外伝 B29 爆撃行

ビッグバード機長 リーチ大尉

 その部屋は半円状で屋根と壁が一体となった兵舎の中に作られていた。

 米軍お得意のプレハズ兵舎だ。

 上陸占領から五ヶ月、日本軍の抵抗を排除したサイパン島ではこのような施設を作るのが精一杯だ。

 日本軍など椰子の木などを使った建物が精一杯なので十分に贅沢だが、生活水準が高いアメリカ人にとっては不自由な生活だ。

 久方ぶりに空襲でたたき起こされずに眠れたのに、真夜中に命令でたたき起こされるなどアンラッキーだ。

 にも拘わらず既に多数の将兵が建物に入り、会議の開始を待っている。大半は士官であり、下士官は少なく兵士はいない。

 殆どが機長あるいは爆撃手だ。

 ビッグバードの機長リーチ大尉も爆撃手のファサール大尉と共にこれから行われる作戦についての説明を受けるために着席していた。

 座席に着いて暫くして、部屋は真っ暗になった。

 だが目の前のスクリーンに光が投影される。その脇に作戦参謀が歩み寄り、説明を始めた。


「君たちの目標は東京武蔵野にある中島の飛行機工場だ。日本軍機の大半を生産する工場で、ここを破壊すれば日本軍の航空戦力を減少させることが出来る」


 参謀の言葉をリーチ大尉は話半分に訊いていた。

 リーチはヨーロッパ戦線でB17を操縦していた頃、ドイツのベアリング工場へ爆撃しに行った。エンジンに使われるベアリング工場を破壊すればドイツ空軍は出撃出来なくなると。

 だが航続距離の関係で護衛の戦闘機は無しだった。

 そしてドイツ空軍の迎撃により出撃機の二割を超える損害を出して酷い目にあった。それでもドイツ空軍は元気に出撃してきていた。

 爆撃手のファサール大尉にとってはより重大だろう。ソロモン戦でラバウルに連日空襲を仕掛け、何度も迎撃を受けている。

 最初こそB17の防御を貫けなかった日本軍だが、怯むことなく迎撃し、時に体当たりを敢行してきた。機首を潰されて落ちていく戦友をファサールは何度も見ている。

 ハンプ――ゼロ戦の改良型が出来てからは、余計に酷い。四門の二〇ミリ機銃だとB17の防御も危ういし、ブローニングを叩き込んでも一撃では落ちない。

 ワンショットライターなど昔の話だ。

 毎回、死にそうな目に遭いながら出撃している。

 ファサール大尉が実体験を真摯に説明しリーチが実践しなければ、既に彼らの乗機は落とされていただろう。

 それでも何とか生き延びたが今回は二五〇〇キロ先の日本本土。

 ソロモンで執拗に抵抗した日本軍の本拠地がドイツ以下の防御だとは新米以外は誰も信じていない。

 既に現地での悪天候による中止により二度の空振りをしているだけに尚更だった。

 目的地へ向かう間の進撃途上での日本軍の反撃を考えると身震いする。


「工場の手前には立川の航空基地と浄水場。工場は二本の鉄道に囲まれている。間違いなく攻撃せよ」


 隣にいるファサールが工場の位置をメモに書き込んでいる。彼が目標を捉えないと爆撃は成功しない。

 その他細々とした指示が続きこちらは機長リーチが記述する。

 やがて説明が終わると解散となる。

 リーチはファサールと共に出るとクルーの元に向かった。


「攻撃目標は日本本土。東京近郊の武蔵野工場だ」


 リーチが告げると大なり小なりクルーに失望の色が見えた。

 無理もない。日本軍の本拠地に向かって行けというのだから。

 だが命令では仕方が無い。クルー達は二台のジープに分乗して、我らが乗機ビッグバードに向かう。

 先日、日本軍の奇襲攻撃で出来た穴の横を通って向かう。もしも乗機に爆弾が命中していたら、と思うとリーチは嘆きたくなる。

 被弾し発進不能になれば出撃する必要が無いからだ。

 だが悲しい事に、その幸運はお隣の機体が受け取った。

 第二一爆撃集団のマリアナ進出以来、地上において五機のB29が修理不能となり一二機が修理中という損害を日本軍は与えていた。

 本格的な空襲を行う前に日本軍の攻撃を受けてB29を失い、今後も同様の事が起きるだろうという予測だ。

 この予測に第二一爆撃集団司令官であるハンセル准将は酷く神経質になっているようだが、出撃を命令される身としてはどうでも良いことだ。

 むしろ無茶な命令が出せないくらい病んでしまえ、そうすれば出撃命令なんて受けずに済む、と考えた。だが今は出ている命令を実行しなければ成らない。

 規律が比較的緩い米軍でも敵前逃亡は重罪なのだ。

 やがてリーチ達の乗ったジープは彼らの乗機ビッグバードへ着いた。


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