神直道の連合艦隊司令部への嘆願

「どうしてですか!」


 連合艦隊が即座に出撃しないと言われて神は、猛然と怒った。


「そもそも沖縄が上陸されて一ヶ月。どうして連合艦隊は出撃しないのですか! 上陸直後に襲撃をかければ陸の総攻撃と合わせて撃退できましたものを。まさか、長参謀長に殴られた事を根に持っているからですか」

「断じてない」

「ならば何故」

「沖縄戦の前にも言いましたが、艦隊の準備他整っていないからです」


 沖縄が防衛の焦点になると判断した佐久田は沖縄戦の前に、第三二軍と打ち合わせの為に首里の司令部を訪れていた。

 だが連合艦隊側の艦艇整備状況が、準備完了まで八月上旬まで掛かることを理由にそれまでの出撃はないと回答。

 上陸後直ちに逆襲しようと考えていた長参謀長は気に入らず、佐久田を殴りつけた。

 その時は大事にならなかったが、長が殴ったことで佐久田がヘソを曲げて沖縄への救援を行わないという噂が流れていた。

 勿論事実ではない。


「艦隊の錬成に時間が掛かっています。また、艦隊の集結と、損傷艦艇の修理に時間が掛かっており、出撃出来ません」


 言った通り、艦隊の準備が出来ていなかった。

 南方から帰ってくる途中、潜水艦の魚雷を受けた大和の修理もあり出撃出来ない状態だったのだ。


「ですが、沖縄は県民共に米軍の激しい攻撃を受けております。このままでは首里を抜かれ、全滅します」


 八原の構想では首里を放棄して更に南の摩文仁まで後退し、抵抗を続ける事にしていた。

 だが、それまでに多くの犠牲が出ることは明らかだ。

 軍も劣勢のままであり第三二軍は玉砕してしまう。


「どうか! 沖縄に救援を!」


 神は再び懇願する。


「佐久田、艦隊は出せないか?」


 流石に塚原もいたたまれず話しかける。


「状況がよろしくありません」

「少数でも良いのです!」

「少数では各個撃破され、無意味です」


 圧倒的な米艦隊の前に、少数の艦を出しても途中で撃沈されて仕舞う。

 いたずらに出撃を命じる事は出来なかった。


「もう少しお待ちを。準備は着々と進んでいます」

「本当ですか!」


 佐久田の言葉に神は、嬉しそうに言う。


「先頃、北号作戦が成功し、南方からの物資が手に入りました。艦艇も最大限の充足が終わり、出撃態勢が整っております」


 南方から最後の艦隊、リンガに残った伊勢、日向、足柄、羽黒、大淀、初霜、霞、朝霜などで編成された部隊が、中国大陸沿岸を通り日本本土に帰還した。

 当初は沖縄沖の機動部隊による攻撃が予想されており、全滅も心配されたが、的機動部隊の交代や台風の接近による退避などもあり、全艦が無傷で到着。

 日本本土に貴重な燃料をもたらした。


「では!」

「作戦を発動します。近日中に出撃し、沖縄沖の敵艦隊を撃滅します」

「どうかお願いします!」


 神参謀は感激の涙を流し、司令部をあとにした。


「ようやく準備が整ったな」

「ええ、色々と遅延させるのが大変でしたよ」


 作戦自体は、伊勢などの艦隊がいなくても日本本土の部隊だけで十分に戦力は整っており、半月前には発動も出来た。

 だが、最大の切り札である部隊が、配置に就くのに八月上旬まで時間が掛かかる予定だったため、艦隊を遅延させていた。


「出撃と言うからには俺も出て行けるよな」

「司令長官は、陸上で指揮を」

「艦隊決戦なら指揮官先頭で陣頭指揮をしなければ」

「大半の部隊は陸上航空隊のですから、陸上でなければ。それに司令長官は命令を下すのが仕事です。艦隊に乗って無線封止をしては命令が下せず仕事が出来ません」

「だから代わりにお前が行くのか」

「はい、各部隊への説得が必要でしょうし」

「全く、自由気ままにやってくれるな」


 塚原は自分が陣頭指揮を行うつもりでいた。

 連合艦隊の総力を挙げての戦いであり、指揮官先頭の伝統に従う形だ。

 だが、陸上勤務を命じられる原因となった左腕の損失と、航空機の発展により陸上航空部隊が戦力の主力となりつつある今、各地の航空基地と連絡を取り合うには、陸上司令部が良い。

 それに、海上に出ては無線封止のため命令発信が出来ず、ミッドウェーの二の舞になりかねない。


「長官から好き勝手やれと許可を受けていますので」


 だが、参謀である佐久田は多少が融通が利く。

 連合艦隊司令部の参謀だが、観戦あるいは現場部隊への助言という形で出撃に同行するつもりだ。


「なら、命令通り、好き勝手しろ。責任は俺が持つ。せいぜい楽しんでこい。その程度の借り、帝国海軍がお前から受けた恩はある。自由に動いて暴れろ」

「ありがとうございます」


 佐久田は直立不動の姿勢で塚原に対して敬礼し、出撃命令を伝えるべく、柱島に向かった。


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