ホワイトハウスの対応

「一体どういうことなのだ!」


 ホワイトハウスの主、フランクリン・ルーズベルトは陸海軍四人の交換に向かって怒鳴り散らした。

 第七艦隊壊滅、第六軍降伏、マッカーサー戦死。

 最後は将来の大統領選挙出馬を目論んでいたこともあり、死んだことは構わない。人気があったため国民はショックを受けるだろうが、大した事ではない。

 だが、戦艦七隻を含む第七艦隊の壊滅、その他空母三隻の沈没。

 輸送船団の壊滅。

 十万人以上の将兵が死傷もしくは捕虜になった。

 これまで太平洋戦線で発生した損害を全て足し合わせたより大きな損害だ。


「合衆国軍は玩具なのか」


 米軍の不甲斐なさに、特にかつて海軍長官を務め、海軍力の増強を行い、大統領になってからも海軍を強くするために力を注いできただけに、米海軍へのルーズベルト大統領の怒りは強かった。


「全てはハルゼーのミス、全海軍のミスによるものです」


 キング海軍作戦部長は頭を下げて謝罪した。

 事の発端はハルゼーの報告ミス、レイテに飛行場適地があると報告したからだ。

 航空偵察だけで判断し上陸したが、適地とされた場所は沼地で、飛行場など位建設できない。

 いくら航空戦力が圧倒的でも飛行場がなく、戦場に展開できないのであれば意味が無い。

 海軍の空母が頼りだったが、片割れである第三艦隊はハルゼーの猪突により日本の機動部隊に引きずり上げられレイテを離れ、その間に戦艦部隊が突入して艦隊と船団を殲滅させられた。

 勿論、日本軍が自爆攻撃という予想外の作戦を行い護衛空母が全滅する事態が発生したことも原因の一つだ。

 だが、ハルゼーが報告をミスしなければ、機動部隊を追いかけて右往左往しなければ防げた敗北だった。


「ハルゼーは更迭します」


 元々ハルゼーを嫌っていたキングは淡々と言った。

 粗暴で考えない、猪突猛進、勢いだけの人間であり、提督にふさわしくないと考えていた。

 何故か国民や将兵に人気があり、更迭すると反発が大きいと予測され行わなかった。

 だが、これほどの大敗北を起こしては責任は免れない。

 マッカーサー、キンケイド、クルーガーをはじめ、南西太平洋方面軍の主要幹部が軒並み戦死あるいは捕虜になっている事もあり、責任者として処罰できるのはハルゼーしかいない。

 事後処理、撤退のため第三艦隊のエアカバーが必要なので司令長官に今は留任させているが、更迭は既に決定済みだった。

 後任はキングのお気に入りの知将と名高い第五艦隊司令長官スプールアンスだ。

 丁度、フィリピン後の作戦立案を命じており、丁度良い。


「日本から講和の交渉を求める声が入っていますが」


 スイスのアレン・ダレスを通じ、日本の駐在武官が接触を行っていた。

 米国内でもこれほど大きな敗北と損害では継戦に自信がない。

 もし勝てたとしても、アメリカの戦後、国力と経済に大きな傷を負わせかねない、という声が上がっていた。

 流石に負けるという話は出ていない。

 だが、戦争が終わった後の影響を考えて日本と早期に講和するべきだ、という話しが議会周辺から出ていた。


「却下だ」


 しかしルーズベルト大統領は拒絶した。


「軍国主義は解体しなければならない。そのためには無条件降伏を求める。それまで戦いは続ける」


 カサブランカでの談話で枢軸に対して無条件降伏を求めると宣言した。

 前線部隊に求めることはあっても、国家に対して無条件降伏を求めたことなど、近代になってからは前例のないことだ。

 国民の受けは良くなったが、交戦国、ドイツ、日本との交渉がほぼ不可能に、そして各国の国民が団結するという副作用が出た。

 負ければ、全てを奪われる、国も、財産も、命も。

 ならば、刺し違えても敵を倒そうという考えに至ってしまう。

 特攻が始まった理由の一端でもある。

 負けても命が保障されないなら、ここで死のう、と。

 流石にルーズベルのあの宣言はやり過ぎ、今からでも撤回するべきだ、という声が上がっている。

 しかし、戦後アメリカの一人勝ちを狙うルーズベルトは、彼らの意見に与せず無条件降伏を求める立場に変わりは無い。

 もしここで撤回すれば国民の支持は下がるだろう。

 選挙に勝てたとしても議会が反対し政権運営は困難になる。

 決して撤回することはない。


「分かりました」


 四人とも大統領の意思は理解しており、講和交渉、無条件降伏以外認めないつもりだ。

 戦争は継続される。


「それで、今回の敗北について」


 陸軍長官が訪ねようとするとルーズベルトは睨み付けた。


「……今回の損害を発表するのは何時にしますか?」


 これだけの大敗北を発表しないなど、出来ない。

 箝口令を敷いても損害が大きすぎていずれバレる。

 敗北を隠すため隠蔽したとなれば、大統領の責任を追及する声が上がってくるだろう。

 だが公表すれば、支持率は下がり選挙に負ける。

 選挙後に公表しても、隠蔽と言われ、弾劾裁判さえ行われかねない。

 戦争中だが、それほど大きな敗北なのだ。

 いずれにせよ公表時期を決めるのは、あまりにも政治が関わりすぎている。

 大統領に任せるしかない。


「作戦は現在継続中だったな」

「は、はい」


 レイテにいる残存部隊の撤退とペリリュー、ビアク、モロタイの各部隊を撤収させている。

 範囲が広く規模も大きいため、完遂には数日かかる予定だ。


「継続中の作戦事項を発表する訳にはいかない。作戦終了後に行う」

「……分かりました」


 しかし、人の口に戸は立てられず、大敗北したという話が十月中にはワシントンに十一月には全米にレイテでの敗北が噂される事態となった。

 選挙期間中と言うこともあり大統領に発表を求める声が上がった。

 真相を知る人間は声高に大統領の責任を詰問する者さえ出ていた。


「説明をなさった方が良いのでは?」


 ルーズベルトの軍事顧問であるリーヒ提督が十一月に入り、状況悪化を感じて進言するが、ルーズベルトは笑みを浮かべるだけでやんわりと拒絶した。

 その瞬間、リーヒは背筋が凍り付いた。

 ごまかしでも、自己肥大でもなく、自信たっぷりにこの状況を、ルーズベルトは作り出し、そして全てを、勝利を得ようとしている。

 そんな笑みだった。

 数日後、ようやく大統領は発表した。

 選挙の前日、合衆国議会において。

 

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