海軍長官フォレスタルの視察

 摺鉢山に翻った星条旗は確かに海兵隊の指揮を高めた。

 第五海兵師団副師団長ハールム准将は上がる瞬間を目撃し「自分の生涯で記憶に残る指折りの素晴らしい光景だった。見渡す限り島全体から凄い歓声が上がった」と述べている。

 のちに世界銀行の総裁となるコナブルは当時海兵隊中尉として摺鉢山攻略に参加していた「私が最も尊敬していた将校や軍曹や戦友などはこの戦いで全て戦死してしまった。私は60時間以上睡眠をとっておらず、星条旗が掲げられたとき仮眠を取っていて見ていなかったが、目を覚ますと感動のまり泣き出してしまった」と回想している。

 そして感動したのは海兵隊だけでは無かった。


「素晴らしい光景だ」


 前線視察のため上陸してきたフォレスタル海軍長官は、この光景を目撃して叫んだ。

 当初は予定より作戦が大幅に遅れている上、日本軍の抵抗も激しいため視察の中止が検討された。

 しかし、苦戦しているという印象を与えたくないのと、ここ三日程は日本軍の抵抗が初日に比べて弱まっているため予定通り視察は行われた。

 そしてフォレスタルが揚陸艇で上陸した直後、星条旗が掲揚されたのだ。

 

「これで海兵隊は500年は安泰だな!」


 興奮したフォレスタルは同行したスミス海兵隊中将に語った。

 創設以来、陸軍と任務が被るため、その存在意義を問われて続けてきた海兵隊だったが、この国旗掲揚で永遠に存在し続けると確信した。


「あの旗を記念として保存したい」

「そうしましょう」


 海兵隊の栄光の象徴として残る、と確信したスミスも同意した。

 硫黄島の戦闘が激しいことは既にアメリカ国内で報道され動揺が広がっていた。

 22日アメリカ軍は公式発表を行い「2月21日1800現在、硫黄島での損害推定は戦死644、負傷4108、行方不明560」と伝えるとアメリカ国内に衝撃が走った。

 速報値であり、さらに数字は大きくなったが、この時点でもあまりにも甚大な損失だった。 

 先のフィリピン戦での大敗もありアメリカ軍に対して批判が高まり兵士の親から批判の投書が殺到していた。


「どうぞ神の聖名にかけても、硫黄島のような場所で殺されるために、わたしたちの最も優秀な青年を送ることはやめていただきたい。どうしてこの目的が、他の方法で達成できないのですか。これは非人道的であり、恐るべきことです。やめてください。やめてください」


 この母親の投書に対してフォレスタルは


「小銃、手榴弾を持った兵士が、敵陣に殺到して確保する以外に、戦いに勝つ最終的な道は残されていません。近道も、より容易な方法もありません。何かよい方法があるといいのですが」


 と返信している。

 その何かよい方法として一旦はルーズベルトに却下された毒ガス使用の議論が再燃し、シカゴ・トリビューン紙は「日本軍をガスで片付けろ」という社説を掲載し「毒ガスを非人道的とする非難は誤りでもあるし、的外れでもある」「ガスの使用は数多くのアメリカ国民の命を救うと同時に、日本人の命もある程度は救う可能性がある」と主張した。

 だが毒ガスを使えば、世界、味方の連合国からも非難が起こることは目に見えており使用するわけにはいかない。

 だが国内からの要求も放置することは出来ない。

 このような事情もあり、フォレスタルとしては作戦が順調である事、戦いに勝つ最終的な道である事を示すためにも象徴が、明らかな証拠が必要だった。

 かくして掲げられた星条旗は記念品として持ち帰る事が決まった。そして揚陸艇の乗員が提供した旗を近くにいた海兵隊員に改めて掲げ、先の旗と入れ替えるようスミスは命じた。

 彼らが摺鉢山へ向かった直後、彼らが進んだ場所、摺鉢山の麓で、それも複数箇所で火柱が立った。


「何だ?」

「伏せろ!」


 スミスが叫びフォレスタルに飛びついた直後、無数の砲弾が彼らの周囲に着弾した。

 激しい爆発が起き、車両や土砂に混じって隊員が巻き上げられる。


「な、何だ! うわっ!」


 事態が分からずフォレスタルはスミスの下で叫ぶ。爆発音の中、部下が報告した。


「日本軍の反撃です」

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