長津湖ブートキャンプ

 第二次大戦の反動で軍縮となり兵力が少なくなった状況で始まった極東戦争。

 海兵隊も兵力が少なく、広大な地域を常時制圧できるだけの兵力など無い状況。

 ガダルカナルのように広大な土地に対して過小な兵力しか無い状況では陣地防御しかない。

 海兵師団全体でその了解が出来ており進軍に使われる一本の街道の周囲に陣地を構築し守備する事になっていた。

 陣地と陣地の間に、入り込まれてしまうが、仕方ない。

 増援と補給が来る時、戦車の護衛で敵の大群の中を突っ切るだけだ。


「踏ん張れ! 直に味方が来るぞ!」


 迫撃砲が撃ち込まれているのも補給に来た部隊を叩くために撃ち込んでいる。


「お返しだ! 撃ちまくれ!」


 撃たれまくるのは気に食わない。

 M1ガーランドのトリガーを最後の一発を除いて何度も引き中国人に撃ち込み撃退する。


「退いたようだな」


 銅鑼の音が少なくなり、中国軍は撤退していったようだ。


「何とかなったな」


 最後の一発が残ったクリップを引き抜きフルに入ったクリップに取り替える。


「おい! サミュエル!」


「何でしょうか! 少尉殿!」


 サミュエルは分隊長として中隊長に敬礼して答える。

 本物の分隊長と中隊長が戦死し、サミュエルが臨時分隊長に序列がブービーだった少尉が中隊長になった。

 不安だったが、この数日の激戦で少尉の顔は険しくなり、頼もしくなった。

 あの明るい青年の顔が消えて歴戦の戦士になったことは少尉の心に大きな傷を残すだろう。

 だが、今は百名に満たない中隊の生き残りが、生きてアメリカに帰る事が最優先だ。

 生きて帰ったら死んだ連中の家族と少尉を支えるつもりだ。


「先程着いた増援に補充兵がいた。お前の分隊で面倒を見ろ。それからお前は今から曹長だ。生き残った軍曹では最先任だからな。下士官が足りない。頑張って貰うぞ」


「Thank you Sir!」


 喜びと困惑を吹き飛ばすようにサミュエルは叫んで答えた。

 戦闘で損耗した分隊に補充が来るのは嬉しい。

 だが、使えない新人に教え込む時間が勿体ない。

 習うより慣れろだが、ここは極寒の朝鮮半島の山の中。

 上陸作戦のようにはいかない。

 新人たちには、最低限教えて後は自分達で何とかして貰う。


「よし! 来たな! 新兵共!」


 サミュエルは集まってきた新兵たちに大声で叫ぶ。

 やたらと笑顔な奴、怯えている奴と取る態度は分かれていた。

 だが、全員顔つきが違った、怯えている奴も周囲への警戒を怠っていない。

 かといって実戦経験があるように見えない。

 しかしすぐに疑問は氷解した。


(ここに来るまで洗礼を受けたか)


 この最前線に来るまでに何度も襲撃を受けて応戦してきたのだろう。

 小競り合い程度だが、敵弾の下を潜り抜けた連中だ。

 多少は期待できるだろう。


「ここは最前線だ! 敵もお前たちの着任を歓迎している! 存分に戦え!」


 サミュウエルが言うと、新兵の半分は笑い、半分は困惑の色を深めた。

 初めての戦闘でハイになっているか、ショックを受けた奴だ。

 対応するべきだが、そのような余裕はない。

 直後に銃撃音が響き、全員が伏せる。

 しかしサミュエルは銃撃音を聞くと顔を上げて真っ先に立ち上がる。


「おい! 起きろ新兵! 寝ている暇はないぞ!」


「しかし敵の銃撃が」


「アレは味方のM2ブローニングだ。敵味方の銃撃音を聞き分けろ。それが生き残る秘訣だ」


「しかし撃ったのですから敵が来たのでは?」


「この寒さだ。二時間に一度は撃っておかないと凍結して撃てなくなる」


 氷点下二〇度、時に三〇度まで低下する。

 ガーランドのオイルさえ凍る気温だ。

 機関銃のオイルも凍って発砲不能になる。

 凍結しないようにたまに撃って温める必要がある。

 熱したレンガを機関銃の機関部に置いておくのも手だが、確実なのは実際に撃つ事だ。

 やがて、銅鑼の音が再び鳴り始めた。


「連中の夜襲だ! 配置に付け!」


 人民解放軍は何故か夜襲でドラを叩いて一斉に攻撃を仕掛けてくる。

 最初は驚いたが、数回するとなれた。


「おい! 何している! 配置に付け!」


 だが疲れた今は、攻撃の前触れ、死闘の呼び鈴のように感じて持ち場を離れる兵士もいる。

 臆病風に吹かれた兵隊を叩き戻すのが大変でサミュエルの悩みになっている。

 だが戦って貰うしかない。生き残るために。


「おい、新兵! 敵に向かって撃ちまくれ! だが、最後の一発は決して撃つな! 必ず残してクリップを換えるんだ」


「どうして」


 新兵が問い返した時、目の前の斜面の影が動いた。

 いや、それは目の錯覚だった。

 数万人の大群が攻め寄せてきたのだ。

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