第2話 爆竹

「竹が爆発したんですよ」

 青年はソファへ座るなり、身を乗り出すように話し始めた。

「竹が爆発?」

 と、向かいのソファに座る角無し鬼は聞き返した。

「友達とキャンプをしたんです。って言っても、ちゃんとしたキャンプ場じゃなくて、普通の河原で。本当はいけないらしいんですけど」

 スポーツメーカーの服を着て、アクティブな装いの青年だ。若々しい笑顔で話している。


 青年は、

「こんちわー」

 と、遊びにでも来たような挨拶で懺悔室ざんげしつにやって来た。

 笑顔で迎えた角無し鬼に青年も軽い笑顔を向け、ソファへ座ったのだ。

 初めから青年は、話をするためにやって来たらしい。翡翠ひすい色の肌にこけ色の髪をした角無し鬼の容姿も気には止めず、青年はすらすらと話し始めていた。

「夏場の暑くなる前に、なんでもいいからアウトドアしようって言い出した友達がいて。何人か誘ってキャンプの道具だけ積んで、適当な河原を探して田舎の方に車を走らせたんです。そうしたら山道の途中で、きれいな河原を見付けたんですよ」

「山中の河原でキャンプをしたんですね」

「良い感じに岩場もあって、テントを張ったんです。それから少し水遊びして、飯の支度に火を起こそうってことになって。そうしたら、竹が爆発したんですよ」

 コーヒーをブラックで出している。

 ブラックの苦手な角無し鬼は、黒テーブルに砂糖を入れたコーヒーを用意してもらっている。コーヒーカップを口に運んでから、

「近くに竹藪たけやぶでも?」

 と、角無し鬼は聞いた。青年もコーヒーを一口飲んでから首を傾げ、

「そう言えば、竹藪とかは無かったなぁ。でも、普通に林の中に生えてたのかも」

 と、言った。短髪をぽりぽり掻いて、もう一度首を傾げた。

「それが、爆発したんですか」

 と、角無し鬼が聞くと、

「いや、折れた青竹が落ちてたんですよ。河原に。だから、燃やしたんです」

 と、答えた。

「青竹を?」

「青々してたから、乾燥して無いって事でしょ? もともと焚火用は『乾燥木』って書いてある木を買ってあったんです。友達が燃料に調度良いって拾って来て、焚火に入れたんですけどね。まだみずみずしい感じの植物が燃えるのかなぁって、俺、じっと見てたんですよ」

