表情をふたりに向ける。

「食べられるとか思ったんじゃね?」

「あっ、お前が美味しいとか言うからだし。泣くなよ、喰ったりしないから」

 と、紫鬼は肩を落とす。

「咳止まらないね。お茶が出て来たけど、飲む? あれ、今度は水のコップがあるよ。これ飲む?」

 茶鬼は黒テーブルに現れたコップを取り、角無し鬼に差し出した。

「悪霊叢にやられたんでしょ?」

 水のコップを受け取りながら、角無し鬼は小さく頷いた。

「ごめんな。俺が悪霊叢のやつ逃がさなきゃ、こんな怪我しなかったのに」

 やっと震えが収まり、角無し鬼は思い出したように懺悔室を見回した。

 ふたりの向こう、人界側の大穴を見付け、

「あっ」

 と、声を上げた。

「声でた」

 と、茶鬼が言っている。

 呆然と穴を見上げ、角無し鬼はよろよろと立ち上がった。足を引き摺りながら、大穴に歩み寄った。

「直してあげた方が良いんじゃない?」

「いや、部屋は自分で直せるって緑鬼が」

 緑鬼の名に角無し鬼が振り返った時、

「でかい穴開けられたなぁ」

 と、穴の向こうから緑鬼の声が聞こえた。

 角無し鬼が目を向けると、壁を飛び越えて緑鬼が姿を見せた。

「よぉ、大丈夫か」

 角無し鬼は、わっと泣き出し緑鬼に抱き付いた。

「怖かったな」

「仲良いね」

 茶鬼に言われ、緑鬼は角無し鬼の背中を撫でながら、

「良い色してるだろ」

 と、言って笑う。

「なにそれ、変態?」

「色フェチの趣味で仲良いのかよ」

「うん。お、たんこぶ出来てるな」

「今、ちょっと冷やしてたんだけど、泣いちまって」

 と、氷嚢を見せながら紫鬼が言った。

「お前らが脅かしたんだろう」

 泣いている角無し鬼を抱き上げ、緑鬼はソファまでやってきた。

 角無し鬼をソファに下ろし、泣き顔を覗き込む。

「血を吐いたって? 腹痛いのか?」

 角無し鬼は首を振り、小さく口を開けて見せた。

「舌を噛んだのか。これじゃ喋れないな」

「いはい……」

 痛いとも言えずにいる。

「この子、なんで悪霊叢に襲われたの? 美味しいから?」

 と、茶鬼が聞くと、緑鬼は苦笑いの顔を向け、

「なんで角無し鬼の味を知ってる」

 と、聞く。

「ピンクの血、舐めてみたから」

「お前こそ変態だ」

「え、色フェチより?」

「悪霊叢の一部が、ここからあの世へ逝きたがったんだろ?」

 緑鬼に聞かれ、角無し鬼が頷いた。

「ここを通るとあの世に行けるの? 凄い部屋、壊しちゃったんじゃん?」

「そ、そうなの?」

 紫鬼の顔は鮮やかな青紫だが、みるみる血の気が引けたような表情になっていく。

「この部屋で角無し鬼が死人しびとの未練を晴らしてやって、あの世へ逝けるようにしてやってるんだ」

「マジで? それ、すげぇ」

 と、紫鬼が目を丸くする。

「部屋じゃなくて、凄い子に怪我をさせたんだね」

 と、茶鬼が言う。

 ショックを受けたような顔を向ける紫鬼に、角無し鬼は小さく苦笑して見せた。

「ここへは悪霊なんか入れないはずだから、迎え撃つ設備が無い。避難扉も、壁に傷が付いて出て来なかったんだな」

 と、緑鬼は大きな掻き傷のついた白壁を眺めながら言う。

「捕まえた悪霊叢が、ただの悪霊になってたのは……」

「捕り込まれてた霊を、ひとりずつ冥界の扉に通したんだろ」

「そんな事も出来るんだ。でも最後の悪霊には負けちゃったんだね」

「角無し鬼は弱いんだよ。泣き虫だし」

 と、言われ、角無し鬼は口を尖らせた。

 緑鬼は笑みを見せながら、角無し鬼の頬を撫でて涙を拭いてやる。

「霊が全員抜けたせいで怨念叢が膨らんじまって、扉から出られなくなったんだろ。しょうがないから悪霊は、壁を壊して出て行ったんだな」

 納得したように角無し鬼は何度も頷いた。

「緑鬼、頭良いね」

「そっか。壁を壊して襲いかかったのかと思った」

「壁を壊す前に襲いかかったんだよね」

「うわー、マジごめんな」

「紫鬼はショタコン?」

「なんでだよ。なんなの、さっきから」

 と、紫鬼は茶鬼に言い返した。

「だって突っかけても突っかかって来ないし。いつも大物には逃げられてるくせに、なんで今日に限って落ち込んでんの」

「いつも逃げられてねーし」

「紫鬼は子鬼を泣かしちゃったから落ち込んでるんだろ」

 と、緑鬼が笑っている。

「子鬼フェチ?」

「フェチとか言うなし。大鬼が子鬼泣かしちゃ普通にダメだろ」

 3人の会話に、角無し鬼が笑っている。

 明るい笑みで、角無し鬼は緑鬼を見た。

「ん、こいつらか? こいつらは紫鬼と茶鬼だ。配送鬼はいそうきの仲間だよ」

 ふたりはくるりと決めポーズのように背中を向け、背負っている小屋を見せた。

 成仏を拒み続ける霊を強制的に小屋へ吸い込んで運ぶ、配送という仕事をする鬼たちだ。

「角無し鬼は小さくてよく泣くけど、わりと年季入ってるんだぞ」

「あ、そうなんだ」

「来てくれて、ありがとう」

 口の中が痛いのを我慢して、角無し鬼は言った。

 緑鬼、紫鬼、茶鬼は優しい笑みで頷いた。



 壊された懺悔室は、すぐに直すことができた。

 白壁の掻き傷は、角無し鬼が撫でるとキレイになった。

 すぐに横扉が現れ、開ければ小さいベッドの置かれた避難部屋になっている。

 角無し鬼がひと眠りすると、悪霊叢に開けられた人界側の大穴もすっかり直ってしまった。便利な部屋だ。

 ふたつのソファと黒テーブルも、緑鬼たちが並べ直してくれていた。

「なんか、酷い目にあったなぁ」

 冥界側の自分のソファに腰掛け、角無し鬼は呟いた。

 黒テーブルが、角無し鬼の好きな甘いココアを出してくれている。

「でも、友だち増えたからいっか」

 ココアのカップを取り、角無し鬼は小さく笑った。

 そして、黒テーブルには懺悔日誌と羽筆はねふでが現れる。

「あ。あぁ……面倒くさいなぁ」

 お手上げという様子で、角無し鬼はソファに身を沈めた。

「報告書もまとめて、紫鬼さんに頼んじゃえば良かった」

 黒テーブルに、ティーカップも現れた。

 ティーカップの紅茶、熱い緑茶の湯飲み、ホットコーヒーと適当な茶菓子に緑茶の湯飲みがもうひとつ、レモンティーとオレンジジュースもずらりと並ぶ。6人の死者たちに振舞ったものだ。

「わかったよ」

 角無し鬼はココアをもうひと口飲み、羽筆を手に取ると、報告書を兼ねた懺悔日誌に取りかかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る