撤退作戦

 佐久田の説明に流石の山口も呆れた。

 だが、横須賀鎮守府長官の事を思い出して納得した。


「横須賀の鎮守府長官は塚原さんだったか。あの人は何時もあんな感じだったな。中国戦線の時の上官だったか?」

「ええ……相変わらずですよ」


 山口も佐久田も海軍航空隊の重鎮である塚原の事を知っているし上官だったこともある。

 南雲長官と同期だが、性格が正反対のため、色々苦労させられた。

 ただ、度量が大きく、一度決めたら気前よく部下に許可を出し、自由に動けるようにして責任は全て自分がとるタイプなので、悪くは言えない。


「まあ、せっかく来たんだし、お前の意見だ。最後まで付き合え」

「喜んで」


 佐久田は、無気力に返事をした。

 しかし、何処か嬉しそうなのは艦橋にいた誰もが感じた。

 だから遠慮会釈無く尋ねる。


「早速だが、撤退の手順だ。どれくらい、かかる?」

「提案を即実行して頂ければ、明日の朝までには終わっていますよ」

「やけに早いな」


 通常、上陸作戦も撤退作戦も時間が掛かる。

 多くの物資を大発やカッターで輸送する必要があり、浜辺と沖の船の往復と乗り換えに時間を消費するから数日かかるのが普通だ。


「何をする気だ」

「簡単です。今すぐ船団を反転させ。沿岸の部隊から人員だけ機動艇に乗せて逃げ帰る。前線は撃ちまくって弾薬を使い切り余った分は、爆破処分。夜明けと共に残った駆逐艦か一等輸送艦に人員だけ乗せて急速離脱。それで明日の朝までには撤退終了です」

「装備はどうするんだ」

「今更持ち帰るだけの時間的余裕などありません」

「陸さんが怒るぞ」

「撤退中に敵艦隊の空襲を受ければ人員も装備も喪失します。船がやられれば撤退も不可能です。人員だけでも救う事が出来れば御の字では? それとも撤退の時間を確保できますか? ちなみに私は自信がありません。帝都を空襲した米軍機動部隊が反転して、このマリアナに来るまで一日の余裕はあるでしょう。それ以降は空襲がはじまり、損害が増します。帰りの船さえ沈められるかもしれません。ならば今のうちに人間だけでも撤収させるべきでは?」


 佐久田の言葉に、山口は黙り込んだ。

 しかし、黙ったのは一分程度ですぐに命じた。


「よろしい、佐久田の案で行く。陸軍に伝えろ」


 直ちに作戦は無線で伝えられたが、陸軍は反発した。


「今更撤退など出来るか!」


 山口から撤退を伝えられた牟田口は烈火の如く怒り狂った。


「あと少しで攻略できるのにここで引き返すのでは武人の名が廃る」

「しかし米軍機動部隊が迫ってきています。本土も空襲され航空支援が行われません」


 海軍側の指揮官である安田が牟田口を説得しようと試みる。


「海軍は敵艦隊を追いかけたいのであれば勝手にしろ。確かに我々は海を渡ることは出来ない。海軍さんのお世話にならないといけない。しかし上陸した今、我々は独力で敵戦力を撃滅できる。陸軍のやり方に口を出さないで貰いたい。撤退など論外である」

「ですが」

「これは陸軍の決定である。海軍は口出ししないで貰おう。我々はマリアナを制圧する。幸い全ての島に橋頭堡を確保した。上陸すれば攻略は可能である」


 と言って山口の決定を拒否した。

 ここで陸海軍部隊の上に指揮官がいないことが欠点となった。

 両軍が並立したため、この作戦では統一した指揮官を作らなかったのだ。

 それでも作戦が順調にいっている間は上手くいっていたが、このように手順が狂ったり劣勢になると決定が出来ず、ズルズルと先送りになり、より酷い結果になる。

 両軍の上に立つ最高指揮官を作るべきだったが、置いていないことが徒になった。

 だが、陸海軍双方を理解している人間でなければ的確な指示を出せないし、下手をしたらもっと酷い作戦や指示を出しかねない。

 そんな愚かな人間の元へ兵力を、部下を出したがる軍などいない。

 指揮官を決めるだけで半年以上、揉めることだろう。


「あ、そうやってマリアナ奪回作戦を有耶無耶にしておけばよかったか」


 陸海軍が対立する議題を出して作戦計画を潰せると思ったが後の祭りだ。

 ただ、総理である陸軍の小磯の方針だから陸軍側から無理矢理指揮官を出され、第一機動艦隊が禄でもない命令を受けて壊滅した可能性が高い。

 下手な事はするべきではない。


「変な事を考えていないで陸さんを説得してこい」

「聞き入れるとは思えませんが」

「だが、話さなければ始まらない。説得するために、すぐに行け」

「了解」


 佐久田は気のない返事でサイパン島へ向かった。

 拒否されるのは明らかだからだ。それでも命令とあらば行かなければならない。


「なんとも苦労の多い仕事だ」


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