 その様子を思い浮かべてから角無し鬼は、

「……もしかして、ふしの間に通気口も無いまま火の中へ?」

 と、聞いてみた。

「あ、やっぱりそれって常識なんですか?」

「竹は節と節の間が空洞で空気が入っている植物ですから。火に入れると、節の中の空気が膨脹して破裂するんですよね」

「そうなんすよ。爆発した破片が目にグサッて感じで、このザマなんすよ」

 青年がそう言うと、その右目から血が溢れ出した。眼球に破片が突き立ち、血塗れの顔になってしまった。頬を伝い、首を流れて服や手元へ血の滴が落ちる。

「竹炭とかあるから、疑問にも思わなかったんですけどね。あれ? でも竹炭はどうやって作るんですかね」

 真っ赤な顔のままで青年が言う。

 痛々しい形相に、角無し鬼は少し悲しげな目を向けながら、

「破裂しないように、割るなり穴を開けるなりしているんじゃないでしょうか」

 と、答えた。

「へぇー、なるほど。そう言えば婆ちゃんの家のトイレに、かち割った形の竹炭が置いてありましたっけね」

 青年が照れ笑いを見せると、血塗れだった顔が元の素肌に戻った。血の落ちた服や灰色のソファもきれいになっている。

 ホッとして角無し鬼は笑みを向けたが、青年は何事もなかった様子で、

「昔、似たようなことがありましてね」

 と、話を続ける。

「元カノと喧嘩した時に『爆弾投下してやる!』とか言って、電子レンジに生卵を入れたんですよ」

「爆発しましたか」

「爆発しましたねー。最初は何やってるんだかって思いましたけど、飛び散って後始末が超大変だったんですよ。そういう常識って、どこで習うんですかねー」

 と、青年は肩を落として苦笑する。

 角無し鬼も小さく首を傾げ、

「どこなんでしょうね。口伝とかが多いんじゃないかな。僕は『人界雑学事典』で読みましたけど」

 と、横の白壁を指差すと、壁際には大きな書棚が並んでいた。

「うぉ――さっきから本棚ありました?」

「実は、あったんですよ」

 分厚い辞典や図鑑がビッチリと並んでいる。青年は書棚を見て、

「へぇ。鬼も大変なんすねー」

 と、感心してくれる。

「いえ。結構面白いですよ」

 と、角無し鬼は笑った。

「俺も知ってればなぁ……」

 そう呟き、青年はコーヒーカップに手を伸ばした。口に含んでゆっくりと飲み込んでから、

「仲間に、嫌な思いさせちまったなって思って」

 と、言った。若い笑顔に、影が差した。

「お友達のことが、気掛かりなんですね」

 優しい声音で、角無し鬼は言った。

「俺はここで死んだけど、あいつらには嫌な記憶が残るじゃないですか。なんかそれが、やるせないんすよね」

 溜息を吐きだすように、青年は言う。

「悲しい記憶です」

「竹を焚火に入れた友達が一番仲良かった奴で……俺が顔出してたのが悪いって伝えたくて」

「それで、この世に残っていたんですね」

「でも、どうにも出来なくて……あいつは自分ばっかり責めて、俺が顔を出してたのが悪いとは思ってくれないんです」

 青年は、助けを求めるような痛々しい表情を向けている。角無し鬼はそれを受け止めるようにゆっくりと頷き、

「竹を入れたお友達も、顔を出していたあなたも悪くありません。でも、それを伝えられないのは辛いことですね」

 と、言った。

「なんか死んでから、あいつが滅茶苦茶自分を責めてるのがわかるようになって……なんとか、伝えたかったんすけど」

「竹が破裂して破片が刺さる、残念な事故です。あなたの時間は止まってしまいましたが、お友達の時間は進んで行きます。時が経って、自然に解決するのを待つしかありません」

「時が解決ってよく聞きますけど、本当に『時』って解決してくれるんですかね。ただ、ほっとかれたせいで、風化とかしちまったってだけでしょ」

 少し投げやりな言い方で、青年は項垂れてしまった。

「時が解決というのは、本人がもてる感覚ではないかも知れませんね。月日が流れて、気持ちの整理が付いたり後悔が風化したり。時間によって、気持ちの流れが変わるんです。誰かが何かをすれば気持ちの変化が早くなることもあるのでしょうが、亡くなってしまったあなたは、もうお友達に関わることは出来ないんです」

