キャンペーンの為の虚構

 アイラは輸送機に乗せられ、ウォッゼを経由して昨夜、ハワイに降り立った。

 そこでアイラを更に失望される出来事が起きた。

 自分が写っている写真が載ったハワイの新聞を手に取り読んでいると、あのとき参加した人間が取り違えられていた。


「ハーロン伍長殿の名前がありません」


 あのとき共に旗を掲げた一人であり、ストランク軍曹が戦死した後、軍曹の代わりに分隊の指揮を執っていた。しかし半日だけだ。

 士気が下がる分隊を守るべく奮闘している最中の夕方頃に、日本軍の反撃があり至近に迫撃砲が命中。全身に爆風を受け立ち尽くした。


「奴らにやられた」


 その一言を残して苦悶の表情を残したままハーロン伍長は亡くなった。

 今も、彼の遺体は硫黄島に残され後送できていない。

 自分が旗を掲げて賞賛されているのに、共に掲げた伍長の名前を出さないなどアイラには出来ない話だった。

 このことを付き添いの少佐に申し出て訂正するように願った。だが、断られた。


「既に六人の名前は発表された。いまさら訂正できない」


 アイラの願いは冷たく拒絶された。

 それどころか、決して口外しないよう命令されてしまう。

 この頃になると写真によって急浮上したローゼンタールの名声に嫉妬した同業者が、写真に疑いの目を向けてきた。


「ポーズを取らせたのか」


 グアムに帰還したローゼンタールにタイム誌の特派員シェロッドが尋ねた。


「勿論だよ」


 とローゼンタールが答えてしまったため事態はこじれた。

 ローゼンタールは、例の写真の後に撮ったE中隊の記念写真の事を言われていると思って答えてしまった。

 この言質を元に、シェロッドがタイムの本社に記事を書き「ローゼンタールの星条旗写真はポーズをとらせて撮ったものだ」と書き立てた。タイム誌が運営するラジオでも「ローゼンタールは写真家としての名声という誘惑に負け、既にたてられていた星条旗の間で改めてポーズを取らせた」と流された。

 硫黄島の星条旗に、やらせ、捏造疑惑が上がりはじめていた。

 キャンペーンに写真を使っていたアメリカ政府は、疑惑の火消しに躍起になっていた。この上、国民に新たな疑惑を持たれることを恐れ、いまさら名前を間違えて発表したなど言える状態ではなかった。

 幸い同行したニュース映画のカメラマンが一部始終を、二回目の掲揚からE中隊の記念写真までの流れを収めていたので、疑いは晴れた。時折陰謀論のネタとして浮上してくる事もあったが、捏造されたものではない。

 しかし映画フィルムが届くのは、まだ先であり疑惑が燻り始めた時期であり戦況が不安定なこともあり、箝口令が敷かれた。

 だが、そんな事はアイラも知らないため、事実を封じられたようにしか見えなかった。

 真実を伝えず、虚構を宣伝する祖国。

 その姿を見てしまったアイラの苦悩、そして海兵隊とアメリカへの失望は深まるばかりだ。

 そもそもはじめから虚構だ。

 ギャグノンもブラッドリーも、あの写真に写っていない。

 星条旗を持ってきてくれたのはギャグノンだが、掲揚には参加していない。ブラッドリーは最初の掲揚に参加したが、二回目には参加していなかった。

 現場にはいたが写真には写っていない。参加したと思われたから引き抜かれただけだ。

 いや、掲揚に参加したか否かなど関係ない。

 あの激戦の硫黄島に投入され、共に戦い、生き残ったのだ。

 何万人もの作戦参加者と共に。

 だが、どうして自分達だけが、ただ写真に写っていた、写っているように見えるからという理由であの激戦地から逃れ、英雄としてワシントンへ赴かなければならないのか。

 アイラには分からなかった。

 ここホノルルで一晩ホテルで休み、明朝の飛行機で本土に向かう予定だ。

 だが、罪悪感からアイラは全く休めなかった。

 あてがわれたのは兵舎ではなく高級ホテルのスウィートルーム。

 一兵卒には過ぎたもてなしだ。

 ベランダに続く扉からハワイの景色が見える。

 有名なワイキキビーチの先にある、朝日に浮かぶダイヤモンドヘッドは美しいが、まるで夢を見ているようだ。

 だが、現実、本来一兵卒が泊まることはない豪華な部屋に最高の待遇で宿泊している。

 数ヶ月前なら日本軍の上陸を警戒してビーチに対戦車障害物が設置されて戦争中と思うことが出来ただろう。

 だが、休養に訪れた将兵がリラックスできないといって撤去されており目の前に広がるのは戦争下の島ではなく、平和な南の楽園だった。

 その事実にアイラは戸惑っていた。

 そして今も戦友達は硫黄島で血みどろの戦いを続けてている。

 新聞報道は小さくなりつつあったが、出てくる記事から苦戦の様子は、数日前まで硫黄島で戦っていたため十分に読み取れる。

 戦友を置いて自分だけ安全なハワイに、さらにワシントンへ向かうことにアイラは罪悪感を感じていた。


「うん? 何だあれは」


 その時、北の方から航空機の音が聞こえた。

 前線へ飛行機が送られる拠点となっているが、これほど大規模な機数が飛ぶのか不思議だった。

 現在は硫黄島が苦戦しており、前線に一機でも多くの機体を送り込む必要があるのでこんな後方にとどめて良いのか、疑問だ。

 それに、幾ら戦時下でもこんな早朝に多数を飛ばすのは変だ。

 疑問はすぐにはれた。

 各所の飛行場から炎が上がった。

 そして自分の真上を通過した機体に日の丸がペイントされているのを見て日本軍の攻撃である事をアイラはようやく認識した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る