指揮系統の違い

 ハッキリと山口は口にした。

 奪回作戦の勝機が無くなった今、作戦を続ける事などできない。

 ならば損害が少ない内に撤退するのが良い。

 命令違反だが、無意味な命令で将兵が死ぬより良い。

 人殺し多聞丸と呼ばれる山口だが、幾多の経験から無意味な死を強要することは、もはやなかった。

 佐久田も文句はなく、山口の意向に従って進言する。


「しかし、上陸部隊の主力である陸軍が撤退命令を下さないことには出来ませんね」

「どうにかしてマリアナから陸軍を撤退させろ」

「と言いましても、指揮系統が違いますからね」


 陸軍と海軍では指揮系統が違う。

 違う軍なのだから仕方ない。

 命令系統、自分の上官以外は命令を下されても従う必要は無い。

 民間ならある会社の課長が違う会社の平社員に業務命令を下すようなものだ。

 組織が違うなら階級が上だ下だとかは関係なく、従う必要は無い。

 でなければ、極端な話、任官したての少尉が、革命思想にかぶれクーデターを計画、階級を笠に着て、その下の下士官、兵、陸軍兵員のおよそ九割に参加するよう命令する事も出来てしまう。

 まして陸軍と海軍で組織が違うのだから、命令に従う必要は無い。

 本来なら、他社の人員が集まったプロジェクトチームのように一人のリーダー、最高指揮官を置き、その下に部隊を陸軍と海軍がだす必要がある。

 だが、そんな人事調整を、作戦開始までの短時間で出来るハズがなかった。

 いっそ南方作戦、ジャワ攻略戦で共同作戦を行い成功に導いた小沢提督と本間将軍に出てきてもらった方が良かった。

 だが、小沢提督は軍令部次長の要職、本間将軍はソロモンからの撤退の責任を取らされ閑職へ送られていた。

 日本の命運がかかった作戦、日の当たる奪回作戦の指揮官には陸軍の事情もあり出来ない。


「攻略部隊の上級司令部である参謀本部が撤退命令を出さないことにはなんともならないでしょう」


 海軍側から陸軍側へ撤退するように伝えても回答があるまで時間がかかる。

 帝都空襲で頭にきているだろうし、混乱しているので更に時間が掛かるだろう。

 しかも、軍令部ならともかく、最強最大の第一機動艦隊司令長官とはいえ海軍の一艦隊司令長官の進言を参謀本部が聞くことはないだろう。


「関東周辺への空襲被害も酷いみたいですしね」


 信濃と大和の無線傍受班の報告により、日本側と米軍のおおよその被害が分かった。

 通信からの推定だが、日本側の被害は大きい。特に飛行場関係が酷く、救援も来る事が出来ない。

 港湾関係や船舶も大方破壊され、救援の船団も送れない。


「この分では軍令部も参謀本部も動きにくいでしょう」


 互いに被害が酷く連絡をするのさえ、苦労する。

 撤退をとりまとめるにも数日かかるだろう。


「ですが、今を逃したら、永遠に撤退できないでしょう」


 第一機動艦隊だけ回れ右してマリアナ攻略に参加している十万の兵隊を見捨てるなら話は別だが。

 勿論、佐久田も山口もそんなつもりはない。


「陸軍は、本土の方で、軍令部に何とかして貰いましょう」

「何かしたのか」

「軍令部に寄ったとき、状況が悪くなったら撤退するよう陸軍と話し合うように小沢提督に伝えておきました」


 流石に、空襲で後方支援拠点を破壊されたら作戦どころではないため、陸軍の参謀本部と話し合いになるだろう。

 だが、責任のなすりつけあいと、調整で二、三日かかると考えられる。

 致命的だが、仕方ない。


「その間に我々は出来る事をやりますか」

「何かあるのか?」


 山口に尋ねられた佐久田は、帰りの水偵で書き起こした作戦案を示した。

 佐久田から手渡された作戦案を山口は一通り読んで、顔をしかめて言う。


「こんなに分かっているのなら、なぜ進言しない」

「長官なら、こっちから殴りに行くことにするでしょう。撤退が最優先ですから船団から離れる訳にはいきません。それに思いついたのは帰りの水偵だったので」

「なら仕方ない。貴様が立てたこの作戦案通りに行え。艦隊は明日、補給を終えたら直ちに北東へ移動する」

「あくまで推定ですよ。敵が本当にやってくるか自信はありません。一度撤退する可能性が高いです」

「いや、絶対に来る。闘志溢れる指揮官なら、この好機を見逃さない。それに友軍を見捨てておくことなどできない。私なら絶対に行く。だから、備える。やってくるなら撃滅するだけだ。手伝って貰うぞ佐久田」

「了解」

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