湾岸戦争の原因
湾岸戦争は、イラン・イラク戦争後、その戦費返済に苦慮したフセイン大統領が起こしたクウェート侵攻に始まる。
八年のイラン・イラク戦争の末、双方何も得ぬまま終わった。
いや膨大な債務だけが残って終わってしまった。
フセインとしてはアラブの大義、イスラム共和国という敵と戦った英雄のつもりだったが、戦費を貸した国々には返済を求めてきた。
それも同じ中東国で隣国あるクウェート、イラクが立ち向かわなければイランに併合される小国が返済を求める事に怒った。
イラン・イラク戦争終結による原油価格の低迷もあり、原油収入が低下して返済の目処がたたなかった。
そのためフセインは、かねてより英国から分離され独立したクウェートを併合する方針を立て、実行に移した。
隣国のクウェートも産油国であり油田は多くある。
その油田、国境沿いにある一部の油田でボーリングを斜めに入れてイラク国内の油田から吸い出している主張。
不誠実な対応をした事を理由に90年8月2日、クウェートに攻め込んだ。
小国クウェートの軍備は僅かしかなく、一部の戦車部隊が迎撃に出て、王族脱出の僅かな時間を稼いだのち、多くはサウジに亡命した。
この武力行使によりフセインはクウェート併合を宣言し、国際社会に認めさせようとした。
ベトナム以降のアメリカの国力衰退と、対外軍事展開能力、特に冷戦終結後の急速な軍備縮小は、アメリカがクウェート問題に介入する可能性は低いと考えていた。
また、交渉の間、アメリカのブッシュ大統領がクウェート侵攻が起こった場合の派兵について否定的な見解を示した事もフセインが侵攻を決断した理由だった。
ベトナムの痛手がアメリカではまだ響いていた。
新たな泥沼の戦争が有権者の脳裏をよぎったため、中間選挙を前に派兵など軽々しく口に出来なかった。
このことが、フセインを侵攻に走らせる。
だが、アメリカの反応はフセインの予測を外れた。
ニクソンショック、プラザ合意後、ドルの地位守るためアメリカはある体制、システムを導入した。
原油、二〇世紀の文明を動かすエネルギー源の決済をドルで行う取り決めだ。
エネルギー源である原油がなければ、動けないから各国はドルを手に入れようとする。
結果、ドルは人々から求められ高値で取引され価値が維持される。
その中心となったのは、クウェートをはじめとする中東各国だ。
彼らが原油をドルで決済する事でアメリカは超大国の地位とドルが世界の基軸通貨であることを維持させた。
中東、原油産地の安定はアメリカの絶対条件だった。
イラン革命を潰そうとして失敗したのは、時の政権の失敗だった。
その後に起きたクウェート侵攻に対して、アメリカ政府、ブッシュ政権はアメリカとして正しい行動、武力には米軍よる介入、解決を決断した。
勿論、冷戦後の世界でアメリカが力を自由に振るって良い理由にはならない。
法の秩序、アメリカが世界と共に歩むという、大義名分、表向きの理由が必要だった。
そのため、半年以上も国連を舞台に、多国間で交渉し、クウェート解放を議決させ多国籍軍を編成。
大義名分を得た。
戦力の大半が米軍であっても、多国籍、多くの国々が支持したという事実、世界の支持を受けた行動として正義を得られる。
ベトナム戦争で世界や国民の支持を失い、撤退したアメリカは、二の舞を演じないよう外交で立ち回った。
戦争に勝ち、さらに国際的な名声を得るために。
勿論諸手を挙げて歓迎されているわけではない。
東側だけでなく西側でもだ。
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