スプールアンスの懸念

「日本軍は、日本艦隊は必ず輸送船団を襲撃してくる」


 作戦開始前、りスプールアンスは幕僚に断言した。

 誰も反対意見を言わなかった。全員事実だと認めていたし、恐れていることだからだ。

 上陸後、その船団を撃滅するために艦隊を送り込むのはガダルカナル以降の日本軍の常套手段だ。

 上陸作戦を行えば幾度も上陸船団を狙って日本海軍の水雷戦隊や巡洋艦、時に戦艦まで殴り込んできて襲撃を敢行。

 多くの輸送船を撃沈して上陸部隊を撤退に追い込んできた。

 手練れの日本艦隊を相手に米軍は酷い損害を受けている。

 戦闘艦艇も撃沈されているが、それらは防衛の為に身を捨てて庇った末、返り討ちに遭ってしまった。

 戦闘艦艇の損耗を記録する事が多いが、むしろ輸送船艇の損耗の方が多い。そして沈められた船に載せてあった物資量など、累計で数十万人分の武器弾薬食料に匹敵する。

 乗艦していた陸上部隊要員そして船の乗員の損害など戦闘艦艇の戦死者より多い。

 太平洋戦線は陸戦主体のヨーロッパより総兵力は少ないが戦死率が異様に、倍から四倍くらい高い。

 艦艇のコストも考えると、史上最悪の損害と言って良い。

 その原因は日本軍の上陸直後の船団襲撃だ。

 サイパンの時のように失敗する事もあるし、ウォッゼのように占領後になる事もあるが、上手くいったときは、フィリピンの時のようなシャレにならない被害になる。

 本来なら上陸後、三日以内に突入するのが最善とされていた。これは米軍が押収した日本軍の未焼却機密書類や通信情報などにより日本軍の作戦内容を把握していたためが一つ。

 二つ目は日頃図上演習で何時襲撃に遭うのが一番被害が大きいか米軍が常に研究しており、上陸直後から三日目までが最も損害が大きくなるという結論を出していたからだ。

 これは日本側の図上演習でも確認されている。

 奇しくも、ではない。

 両者ともこれまでの戦果や被害から、科学的に分析したデータや数値を元にシミュレーションしたため同じ結果となったのだ。

 にもかかわらずフィリピンで突入が上陸後一週間後となったのは燃料の用意が、特にタンカーの手配が足りなかったため出撃が遅れたからだ。

 もし、タンカーも足りなければ、出駅出来ず一部は節約ルートを取り、潜水艦の餌食になっただろうと言われる。

 最適な時期に遅れた作戦だったが、それでも米軍は一個軍二十万が戦死、負傷、捕虜となった。

 日本本土に近い硫黄島の場合、上陸開始から七二時間以内に突入が行われる、というのが第五艦隊司令部およびスプールアンスの見解だった。


「上陸部隊及び船団を守る為、全力を尽くせ」


 スプールアンスの言葉通り、幕僚達も事の重大さを理解し、艦隊全力で周辺海域を開会していた。

 なのに、五日目、一二〇時間を過ぎても一向に日本艦隊が襲撃してくる様子はない。

 艦隊が出撃し、向かっているような通信は入ってきていたが、すべて謀略無線――主要艦の通信員を他の艦艇や陸上施設に移し艦艇がいるように偽装していただけだった。

 作戦開始当初こそ、これらの艦隊を本物と思い、警戒し一部の空母航空隊に対艦攻撃準備の用意をさせていたため、硫黄島への攻撃が緩み、ターナー達が苦戦する要因を作ってしまった。

 先ほどターナーの艦砲射撃の要請を断ったのも、日本艦隊来襲に備えて待機させるためだ。

 硫黄島上陸が遅れることになるが、その判断は間違っていないとスプールアンスは思っている。

 日本本土まで一二〇〇キロしかない、艦隊が全速力で航行すれば二四時間で到達出来る距離にいるのだ。

 本格的な襲撃が始まれば、二四時間は激戦が、第五艦隊全艦艇で日本海軍の全戦力との決戦が行われる。

 常にその緊張感を持って行動してきた。

 それなのに襲撃がない。

 船団が無事である事は素晴らしい事だったが、あれほど輸送船を襲撃してくる日本軍が全くと言って良いほど攻撃してこないのはおかしい。

 時折、日本本土から陸上攻撃機が散発的に襲撃してくることはあったが、嫌がらせ程度の作戦だ。


「日本艦隊は一体どこにいるのだ」


 音沙汰どころか影も形もない事にスプールアンスは不安を感じ始めた。

 勿論、フィリピンの時のように燃料不足で出撃が延期されている可能性もある。

 だが、それでも影も形もないのは、安心を通り越して不気味であり不安だ。

 艦隊空母から発進する索敵機の他、潜水艦による哨戒網の他、サイパンのB29部隊を説得して洋上哨戒を行って貰っている。

 それらに日本艦隊は全く引っかかっていなかった。


「いずれにせよ。間もなく日本艦隊は来るはずだ」


 スプールアンスは確信を持って言った。自分に言い聞かせるように。

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