読者賞『ダイダラボッチの砂遊び』の感想

第二回角川武蔵野文学賞 読者賞

ダイダラボッチの砂遊び

作者 愛宕平九郎

https://kakuyomu.jp/works/16816700426792017050


 南沢湧水群を訪ねて童心に帰った主人公は、ダイダラボッチになりきって趣味のサウンドアートで沢の流れを描く物語。


 望郷の念に誘われる。

 誰にとっても、故郷とは懐かしくも美しい場所だ、と思わせてくれる作品。


 主人公は、生まれてから現在に至るまで東久留米市で暮らす、サウンドアートを趣味に持つ四十過ぎの男性、一人称僕で書かれた文体。子供のことの回顧と現在を描き、自分語りで実況中継で綴られている。とくに落合川に足を入れた体験描写は素晴らしい。


 女性神話の中心軌道に沿って書かれている。

 主人公は東京の郊外にある東久留米市に生まれ育ち、サウンドアートを住みに持ちながらいまも住んでいる四十過ぎの男性である。

 大岡昇平氏の恋愛小説『武蔵野夫人』の小説冒頭、多摩川の河岸段丘であるハケの解説からはじまることを思い出しつつ、南沢氷川神社から西へと歩いていく。

 途中、久しぶりに木の橋を渡りながらノスタルジックな気分になり、子供の頃を思い出してはダイダラボッチの姿が脳裏に浮かぶ。

 子供の頃、落合川で遊んだ当時のことをあれやこれやと思い返しては上流へ進み、浅い段を成した広い水場にたどり着く。夏になればプール代わりに水浴びをして遊んでいたことを思い出すと童心心が蘇り、懐かしさとともに踝ほどの浅瀬が続く下流へと歩み入る。

 帰宅後、サウンドアートの作業台を前に南沢湧水群の森を思い出しては砂で描いていく。納得がいく沢の流れを描き、スマホで撮影しながらダイダラボッチもこんな漢字だったのかなと思いを馳せる。

 物足りなさを感じ、二匹の蜻蛉の絵を書き添えた主人公は、今年も秋を迎えるのだった。


 本作で一番いいと感じたのは、浅瀬に入り水に浸かって体感する場面だ。

 読んでいると、追体験できるように書かれている点が素晴らしい。

「歩を進めるごとに新鮮な冷感が足を刺し、スゥっと茹だるような暑さが和らいでいく」「一歩一歩、踏みしめるごとに砂地が窪み、足の周りからフワッと細かい粒子が舞った。足を痛めそうなゴツゴツとした石も無く、沢の流れで揺らめく水草が擽ぐったかった。

 視覚と触覚をうまく描いていて、「押し上げるように湧く水の力はピンポイントに僕の足裏を刺激し、癒しのマッサージを受けているようだった」という比喩が面白い。

 読んでいると、足裏を刺激する感覚が想起されてきそうだ。


 目からウロコの場面は、全体の三割あればいいといわれる。

「そうそう」とうなずけたり背中を後押ししてくれることや「へえ、なるほど」と思える情報収取は七割書いてあればいい。

 子供の頃に川遊びをしたことのある人にとっては「そうだよね」「楽しかったね」と思い出せたり、平成二〇年六月に「落合川と南沢湧水群」が環境省「平成の名水百選」に都内で唯一選定された話など知らなくても、「そうなんだ」と頷ける。

 押し付けがましくもなく、水が染み入るようにすっと入ってくる。

 

 橋を渡っている時にダイダラボッチの話が入ってきて、どうしてなんだろうなと不思議に思いながら、ダイダラボッチの由来がムサイ村山市にあることが書かれているだけでなく、サウンドアートに結びつく発想が良いと思った。

 おかげで、話全体がうまくまとまっている。

 

 最後に蜻蛉を二匹付け足し、もうすぐ秋が来るとつなげて終わるのがオチになっている。蜻蛉の子供であるヤゴばかり捕獲して競い合っていた子供だった主人公が、いまもう四十過ぎの大人になっている。

 だから、ヤゴの大人である蜻蛉の姿を描いたのだ。

 二匹の蜻蛉とあるので、もう一匹は奥さんかもしれない。

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