戦時国債キャンペーンの為
当時、ルーズベルトは苛立っていた。
硫黄島の戦況が不利な上に、現在行っている第七次戦債購入キャンペーンの売れ行きが芳しくなく、予定額の半分程度しか売れず、戦費調達が危ぶまれていた。
いくら超大国アメリカでも経済のルールがある。これを政府が破れば経済は滅茶苦茶になり、国内は混乱、戦争遂行さえ危ぶまれる。
なんとしても戦時国債を販売し、予算を得たかったが、売れ行きは良くない。
焦りと苛立ちから高血圧の症状が悪化するほどだった。
そんな時、硫黄島の星条旗が話題になっていることを知るとルーズベルトは、すぐにキャンペーンポスターに採用させる。
さらに写真の人気を使い、写っている隊員を利用し戦時国債販売促進キャンペーンツアーに参加させようと画策。
本土に呼び寄せるよう命令した。
戦況が芳しくなかったこともあり、すぐに海軍当局は現地司令部に命じ、写真に写っている隊員六名をワシントンへ連れてくるよう命じた。
激戦の最中だったが、大統領からの命令であり現地司令部は直ちに写真に写っている隊員を探し始め、最初に写っていると思われたギャグノン一等兵を呼び出た。
そして司令部に出頭したギャグノンに他の五人の名前を告げるように命じた。
ギャグノンは、すぐにアイラを含む残り五人の名を告げた。
早速、司令部は彼らを呼び出そうと調べたが、このうち三名は既に戦死していた。
ブロックは掲揚直後の日本軍の反撃で放たれた迫撃砲弾の爆発によって、スースリーは掲揚した二日後に日本軍の狙撃によって、ストランク軍曹は三日後に味方の駆逐艦の誤射によって、それぞれ亡くなっていた。
これ以上、彼らに死なれては困る。
司令部は、生き残っていたヘイズ、ギャグノン、ブラッドリーを直ちに護衛付きでワシントンに後送することにした。
アイラへのワシントンへの移動命令は最前線で戦闘中であったにもかかわらず届いた。命令を受け取ったE中隊はアイラを呼び出し、正式な命令書を持ってきた護衛隊に引き渡したが、アイラは戸惑った。
共に旗を掲げた分隊長であるストランク軍曹が目の前で戦死したのをはじめ、多くの戦友が傷つき死ぬ様を見ていたアイラは硫黄島に残留することを希望した。
だが、ワシントンへ行かなければ軍法会議にかけると脅されては仕方なかった。
同時にアイラの苦難の道の始まりだった。
ワシントンへの移動命令と共に一兵卒に過ぎないアイラの状況は一変した。
彼の周りに護衛兵が付き、彼を囲みながら揚陸艇へ運ばれて行く。
その途中、日本軍の砲撃が降り注ぎ、護衛の軍曹がアイラの上に覆い被さり、彼の命と引き換えにアイラは生き残った。
アイラは感謝しようとしたが、言葉をかける暇もなく残った護衛兵に引きずられるように運ばれた。最初は驚いたが、留まっては彼らの命も危ないので、従うしかなかった。
アイラが揚陸艇に乗り込むと、本来乗るはずだった多くの負傷兵を残したままアイラと数人の護衛を乗せて揚陸艇は硫黄島を離れた。
沖合の駆逐艦に移されたアイラは、更に沖合にいる護衛空母へ移され、司令部から送られた少佐が移送の指揮官兼アイラ達の付き人となり身の回りの世話も――周りの兵士に命じてだが行わせた。
予め用意されていたTBFにアイラ達は載せられると直ちに発艦。途中、護衛空母で機体を乗り換えグアムへ。
そして、その日のうちにウォッゼ経由でハワイへ向かう大型輸送機に乗せられつことになった。
これだけでも異例だが、グアムでの出来事はアイラを更に戸惑わせた。
「申し訳ありません将軍。降りて次の便に乗ってください」
既に定員一杯だった輸送機から、すでに乗り込んでいた将軍にアイラに随行する少佐が降りるよう要望した。当然、将軍は怒った。
「私は少将だぞ。どうして降りなければならないんだ」
「申し訳ありません、少将。少なくとも、あなたより遙かに高い地位の方からの命令ですので」
将軍は渋々降りたが、代わりに乗ったのがアイラ、一兵卒だったのを見て怒気を露わにした。
「どうして将軍である私が降りなければならないんだ。その一等兵の方が重要なのか」
もっとな意見にアイラは萎縮するしかなかった。だが少佐の一言が全てを変えた。
「彼は硫黄島の星条旗を掲げた一人です」
すると将軍は目を大きく見開き、態度を改めて姿勢を正してアイラに向いて言った。
「済まない。君があの星条旗を掲げた一人とは知らなかった。君こそ英雄だ」
それまでの態度とは一変しアイラに握手を求めてくる始末だった。
あまりの変わりぶりにアイラの戸惑いは決定的になった。
怒鳴られていた方がまだマシだった。
自分はただ星条旗を掲げるのを手伝っただけだ。
なのに、一枚の写真を撮られただけで、知らないうちに全米の新聞に載り、英雄にされて、将軍以上の扱いを受け、見知らぬ人に、例え将軍からでも称賛を受ける。
万事控えめなアイラにとっては、思わぬ事だ。
戦場に引き返して皆と戦いたかった。
だが、それは今のアイラには許されないことだった。
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