ワイオミング――チェサピーク湾の襲撃者
「それで敵艦はどこにいるんだ」
嘉手納に到着したパットンは尋ねた。
一時より嵐は収まりつつあるとはいえ、未だ荒天は続いている。
「あれか!」
北西の洋上、水平線近くに接近する艦艇がいた。
だが、どのような艦艇なのかパットンには分からなかった。
無理もなかった。
普段の言動、兵隊言葉を怒鳴り続けることから粗野に見えるパットンだが、バージニアの裕福な家庭に生まれたパットンの頭は良い。
沖縄戦の前に敵を知ろうと日本艦艇の特徴を予め学習し覚えていた。
だが、形があまりにも覚えたものと違いすぎた。
どの艦も被弾し損傷して、元の形をとどめていなかったからだ。
中には炎上している艦もいる。
それでもひたすら一直線にパットンへ、船団に向かって突入しようとしていた。
「海軍の艦隊は何をしているんだ」
恐怖から思わず罵声が出てしまい、すぐに恥じ入る。
日本艦隊にあれだけの損害を与えたのだ。海軍が凄まじく力闘したのは明らかだ。
それに、今現在も必死になって止めようとしていた。
突如、左側の海上に閃光が走った。
残存する米海軍艦艇、戦艦ワイオミング率いる艦隊が突入してくる日本艦隊を止めようと前に出てきたのだ。
とはいうものの就役したのが1912年と金剛の一年先輩に過ぎず、主砲もワンランク落ちる三〇サンチクラス――日露戦争の三笠と同じ一二インチ砲しか搭載していない。
完全に第二次大戦の戦艦としては旧式艦で碌に抵抗できない。
それ故にワイオミングは大戦中の大半を砲術訓練艦として様々な対空機銃や備砲の要員を訓練するためチェサピーク湾で航行するだけだった。
だが、日本軍の攻撃による戦艦の喪失が激しく、陸上への支援射撃に不足を来すこととなり、太平洋戦線への投入が決まった。
チェサピーク湾の襲撃者の異名を持つワイオミングの射撃は素晴らしく、沖縄戦で的確に砲撃を加え、陸軍に感謝された。
その異名に相応しい技量を、この海戦でも見せつけた。
戦艦の中では日米を含め最弱である事をワイオミングの艦長は知っていた。
だが、それは戦艦の中での話しだ。
重巡以下に対しては、一二インチ砲は十分な脅威であり威力を発揮する。
突入しようとした日本の巡洋艦と駆逐艦に一二インチ砲の射撃を浴びせる。
三万トン近い巨体は安定したプラットフォームとなり、正確な射撃を波に翻弄される日本艦隊、水雷戦隊へ浴びせた。
突入しようとした矢矧は、多数の砲弾を受け、中破した。
駆逐艦が撃退しようと出て行くが、波に翻弄され、接近できないところをワイオミングの主砲に仕留められる事例が多発した。
しかし、それも榛名が接近するまでの話しだ。
格上の一四インチクラスの主砲を持つ、日本海軍きっての高速戦艦、その生き残りである榛名の射撃は素晴らしくワイオミングの周囲に水柱を林立させた。
だがワイオミングも、任務を果たそうと動く。
狙われると知ると、転舵して榛名の狙いを外す。
同時に、突入しようとする日本駆逐艦や巡洋艦に砲撃を浴びせ、突入の邪魔をする。
一分一秒でも突入を遅らせる事が、自分たちの役目である事を理解しているからだ。
そのため日本軍の攻撃を回避して一分一秒でも生き残り、抵抗し戦い続ける事がワイオミングの役目だった。
「閣下」
ワイオミングの戦いの意味する所をしる海軍の連絡将校が懇願するようにパットンに言う。
「分かっている。嘉手納周辺の部隊は直ちに北方へ退避」
「南方の部隊は」
「戦線の維持に必要だ。敵の陸上戦力がなだれ込んできたら止められない。壊滅してしまう。備蓄物資で守らせる」
艦隊の攻撃も恐ろしいが、陸上部隊が流れ込んでくるの恐ろしい。
少しでも自軍の被害を抑えようとパットンは考えていた。
しかし、残された時間は僅かだった。
ワイオミングが被弾、一瞬にして沈没した。
突然の沈没にパットンは目を点にした。
戦艦は被弾するとこれほど弱いのか。
いや、戦艦は非常に強い。旧式艦でもかなりの防御力がある。
それでも一瞬で沈没したのは、相手が隔絶した攻撃力を持っているからだ。
そのワイオミングを沈めた元凶、大和が北東の海域から嘉手納へ向かってゆっくりと迫っているのがパットンの目に入った。
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