佐久田が訪れた訳
「佐久田か」
「そうです」
幽霊でも見ている様に動揺する山口の問いに佐久田はいつものように不機嫌に無気力に答えた。
「いつからそこに」
「ついさっきです。夜の内に横須賀から硫黄島へ飛び、元山飛行場の彩雲で飛び立ち着艦したばかりです」
「どうしてここにいるんだ」
「横須賀鎮守府所属艦艇が我が鎮守府に帰還したときの補給の打ち合わせという事になっています。作戦が長引いて、一度帰還するかどうか、必要な物資は何か、と言う話がありましたから。信濃は横須賀の所属ですから横須賀鎮守府の私が来てもおかしくはないでしょう」
しれっと言っているが、それがこの場に来るための詭弁だと言うことは誰もが理解していた。
「それで、何か問題でも?」
それでもなお佐久田は尋ねた。
現状を理解しているハズだし、意見を求めているにも関わらず佐久田は尋ねてきた。
だが仕方のないことだ。
佐久田の今の所属は横須賀鎮守府であり、第一機動艦隊ではない。
所属以外の人間が意見を言うのは憚られる。
出来るとすれば、山口達が意見具申を佐久田に求めた時にしか話せない。
風通しの良い海軍でも、制限はあるのだ。
進言するべき話を持っていても戦闘中などの混乱の中で言うのは更に状況を悪化させかねない。
だから佐久田は慎重に山口は尋ねた。
山口も理解して、質問する。
「佐久田参謀は現状をどのように考える」
「マリアナ奪回の好機、勝機は過ぎ去ったと考えるべきでしょう。これ以上、攻略に専念しても陥落する見込みはありません」
「もうすぐ占領できそうだが」
「地下陣地は制圧が困難です。士気にもよりますが更に二週間ぐらいは粘れるでしょう。仮に占領できても後方支援基地である日本本土が空襲を受け、機能を停止した今、マリアナを維持するだけの能力は日本にありません。占領してもすぐに米軍に奪回されるでしょう」
守備陣地を作ろうにも奪回したばかりでは、陣地構築の時間が足りない。
硫黄島は半年以上の時間をかけて守備陣地を作る事が出来たからこそ持久できた。
上陸占領して数日で作る事は出来ない。
米軍の守備陣地を利用することは出来るだろうが、米軍に手の内を読まれているだろうから期待薄だ。
「不毛な行動に何時までも捕らわれている訳にはいきません。撤退を」
「今すぐ関東を空襲した米軍機動部隊を追いかけるべきか?」
「既に米軍は離脱した後でしょう。追いかけても無駄です。留まったとしても我々がやって来たと知れば、撤退していきます。それに連中も艦載機の燃料が潤沢にあるわけではありません。明日か明後日には補給の為に撤退するはず、今から向かっても追いつけません」
「補給中を襲撃できるんじゃないか?」
「我々も補給を必要とすることになりますし、連中の方が腹一杯です。不利な状況で戦う事になりますから、やめておいた方が良いでしょう。それに船団護衛を放り出して米軍に襲撃されたりしたら陸軍の将兵を無為に死なせることになります。後々の陸海の協力に禍根になります」
「ふむ」
元々、陸海軍の仲は険悪だ。
戦争のない時代と軍縮のため予算獲得で争ってきたし何かと意地を張り合った。
開戦してからも続き、全力で陸海軍は互いを攻撃し余力で米軍と戦うなどと揶揄されても仕方ない状況だった。
劣勢になってようやく協調したがしこりは残っている。
再び相争うような事は避けなければならない。
特に、防衛の為の戦力になる優秀な将兵は貴重だ。
日本がこれまで戦えたのも、守備兵力に優秀な人材を揃えられたからだ。
そして劣勢である日本は将兵を無駄死にさせる余裕などない。
「第一機動艦隊司令長官としての権限を以て、マリアナ奪回作戦の中止を命じる。陸上部隊は撤収せよ」
「よろしいのですか」
「兵力があればまた来れる。佐久田、撤収の手伝いをしろ。今から機動艦隊の臨時参謀だ。今帰っても横須賀には戻れまい」
「了解」
「アッサリと言うな。鎮守府にはなんて言うんだ」
「戦闘に巻き込まれたため、第一機動艦隊と共に戦う事になりました、と正直に言います。日吉への言い訳には十分でしょう」
出張先で戦闘に巻き込まれ帰れず現地の部隊で臨時の参謀や指揮官として働くことは普通のことであり、度々起きていた。
「……と言う事にしておけと司令長官がおっしゃっていました」
「無茶苦茶だな」
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