星子の反応

「敵の艦隊が太平洋を北へ向かったようです」


 北日本の国家指揮所で、海軍作戦部長が渋い顔で総司令官である宗像星子元帥に報告した。


「確かなの?」


 星子は、美貌を歪めることなく尋ね返した。


「千島列島を哨戒中の潜水艦が、ソナーで大規模船団の推進音を探知しました。百キロ離れても明瞭に聞こえたそうですから、確実です」


「北へ向かったということは、カバードワゴンの援護、護衛支援のため?」


 カバードワゴンは、米国が冷戦時代に準備した事前集積船部隊のコールサインだ。

 戦争に備え、コンテナ船に武器弾薬や食料などを積み込んで常時待機。

 戦争になれば直ぐに出航し目的地へ向かう。

 さらに民間船も徴発されている。

 その物資量は三個師団分の装備、そして六個師団が三ヶ月間動ける武器燃料弾薬などの消耗品だ。

 東側の侵攻が真剣に懸念された冷戦時代、アジアへ急速に増援を送るために考え出された仕組みだった。

 冷戦終結も世界各地の紛争に備えて、維持されていた。

 今回の新生ソ連の侵攻により、この船団が、本来の意味でアジアに向かってアメリカ西海岸を出航。

 北太平洋を経由してアジアに向かいつつあった。

 到着すれば、増援を得た西側は一気に盛り返し、アジアの戦局がひっくり返されてしまう。

 北日本にとっても見過ごせない脅威だ。


「その可能性は高いのですが……」


「どうしたの?」


 言葉を濁した作戦部長に、星子は尋ねた。

 少し黙り込んだ後、考えをまとめ直して作戦部長は言う。


「個人的な考えですが、カバードワゴンの護衛ではないと思います。重要な船団ですが、出撃した艦隊に揚陸艦と輸送艦も含まれています。船団の護衛に揚陸艦や輸送艦は不要です」


「揚陸艦と輸送艦が含まれているのは確かなの?」


「確かです。潜水艦のソナーによる音紋解析で、揚陸艦と輸送艦の識別は容易です」


 船は一隻一隻、発する音が違う。

 同型艦であっても、船ごとに違いがあり、何番艦かさえ分かる。

 艦種が違えば、音は明らかに異なる。

 日頃から南日本の全艦艇の音紋を収集し、各艦にデータを配布しているため、間違えるはずがない。


「確かに、揚陸艦や輸送艦に護衛など不要ね」


 海軍作戦部長の言葉に、星子も同意する。


「どこかへの攻撃?  それとも上陸作戦?」


「恐らく上陸作戦でしょう。カバードワゴンにも上陸部隊が含まれていますから。共同して上陸作戦を行うでしょう」


「でしょうね」


 星子は同意する。

 カバードワゴンにはアメリカ海兵第一師団も含まれている。

 戦力を集めた上で戦うのは、当然の考えだ。

 圧倒的な脅威であり、対処する必要がある。


「どこに上陸すると思う?」


「分かりません」


 歯切れ悪く海軍作戦部長は言った。


「艦艇は自由自在に海を航行できます。上陸可能地点はアジア各所にあり、そのどこか、としか言えません」


 大和と空母数隻を含む艦隊の攻撃力は、想像を絶する。

 今は亡きソ連太平洋艦隊と北日本艦隊が合流したとしても、負けるだろう。


「カバードワゴン攻撃のために、艦隊を出撃させられない?」


 大泊に戻ってきた艦隊を使って迎撃できないか尋ねた。

 しかし、海軍作戦部長は首を振る。


「無理です。武蔵は地上支援の後、補給のため戻ってきている。日帝の策謀に乗って南下してしまい、再出撃はしばらく無理です」


 石狩湾での支援中、対馬と新潟を攻撃し終え、日本海を北上する大和を迎撃しようと武蔵は石狩湾を離れた。

 しかし、大和は石狩湾突入の気配を見せた後、津軽海峡を通過。

 太平洋へ出てしまった。

 この時間的ロスにより、武蔵は大泊に戻るのが遅れ、再出撃、カバードワゴン攻撃に参加できなくなってしまった。


「出撃できたとしても、太平洋に出た船団の護衛にやられる。いや、樺太から離れた時点で攻撃されて終わりだ」


 艦載機が少ないため、北日本艦隊は防空能力に限界がある。

 空軍の援護が期待できない海域に出た時点で、新潟沖の新生ソ連海軍のようにミサイル飽和攻撃を受けて終わりだ。


「いずれにせよ、カバードワゴンへの攻撃が成功するかどうかで、この戦いは決まる」


「東側で対処の作戦は立てているけど」


 もちろん、東側もこの船団の存在は戦前から知っている。

 米国の予算案を見れば、常時軍港に貨物船がいたら発覚するのは当たり前だ。

 それに、米国も隠すつもりはなく、抑止力として使おうとしていた。

 当然、東側も対策を考えており、多数の対艦ミサイルを搭載した航空隊と潜水艦部隊を集めてミサイル同時攻撃による飽和攻撃を行おうとしていた。

 作戦名は『北の暴風』だ。

 勿論、北日本の攻撃隊、対艦ミサイル装備の攻撃機部隊が参加する。


「いずれにしろ、『北の暴風』作戦、カバードワゴンへの攻撃で今後の戦況は決定される」


 海軍作戦部長の断言に、星子は頷いた。

 物量こそ、戦争を決める大きな要素だからだ。




 カバードワゴンの結末


https://kakuyomu.jp/works/16818622170814457974/episodes/16818622171438182329


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る