待ち伏せ

 待っていると敵がやって来た。

 およそ一個大隊、三〇両。

 特徴的な台形の形は間違いなくT34。おそらく85ミリ砲搭載車だ。

 ドイツ戦車と互角に戦った相手であり、小銃くらいしか持たない境界線付近の警備隊では相手にならない。

 後退する事が許されているが、無事だろうか。いや、自分たちの心配が先だ。

 他人のことを思って戦える程、相手は甘くない。


「早く来てくれ」


 丁度曲がり角、高台を迂回するためにカーブしており、自分たちはその外周部で待ち伏せている。

 攻撃すれば、敵の内側へ向けて撃つことになるから、大戦果を挙げられる。

 しかし、途中で敵が気がつかれたら、逆に車両数で圧倒されて、万事休すだ。


「拙い、止まった」


 曲がり角の前で敵が止まった。

 待ち伏せがバレたのではない。ならば向こうが撃ってくるはず。

 ただ待ち伏せに最適な地点なので敵がいないか確認するのがセオリーだ。

 偵察隊は、道路状況を確認するために素早く移動したが、戦車の指揮官は慎重なようだ。

 周囲を偵察しないと気が済まないらしい。


『隊長! 発砲許可を!』


 先制攻撃をしたい僚車が許可を求めてくる。

 隊長はそれでも決断しない。

 焦れるような時間だ。

 先走った人間が出てきかねない。

 だが、息を潜めている間にも、敵の戦車から搭乗員が降りてきて此方に向かってくる。

 その時、発砲音が響いた。


「撃ったのは誰だ!」


 発砲で自分たちの位置がバレたかと思ったが違うようだ。

 第一、敵の戦車に攻撃された跡がない。


「戦車は発砲していません。機銃の音です。それに西から聞こえます!」


 西側に布陣した普通科小隊が敵偵察隊と接触したようだ。


『此方、普通科第四連隊第二中隊第三小隊! 敵の偵察隊らしき車両と交戦中! 敵は非装甲車両のみ、対応可能!』


 西側の味方は攻撃を選択したらしい。

 確かに車両だけなら簡単に相手ができる。

 しかし、戦車部隊は救援に向かう気になったらしい。

 偵察を切り上げて戦車に戻り、発進しようとしている。

 敵は自分たちの待ち伏せに気がつかず進んでいこうとする。


「好機だ! カーブを曲がりきったところで先頭車両を撃破。止まったところへ集中砲火を浴びせろ! 二号車、いつでも撃って良いぞ。二号車の発砲後、各車自由射撃!」


 手早く命じると、待ち伏せる。

 最左翼の二号車攻撃で全員攻撃開始だ。

 敵がゆっくりと目の前を過ぎていく。

 一台、二台、三台、四台、五台。

 既に自分たちより数が多い。

 車間距離が短い分、通り過ぎるのが多い。

 その分相手にしなければ成らない。

 しかも、右を見ると敵の隊列はまだ続いている。

 攻撃しないと叩きのめされる恐怖がこみ上げてくる。


「まだか」


 焦りからつい言葉が出てしまう。

 しかし、誰にも聞かれなかった。

 ほぼ同時に二号車が発砲した。

 轟音とともに敵戦車に命中、車体が爆発し砲塔が空高く宙を舞う。

 敵は完全に自分たちの射程に、気付かずに入った。

 待ち伏せは成功だ。


「攻撃開始!」


 隊長が命じると同時に各車発砲。

 敵が横腹を、履帯を見せており、そこを狙って発砲し、装甲の薄い部分を食い破って破壊する。


「次弾装填急げ!」


 すぐに装填手が次弾を装填。

 五式砲戦車で装填手をしていただけに装填は素早く、たちまちの内に第二弾が放たれる。

 だが砲塔に命中して弾かれた。


「しまった」


 反撃されると思って操縦手は恐怖を感じる。

 だが次の瞬間、そのT34は吹き飛んだ。

 砲弾を弾いたはずの敵戦車が何故突然吹き飛んだのか、最初操縦手は訳が分からなかった。

 だが、すぐに座学の授業を思い出す。

 中共内戦で鹵獲したT34を研究した結果、弾薬を増載するために、予備弾薬を車体下部、砲塔の真下の床に置いている。

 しかも砲塔にある砲弾ラックは作りが幼稚で振動で落ちやすい。

 着弾の衝撃で砲弾が落ちて誘爆を起こしたのだ。

 まるでビックリ箱のように、砲塔が空高く飛ぶ。

 何はともあれ幸運だった。


「攻撃だ! 他の車両も攻撃しろ!」


 そうだ、敵はまだいる。幸運が飛び込んで来ても次の瞬間不幸がやってくることは多い。手を休めてはならず、彼らは攻撃を続ける。

 他の味方も破壊しており八両は仕留められた。

 しかし、敵の数が多すぎる。まだ二〇両前後は残っているはずだ。

 無事な敵後続が自分たちに襲撃してきた。

 敵戦車の反撃が始まろうとしていた。

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