南雲戦死
「うおっ」
右からの爆風を受けた有賀はよろめき、床に倒れた。
「畜生、急所に当てやがって」
世界でも最も堅い四六サンチ砲防御を施された大和だが、全ての部分に装甲が張られている訳ではない。
重要区画以外は非装甲区画となっている。
艦橋も根元の司令塔を――大和で最も分厚い装甲を施されている場所を除いて殆ど装甲がない。
戦闘時は被弾したときのことを考えて、司令部や艦の主要幹部は司令塔へ行くのが基本だ。
だが、戦況が、外がよく見えるので艦橋の天辺に近い昼戦艦橋、第一艦橋にいることを有賀や遊撃部隊司令部は好む。
「! 長官!」
南雲以下第一遊撃部隊司令部が自分と同じ艦橋、それも右側にいたことを思い出し有賀は駆け寄った。
「長官! 長官はご無事ですか!」
艦橋右側は血まみれだった。
幸い小口径弾だったようだが恐らく軽巡の主砲、一五サンチクラス。
大和にとっては蚊に刺されたようなものだが、非装甲区画へ飛び込み人間を殺すには十分すぎる。
「森下! しっかりしろ!」
同期の第二艦隊航海参謀森下に気がついた有賀はを抱え起こす。
幸い艦橋中央部に近く、爆風によよろめいて、頭を打っただけのようで命に別状はなさそうだった。
だが、被弾箇所に近づくと負傷者が増えていた。
そして、長官席にたどり着くと俯き、足下に血だまりを作っている南雲長官がいた。
「長官!」
有賀は駆け寄り、腹の部分に破片が深く食い込んでいた。
「……有賀か……」
「長官、喋らないでください」
軍医長を呼び出しつつ、南雲に喋らないよう有賀は言うが、南雲は続けた。
「ありがとうな」
南雲の声はいつものように小さい声だったが、今は有賀の耳にはハッキリと聞こえた。
「ミッドウェーで助けてくれたおかげで……雪辱を果たせた……」
「長官」
炎上する赤城から南雲を助けたのは当時駆逐隊司令として赤城護衛に付いていた有賀だった。
「私も申し訳ありません。二度も長官をお守りできず」
急降下爆撃機を前に、赤城を救え無かったことを有賀も悔やんでいた。
「勝利の中で死ぬことが出来た……幸せな人生だよ……」
南雲は笑みを浮かべて喋らなくなった。
第二艦隊の軍医長は負傷していたため、下に降ろされ第一戦隊軍医長が代わりに南雲を見た。
「ダメです。亡くなられています」
有賀は瞑目し、南雲に敬礼をすると振り返って宇垣中将に報告した。
「南雲長官戦死! 指揮の代行を!」
「了解した」
指揮継承序列次席は宇垣であった。
第一戦隊司令部も大和に乗艦していたため継承はスムーズに済んだ。
後日、二つの司令部が同じ大和の中にある事を非難する声――万が一大和が撃沈されたら二つの司令部が同時に全滅する、というもっともな理由だ。
だが、迅速な指揮継承と旗艦変更をせずに済んだ出来た理由でもあり、長官戦死の報告に同様した以外、第一遊撃部隊は大きな混乱も無く攻撃を続行した。
「撃ってきた連中を許すな! 仕留めろ!」
有賀は命じたが、不可能な命令だった。
先ほど発砲した大和の砲撃がナッシュビルを直撃し、既に撃沈していたからだ。
それでも怒りは収まらず、周囲への砲撃を行い鬱憤を晴らした。
「有賀、内陸部への砲撃を行うんだ」
浜辺ばかりを攻撃する有賀を見かねた宇垣が命じた。
大和の主砲の最大射程は四二キロ。
沿岸からでも内陸部へは十分に攻撃出来る。
金剛は勿論、重巡さえ最大射程が三〇キロ近くある。
彼女らの手が届く範囲は彼女らに任せ、大和は彼女らが攻撃出来ない内陸部への砲撃を行った方が効率が良い。
「了解」
有賀は了解すると砲撃準備を始めた。
陸軍から受け取った現地の地図を見て、攻撃目標を決める。
「飛行場の脇に陸軍の司令部が置かれていた建物があるな。敵の司令部も置かれている可能性が高い。砲術長、ここを狙って撃つんだ」
「宜候!」
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