空襲下の発艦
「敵機接近!」
防空網を突破してきた米攻撃機を見て、見張が叫ぶ。
「発艦はあと何分かかる」
「あと五分です!」
強い口調の山口の言葉に飛行長が報告した。
艦載機は風上に向かって艦を走らせないと発艦できない。
発艦中の空母は真っ直ぐにしか進めない。
つまり五分の間は、敵機が来ても回避行動はとれない。
発艦する機数は少ないが、それでも間隔を開けて発進させる必要があるため、発艦には時間がかかる。
「敵が我々だけに向かってきているのが救いですが」
敵の攻撃隊は第一部隊へ向かってくる。
装甲空母ばかりで編成されている為、爆弾魚雷を何発か食らっても平気だ。
翔鶴型など従来型の空母など飛行甲板に一発でも落ちれば発艦不能、戦力喪失だ。
下手をすれば撃沈もあり得る。
通常空母を守るためにも、攻撃を装甲空母に集中させるため、第一部隊は敵に近い西へ突き出していた。
特に信濃型三隻で構成される第一部隊は特に防御力が高い。
第二部隊は大鳳型と加賀で構成されているが、排水量が小さく防御力に少し疑問がある。
加賀に至っては飛行甲板に装甲はない。船体の装甲は元戦艦だけに強くミッドウェーでも沈没せずに済んだが、炎上すれば赤城のように撃沈もあり得る。
やはり第一部隊が攻撃を引きつける必要があった。
「攻撃隊発艦急げ!」
山口がせかす。
いくら防御力が強くても被弾被雷は避けたい。
いや、攻撃隊、敵空母を仕留める攻撃機が全機発艦するまで攻撃を受けるのは避けたい。
そんな願いを持っていると、周囲の護衛艦艇が火を噴いた。
秋月型防空駆逐艦と綾瀬型防空巡洋艦が一〇サンチ高角砲を放った。
接近してくる急降下爆撃機に対空砲火を浴びせる。
空は黒い爆炎に包まれ、何機か落とせたが、ヘルダイバーは突っ込んでくる。
信濃も搭載する高角砲が火を噴き、迎撃する。
三〇〇〇メートルに近づいてくると二五ミリ機銃も火を噴き、迎撃する。
それでもヘルダイバーは接近してくる。
撃墜できなかったが効果はあった。
ヘルダイバーは対空砲火を避けるため僅かに機首をずらし、信濃への投弾コースから外れた。
修正は間に合わず、機体を引き起こすため爆弾を投棄する。
投棄された爆弾は艦橋の目の前を通過し、右舷に巨大な水柱を作り出し、佐久田の前のガラスに水滴を打ち付ける戦果のみ挙げた。
「本艦に被害なし」
副長の放送を聞いて全員、山口も佐久田も、安堵する。
至近弾でも、水圧が船体にかかり浸水させる事がある。
実際、戦前アメリカが第一次大戦で賠償として得たドイツ戦艦を航空爆撃実験で爆弾を落としたとき上部構造物を破壊しても沈まなかったが、至近弾による水線下の船体へのダメージで浸水し撃沈された。
至近弾でも決して、油断できない。
「左舷低空より雷撃機接近!」
だが、新たな攻撃機が、しかも雷撃機がいた。
護衛艦艇を突破し信濃に迫ってくる。
対空砲が狙いを付けるが低空のため、当たらない。
攻撃機の発艦は続いており、直進を維持しなければならなかった。
しかも雷撃機は気合いが入っているのか、避けようとしない。
一直線に信濃に向かって接近してくる。
「攻撃隊! 発艦完了!」
「取り舵一杯!」
飛行長の報告と同時に艦長が命じた。
アヴェンジャーが魚雷を投下した直後、信濃は艦首を急速に回頭。
魚雷は右舷をすり抜けていった。
「艦長! 回避行動自由! できる限り敵に近づけ」
「宜候!」
山口が命じた。
他の空母が発進を終えるまで信濃が突出することで攻撃を引きつけようというのだ。
間違ってはいない。
航空機を発進させた信濃はただの箱だ。
発艦中の空母への攻撃を引きつけるのは悪くはない。
だが、信濃は旗艦だ。
司令長官以下、機動部隊の幕僚が乗っている。
佐久田が飛び抜けているが、他の幕僚も他の司令部、いや機動部隊の運用を心得ており日本海軍でも随一の能力を誇る。
簡単に言えば他の航空隊や飛行隊を指揮できるだけの人材が乗っている。
山口は、自身の事を過小評価、いや命を惜しまない性格をしているが、これまで培ってきた機動部隊運用能力は海軍にかけがえのないものだ。
その才能を惜しげも無く散らそうと言うのは、いささか問題だった。
だが、このような状況で命を惜しまないのが山口であり、佐久田でもあった。
能力以前に、海軍士官とはそういうもの、こうあるべきだと魂に刻み込まれており佐久田も、その信念から逃れられなかった。
徒死はだめだが命を惜しむことはない。
そんな感情だ。
「敵機接近!」
「回避!」
幸いにも攻撃隊を発艦させた後の信濃は身軽で簡単に避けた。
連合艦隊所属の全艦は回避行動に関して、リンガで嫌という程松田少将が制作した回避マニュアルに従った訓練を受けており、被弾は少ない。
後任が現れても訓練は続けられ、被害は少ない。
「敵機、撃退しました」
「直上援護機を収容! 急げ! すぐに第二次攻撃隊が来るぞ! 燃料弾薬を補給したらすぐに飛ばせ!」
空襲が終わっても油断は出来ない。
敵の第二次攻撃隊が迫っているのだ。
それでも山口は威勢よく言う。
「堪えろ! 味方の攻撃隊が今に敵空母を血祭りにあげてくれるぞ!」
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