錦江湾猛訓練
年が明けた二月頭の早朝、鹿児島市にある鴨池飛行場を飛び立った空母艦載機搭乗員、南山の新たな機体、流星は高度を上げると南へ向かう。
市の対岸にある桜島の中腹から錦江湾を横切って市の北西側にある城山上空へ行く。
「行くぞ!」
南山は言うと自分の小隊を率いて城山から天保山沖へ向かって旋回する。
眼下には鹿児島市内。そこを突きって海岸へ向かう。
「用意!」
南山の言葉に偵察員も緊張する。やがて、海岸が見えてきた。
「今だ! 敬礼!」
南山と後席の偵察員は左を向き、沖の村遊郭の妓楼の軒先に向かって敬礼すると、なじみの芸者達が手を振っている。
「あ、お前ずるいぞ!」
後席の偵察員が目立とうと起立して敬礼した。
この後、妓楼で行う宴会で自慢する気だ。
精々弄ってやる。
「さて仕事は終わった。朝飯前の訓練を片付けるぞ」
「はい」
偵察員に言うと南山は海岸へ向かって機体を突進させる。
海に出ると更に機体を下げ海面スレスレまで下がる。
こんな飛行は非常に難しい。
だが毎年いや半年に一度やっている南山には、簡単なことだ。
後ろの新米連中はこつがつかめないので高度は高いままだ。
「これくらいはこなして欲しいのだが」
開戦前のここでやった猛訓練を南山は思い出しながら言う。
見本を見せてやっているが、中々覚えない。
特務士官である自分には見て覚えろと言うほか指導方法を知らない。もう少し訓練方法を工夫するべきだがアイディアはない。
ならこの方法をやり続けるしかない。
「目標発見!」
標的のブイを見つけて狙いを定める。
目標までは五〇〇メートル。飛行機では僅かな時間だ。その間に機首角〇、速力二〇〇ノット、高度二〇メートルにしなければならない。
もし真珠湾を攻撃するのなら、この条件を満たさないと魚雷が作動しない。
だが南山は難なく、機体を操り指定された姿勢と高度、速力を保つ。
「用意! 撃て!」
素早く射点に付くと演習魚雷を投下。
同時に右旋回し、南へ向かう。
「魚雷、無事に命中しました」
「よし」
後席の偵察員が報告する。
「僚機はどうだ?」
「高度が高く、失敗したようです」
「襲撃運動をもう一度やる。今度は南から鹿児島市内へ侵入し、山形屋デパートの上空で旋回。もう一度突入する」
「了解」
「これが真珠湾攻撃を成功させた猛訓練ですか」
鴨池に戻った後席の搭乗員は興奮気味に南山に話しかけた。
「そうだ。これでアメリカの戦艦に魚雷を叩き込んでやった」
「この訓練を行うとなれば、また真珠湾攻撃ですか」
「いや、それはないだろう」
「でも」
「この訓練はな半年に一回行われているんだ。技量向上のためにな」
「そうなんですか? でも他でも出来るのでは?」
「そうなんだが、一度やったことのある土地だからな、教えやすいんだ。それにアメリカさんを騙すのに丁度良い」
「騙すんですか?」
「ああ、もし真珠湾前に訓練した土地でもう一度訓練していたらどう思う?」
「また真珠湾攻撃を計画していると思います」
「そうだ。米軍も真珠湾攻撃を再びされると思って警戒する。本当は攻撃しないのに警戒して兵力を後方に下げさせるのが目的だ」
南山は佐久田の受け売りを話した。
ミッドウェーのあと再編成の際、錦江湾で訓練をする理由を不思議に思い尋ねるとこのような返答をしたのだ。
実際米軍は真珠湾への再攻撃を警戒し、真珠湾に兵力を集めていた。
ソロモンで苦戦した理由も、送られるべき兵力が真珠湾に留め置かれたためであった。
43年あたりから戦力が増強され、ソロモンに兵力が送られるようになったが、真珠湾への奇襲を警戒する動きは続いた。
戦後ある戦史家は、真珠湾に置かれた兵力をソロモンに送れば最低でも半年、もしかしたら一年早くガダルカナルを奪回し、反攻の礎となったとしている。
それだけ米軍は真珠湾への再攻撃を恐れていた。戦局を覆す機会を逃すほどに。
「なあんだ。攻撃には行かないんですか」
「仕方あるまい」
ふて腐れる偵察員を送り返したあと南山は考え込んだ。
「本当にしないのか」
確かに訓練しやすいし欺瞞工作のためにもなる。
だが本当に考えていないのだろうか。
これまで攻撃しなかったのはインド洋やソロモンの方が重要で機会が無かっただけでは、という思いがある。
それに最近は機動部隊の配置が変だ。
いつもならインド洋方面に向かうか、燃料の潤沢なリンガ泊地にいるはずのに東シナ海周辺、佐世保や鎮海湾あるいは舞鶴に集結している。
勿論、インド洋やリンガへ向かっている空母もあるが僅かだ。
大半は日本海や東シナ海で訓練中だ。
ドック入りから出てきた艦艇がリンガへ行き訓練を行ったが終了するとすぐさま戻り、本土西方海上で訓練している。
米軍の硫黄島侵攻に備えての配置とされるが、本当なのだろうか。
たしかに米軍機動部隊を正面から迎え撃つなど自殺行為だ。
だが陸上航空隊に任せて良いのか。
あえて後方に位置させというのは何か魂胆があるように思えてならない。
「まあ、そこは佐久田さんが考える事だろう」
自分達は命令された訓練をこなせば良いだけだ。
部下を引き連れなじみの料亭に、いつもの芸者を頼んで宴会に向かおうとした。
だが、それは出来なかった。
直ちに母艦へ向かうよう命令が下ったからだ。
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