作戦案への反発

「だが、博打が過ぎる」


 軍令部の会議は白熱した。佐久田の提案があまりにも投機的だったからだ。

 しかも硫黄島を半ば囮にするような案だからだ。


「正面から戦うよりマシです」

「米機動部隊を壊滅させたらどうだ。どうせ硫黄島に来る前に本土へ空襲を仕掛けるのだろう。ならばその時攻撃すれば勝てるだろう」

「その戦いで機動部隊は壊滅します。航空部隊の損害も大きく以後の戦いで行動不能になるでしょう。対して米軍は損害を補填して、再度襲撃してくるでしょう。その時我々に対抗できる戦力はなく、飛行場も部隊も叩かれます。そして硫黄島を援護できず、硫黄島は陥落します」

「そんな弱腰で戦争が出来るか!」

「戦力がないのに戦えますか。戦力が無為に失われる戦いに投入させるなど出来ません」

「帝国を守るための戦いだ。無為とは何だ」

「敵に損害を与えられないのは無駄死にです」

「少しでも損害を与えるのだ」

「有効な戦果を上げられないのなら無駄死にです」


 双方共に意見を叩き付け合う。


「本職は佐久田の意見に賛成する」


 だが会議終盤になって第一機動艦隊司令長官の山口多聞大将が言ったことで流れは変わった。


「決戦を恐れはしない。だが、敵に打撃を与える事が一番重要だ。敵に最大の打撃を与えられるのが後方なら、喜んで向かおう」

「ですが」

「作戦が裁可されないのであれば、司令長官を辞職する」


 この言葉に一同は固まった。

 先日、人事異動があったが山口は機動艦隊司令長官に留任された。

 理由は、山口以上に機動部隊を運用出来る人材がいないこと、そして、硫黄島攻略の時期が迫っているからだ。

 ここで長官を交代させ主力部隊となる機動部隊の指揮系統に混乱が出来るのを軍令部は防ぎたかった。

 それが裏目に出た形だ。


「……分かった。承諾しよう」


 及川古志郎大将が承諾した。


「総長!」


 豊田が立ち上がって詰め寄る。


「硫黄島を見捨てるのですか」

「正面から戦っても艦隊が壊滅する。艦隊が壊滅すれば硫黄島は守れない。それでは見捨てたのと同義だ。それに見捨てはしないのだろう」

「勿論です。成功すれば米軍は撤収するでしょう」

「時間はかかるだろう」

「はい、しかし補給がなければ、上陸し占領しても維持は困難であり、いずれ撤収するしかないでしょう」

「……期待しているぞ。各員直ちに準備せよ」


 こうして佐久田の作戦案は了承された。




「長官、賛同してくださってありがとうございます」


 会議が終わった後帰りの車の中で佐久田は山口に感謝した。


「自分の参謀の案に賛同するのは当然だろう。それにやり残しを片付けたいしな」


 過去の憤懣を思い出して山口の闘志には更に火が付いた。


「だがこれだけの作戦、参加部隊はともかく燃料は大丈夫なのか?」

「タンカーを手配します」

「南方輸送用に殆ど使われているだろう」

「ええ、低速タンカーです。ですが部隊に先回りさせるなどして要所要所で補給できるようにしてあります。足りない分は大型艦からの補給にします。また給油回数もタンカーからの給油は大型艦のみにして回数を減らし、駆逐艦へは大型艦から受けるようにします。これなら艦隊の速度を落とすのはタンカーと大型艦の給油時のみになり迅速に行動できます」

「なるほどな。だが作戦の期日を変更出来ないか? 硫黄島を助けるためにも出来れば上陸前に出撃したい。米軍の作戦は分かっているんだろう」

「確かに分かっています。しかし期日が分かりません。もしかしたら遅れているかもしれません。硫黄島へ上陸前に攻撃しても成功するでしょうが、敵が反転。我々の帰路で待ち伏せする可能性もあります」

「硫黄島は救えるだろう」

「ですが、米機動艦隊に行動の自由を与えます。帰路に我々が壊滅、良くて半減となるでしょう。そして損害を補充する見込みはありません。米軍は損害を補填して再度硫黄島に来襲。これを占領します。その時、我々は反撃できません」

「結局硫黄島が落ちるか」

「はい、米軍が動きが取れない状況、上陸部隊への支援という足かせを付けない限り、連中の行動を制限できません。機動部隊の出撃はその後になります」

「わかった。作戦案通りで良い。各部隊は集結予定地点へ向かわせろ。準備も万端にな」

「はい」

「それで、航空部隊、艦載機の用意は?」

「進めていますが、やはり地震と空襲による、疎開に伴う減産と本土防空部隊に機体を取られています。本土防空部隊と機体及び人員、搭乗員と整備員の取り合いです」

「なら、部隊ごと引き抜け」

「いますか?」


 機動部隊は艦載機、陸上航空部隊は陸上機であり機体がまるで違う。そもそも着艦を前提としていないので運用出来ない。

 勿論陸上航空部隊でありながら艦載機を運用する部隊もいるが、それらは既に引き抜いている。

 他にはいないはずだ。


「源田の部隊だ」

「343航空隊ですか?」


 佐久田に代わり軍令部課員となった源田はマリアナ作戦後、本土での空襲が激化すると予想し、精鋭を集めた部隊を編成した。

 それが第二代343航空隊だ。

 マリアナで初代が壊滅した後、復活させた部隊で最新鋭戦闘機紫電改を装備している。


「強引な連中ですよ。うちからも隊員を引き抜いています」


 343航空隊が熟練搭乗員や整備員を引き抜いているため、空母艦載機部隊の再編に支障を来している。


「だが、精鋭だろう」

「認めますが局地戦闘機部隊です。空母で運用は無理です」

「艦載用の改二が生産されているはずだ。艦隊防空にも必要だろう」

「ですね」


 敵の反撃が予想されるだけに艦隊防空用の部隊が欲しい。

 各航空戦隊に小型空母を配置しているのは、直衛用の戦闘機を好きなときに上げられるようにするためだ。

 防空用の航空戦隊さえ編制したほどだ。

 直衛用の戦闘機が出来るだけでもありがたい。


「それに源田自身も作戦を知れば参加するだろう。淵田や島崎みたいにな」

「確かに」

「部隊編成を急げ。確実に成功させたい」

「宜候」

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