第二回角川武蔵野文学賞
ラノベ部門・大賞『宮廷画家と征服王』の感想
第二回角川武蔵野文学賞 ラノベ部門・大賞
宮廷画家と征服王
作者 つるよしの
https://kakuyomu.jp/works/16816700427612128318
絵かきだったが才能のなさに自殺すると異世界に転生するとみるみるうちに世界を統一してしまった征服王に、「見たことも聞いたこともないムサシノの風景」を描かなければ旧友たち敗北した軍人たちの命はないと命じられた宮廷画家アルフレッド・ミュラーは苦悩するも描けなかった。が、その姿をみた王は、絵とは容易に書けるものではないと悟り、くすぶっていた過去の情念と和解できたため、軍人たちの命が救われた話。
KADOKAWAライトノベル編集部によりますと、「大賞の『宮廷画家と征服王』は、異世界転生した王が宮廷画家に命じて『ムサシノ』を描かせるという設定がユニーク。掌編ながらラストも余韻深く、『ライトノベル的要素』と「武蔵野というテーマ」を見事に両立させていた点が高く評価されました」とあります。
出来が素晴らしい。
うまいの一言です。
武蔵野文学賞のラノベ部門とはいえ、異世界転生を絡め、一つの作品にしてしまう発想と技量がすごい。
三人称、宮廷画家アルフレッド・ミュラー視点で書かれた文体。彼の視点で端的に状況や心理描写がなされ、無駄がない。
読点で短く文章が区切られていて、読みやすい。
状況を説明し感想がそえられているため、読み手に伝わりやすい。
本作は、相手の思いを知りながら結ばれないもどかしさを感じることで共感を得る書き方をしている。
世界を統一した征服王こと新王は、征服した国の敗残兵である軍事たちの命運を掛けて、この国の宮廷画家アルフレッド・ミュラーに、見たこともないムサシノという国の風景を、十日間で描くよう命じた。
なぜなら、かつて新王は絵かきだったが才能のなさに絶望して自殺するも異世界転生をしていて、気づけば世を統べる王となったとき、宮廷画家の存在を知って画家として成功している彼に嫉妬し、無理難題を出して、どれだけ真剣に絵を書いているのかを試すため。
真摯に挑み、悶え苦しんだ挙げ句、彼は描けなかった。
その姿を見た王は、絵は容易に書けるものではないし、まして他人の心にあるあやふやな風景ならなおさらだと、王自身の中にくすぶり続けていた過去の情念と和解できたおかげで、軍人たちの命を救えたのだった。
前半はファンタジー世界にムサシノやサイタマなどの地名が出て、ミステリー要素のため受け見がちな主人公が、新王の命令によりムサシノの風景を描かなければ旧友をはじめ軍人たちが殺されてしまう十代な任務だと知ることで、後半は積極的に絵を書いてドラマを動かしていく。
表現描写がどれもうまい。
「すると新王の口が僅かに歪んだ。ひんやりとした大理石の床の感触が、アルフレッドの足を伝って身体に回る。それがなんとも、新王の表情と相まって、心を騒がせる」
緊張感が、読者にも伝わってくる。おまけに書き方が新王とアルフレッドの身分や立場、世界観も合っている。
「その新王の言葉に、アルフレッドは思わず、ともに隣に跪いているギルバートの顔を見た。彼は身体こそ動かさなかったものの、目をかっ、と見開き、表情を強ばらせている。アルフレッドの手は、震えた」
新王の言葉から、ギルバードの変化を目で捉え、それをみたアルフレッド自身がどう感じたかを身体表現で描いている。
気持ちは身体に現れる。些細な変化をクローズアップさせて描くことで読み手に緊張を伝えている。
ギルバートの言葉に「新王はこの大陸の統一を果たした今、心にぽっかり穴が開いて、妙に故郷が懐かしくなっているとのことだ。それで、執務室にその国の光景を描いた絵を飾って、気持ちを癒やしたいとお望みなのだ」とある。
異世界転生者の利点であり欠点は、過去の記憶を継続している点である。
忘れることで人は前に進むことができるのに、数多に大量生産される異世界転生ものは皆、過去の記憶と栄光を引きずり、払拭できないまま新天地での生活を余儀なくされる。現実世界では過去の栄光を語る年長者は年少者に毛嫌いされるが、異世界ならば物珍しさで聞いてくれる。
結果、以前の生活のものを新天地に持ち込んで、同じ苦しみも同時に背負い込むこととなるのだ。
本作は、そうした異世界転生ものに潜んでいる負の部分に目を向けて、作ったのかしらん。
異世界転生した新王が世界を統一しようとしてきたのは、望郷の念を原動力にしてきた可能性がある。
ひょっとしたら、この異世界の地にも、ムサシノに似た場所があるかもしれない。もう戻れないけれど、住み慣れた我が故郷に対する憧れと渇望からくる飢えを満たさんがため、今日まで他国を攻め滅ぼしては統一を成し遂げたのだろう。
だが、統一してもムサシノはなかった。
宮廷画家として成功しているアルフレッドに嫉妬したのは本当だと思うけれども、ムサシノの風景画を欲したのも本当だと思う。
「俺もな、あちらの世界……ムサシノでは画家だったんだ。ムサシノにある美術の学校で学び、そこを出てからも長く絵を描き続けていた。ムサシノの風景を飽きることなく描いていた」
向こうで描いていたし、絵かきだった時の記憶を継続して転生し、今日まで生きてきた。
その間にムサシノを忘れたことはなかったのだろう。アルフレッドに嫉妬したのも本当に違いない。
ただ、本人も描けないほど忘れてしまったかもしれない。
「凡庸な土地だ。とくに変わったものはない。だが、全てのものがある土地でもある」「強いて言うなら……緑の濃い台地であるな。ざわめく木々に、蒼い丘陵、肥沃な畑……とはいえ、近年はその上に建物が、城壁の如く連なるようになって久しいが。そしてそこに、数多の老若男女の人間たちが、蠢いておる」「俺がムサシノについて言い表せるのはこのくらいだ」「どの世界も、この国とたいして変わらぬよ。来てはみたが、ここも同じ人の世だからな」
ありふれた風景だから、異世界の風景と紛れてしまって、死のう自身、もはやはっきりと思い出せなくなってしまったのだ。
それはこの世界の住人になった証拠である。
それはそれでいいことなのだが、心の故郷をなくすのは寂しいことでもある。
漠然とた言い方をして描かせるのは、目撃証言による似顔絵作成に似ている。聞き取りを重ねることで、見たこともな世界の風景も描けるかもしれない。
「そして彼は改めて夢想する。ムサシノとは、いったい、どんな土地であるのかを」とあるよに、今回のことをきっかけにアルフレッドは新王の話を聞きながらムサシノを描く日が来るかもしれない。
そんな物語のラストも読んでみたい。
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