 少し掠れたような優しい角無し鬼の声に、青年はゆっくりと顔を上げた。

「やっぱ、そっすか……」

「はい」

 青年は真面目な顔を目の前の黒テーブルに向け、考え込んでしまった。

 角無し鬼は、青年の言葉を待った。

 半分ほど減っていた青年のコーヒーが、いつの間にかカップいっぱいに増えている。

「なんか、怪談話とかであるじゃないですか」

 と、青年が呟いた。

「俺も死んだから出来るんじゃないかなって……墓前に立つ、みたいなやつ」

 角無し鬼は、墓の前に立つ青年を想像してみたが、

夢枕ゆめまくらに立つ、ですかね」

 と、聞いてみた。

「あ、それそれ。夢枕っすね。枕元に立って夢に出て来るみたいな。あれのやり方、知りませんか」

 明るい調子を作るように、青年は小さく笑いながら聞いた。

 しかし、角無し鬼は首を横に振った。

「残念ながら、知りません」

「なんだ……そっかぁ」

 はーっと息を吐き出し、青年は押し黙ってしまった。

 角無し鬼は甘いコーヒーを一口飲んでから、

「あなたは、お友達の気持ちを感じ取っていたんですよね」

 と、聞いた。

 視線を落としながら青年は、

「はい――」

 と、呟くように答えた。

「お友達は、あなたが安らかに成仏することを願っています。あなたも、早くお友達の悩みが解決することを、願ってあげて下さい」

 角無し鬼の言葉に、青年はもう一度顔を上げた。

「あいつ、そう思ってくれてるんすか」

「はい。わかりませんでしたか?」

「一番でかい気持ちは、自分を責めてる後悔みたいので……」

「自分を恨んで化けて出たら、謝りたいと思っています。残念ながら、それは出来ないのですけどね」

「俺も謝りたいのに、悔しいっすね」

 角無し鬼は小さく頷いた。

「あなたが願えば、もしかしたらお友達はあなたの夢を見るかも知れません」

「夢枕?」

「いいえ。あなた本人は参加していませんが、お友達が自らあなたの夢を見るんです。お友達は夢枕のような感覚で、あなたが夢に出てきたと思って話をするでしょう。ずっと願っていた、あなたの想いが伝わるかも知れません。なにかそういう願いや夢って、繋がっていたりするんです」

 角無し鬼が話すと、青年はゆっくりと頷きながら、

「そうなんだ……」

 と、目をパチパチさせた。

「可能性、ですけどね」

 苦笑して角無し鬼が言うと、今度はしっかりと頷き、青年は、

「俺、願います。出来る限りずっと」

 と、言った。

「はい」

「俺、そっちの扉から進んでも、願っていられますよね」

 角無し鬼の背後にある、冥界側めいかいがわの扉を眺めて青年は言った。

「はい。まだしばらくは。僕も願います」

「ありがとうございます」

 ブラックコーヒーを一気に飲み干し、青年は立ち上がった。

「ご馳走様でした。コーヒー、美味しかったです」

「お粗末さまです」

 角無し鬼の笑顔に青年も笑顔を返し、冥界への扉に向かった。そっと扉を開け、しっかりとした面持ちで歩み出した。

 角無し鬼はその背中を見送り、そっと扉を閉めた。



「学校の教科書に載せれば良いのに」

 懺悔日誌を眺める角無し鬼の前には、甘いコーヒーが新しく用意された。青年が飲んでいたカップは片付けられ、代わりに懺悔日誌と羽筆はねふでが現れている。

 懺悔室に置かれた黒テーブルは、角無し鬼の欲しいものをなんでも出してくれる。片付けるのもあっという間だ。

「教科は、生物かな。木材だと木工とかの技術科かな……熱いブラックコーヒーのみ」

 さらさらと記録を書き込みながら、角無し鬼は首を傾げる。簡単に書き上げてしまい、羽筆を置いた。

「知っていれば死なずに済んだこととか、起きなかった事故とか……結構あると思うんだよね。学校で習っていても忘れちゃって、そんなの知らなかったって言っちゃう人も居るけどね」

 懺悔日誌をパラパラとめくりながら、角無し鬼は言っている。

「小学校かな。小学校の生物の教科書、ある?」

 角無し鬼が話しかけると、黒テーブルに四年生用の理科の教科書が現れた。

「あぁ、小学校は理科って言うんだ。載ってるかな」

 理科の教科書に目を通してみるが、竹も生卵も出て来なかった。角無し鬼が教科書を閉じると、今度は植物図鑑と工芸雑誌が現れていた。

 角無し鬼は、小さく笑った。

「これには載ってるんだ。でも、みんなが見るものじゃないとね」

 図鑑に教科書を重ね、角無し鬼はもう一度懺悔日誌を手にした。

「本当に夢枕に立ってしまったり、たたりを起こしたりすることってあるみたいだけど、それが解決になることって少ないんだ。死者が生者を想うなら、気持ちを込めて願うのが一番なんだよ」

 懺悔日誌を眺めながら角無し鬼は、青年が夢枕に立っている姿を思い浮かべていた。

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