制空権争い
「見えた!」
信濃を飛び立った平野飛曹長は無線の指示通りに飛行し、機動部隊に迫る敵編隊を見つけた。
一応、士官の戦闘機分隊長と分隊士がいるが、艦内の話だ。
上空では腕の良い奴がリーダーであり、指揮を執る。
幾度もの激戦が戦闘機隊に強いた変化だった。
いくら士官でも、空戦の腕があるとは限らない。
その点、飛行機の腕を見込んで採用された予科練出身者の方が腕は確かだ。
そのため予科練出身者が自然と指揮を執ることが多くなり、前線では不文律になった。
勿論、士官は必要だ。
空戦以外の庶務、燃料や装備の補給補充などの申請や、大局を見通した進言などは専門教育を受けた海軍士官、共通の教育を受けた者どおしでないと話が高度すぎて意思疎通が出来ない。
むしろ、士官は後方での業務の方が多い。
勿論空戦の腕があるのなら言うことはないが、海軍兵学校の採用人数が少なすぎるため、増えることはない。
今の生徒、卒業者総数より遙かに多い在校生が前線に投入できるようになるのは、まだ先だ。
早く卒業させろという声があっても山本や井上校長などが抵抗して防いでいた。
彼らとしては有為な人材を、戦後の復興に彼らが必要と考え、戦争終結まで在校させる方針だった。
結果、足りない分は予科練のパイロットで補うことになった。
実戦で腕の良い事を、撃墜数を増やしたパイロットを昇進させ、最終的には士官にして、操縦以外の必要な教養を与え、航空部隊指揮官にしようと海軍は目論んでいた。
平野がマリアナの後すぐに昇進したのも戦功抜群――あの激戦で生き残っただけでも殊勲であるが、早く昇進させて士官へ任官させたい海軍航空の目論見もあった。
「指示通りの場所にいやがった。便利になったものだぜ」
空戦の勝敗は、初期の位置取りにかかっている。
敵機より上に占める事が出来れば優位だ。
その点、電探で位置と高度を知ることが出来るのは有り難い。
「さあ、始めようぜ!」
真下にいる敵機の編隊を見つけて襲い掛かる。
「ほらよ!」
まずはロケット弾を一斉射撃して敵編隊を突く。
命中前に散開され、撃墜できたのは、二、三機だが、それでよい。
敵編隊を乱すのが目的だ。
「続け!」
ばらけた編隊の内、最も大きな編隊に食いついた。
平野の部下、特に長機――二機編隊の内、隊長機はソロモンを生き残った猛者ばかりだ。
敵のグラマン相手に負けるような腕はしていない。
隊長に続く僚機もマリアナで生き残っている腕の確かな連中だ。
すぐに好位置に取り憑き、撃墜していく。
「どりゃっ」
グラマンの背後に取り憑き、四門の二〇ミリ機銃を浴びせる。
長銃身の二〇ミリ二号機銃は弾道がよく初速が速く、グラマンへ真っ直ぐ飛ぶ。
二〇ミリ弾が命中し、その高初速がグラマンの防弾板を打ち砕く。
グラマン鉄工所の異名を持つF6Fヘルキャットでも、多数の二〇ミリを受けては撃墜されてしまう。
「一機撃墜!」
新たに個人撃墜を増やした平野は上機嫌だった。
「他の連中もまあ大丈夫だが、連中は大丈夫か」
第三部隊以下の戦闘機隊の様子を平野は見た。
敵の攻撃隊に対してロケット弾を放つが、距離を見誤り遙か後方へ落ちてしまい、何ら損害を与えられない。
「やっぱ無理がたたっているんじゃないか」
彼らは予科練を出てすぐに配属されたジャク――若輩飛行士だ。
発着艦の難しい空母飛行隊へ配属されるのだから、優秀な方なのだが、実戦経験いや飛行時間自体が圧倒的に足りない。
戦争前半のようにゆとりを持って教育できる余裕がなくなった。
戦線は広がり、損害は増える、損耗した航空隊へパイロットを送り、新たな航空隊が増設されれば、増加分はあっという間になくなる。
だが米軍の反攻を防ぐ為にパイロットは必要だ。
結果、教育機関は短縮され、未熟なパイロットが出てくることになる。
「連中には厳しくないか」
未熟な連中には攻撃機や爆撃機を狙わせているが、攻撃は難しい。
連中でも後部に銃座を持っており、絶好の攻撃位置、後方上方へ機銃をむけてくる。
TBFアヴェンジャーなど、後部下方にも機銃座があり、厄介だ。
正面から攻撃するにもすれ違う瞬間に銃撃するのは難しい。
未熟なパイロットにはキツい。
「このままだと抜かれるぞ」
平野の危惧は当たり、撃墜を免れた米攻撃隊三〇機は防空戦闘機の間隙を突いて機動部隊に殺到した。
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