『となりの真剣師』の感想

となりの真剣師

作者 吹井賢

https://kakuyomu.jp/works/1177354054886952709


 隣席の真剣師・川瀬照子と出会った男子高校生の僕は、彼女の生き様から真面目に生きてみようと思いはじめる物語。


 おそらく自分を掘り下げて書かれたもの。

 これが三次通過作品か。

 実にいい作品。

「棋士には月の光がよく似合う」とある。

 漫画『月下の棋士』を愛読しているのだろう。

 初手9六歩を指したとなると、氷室将介に違いない。


 主人公は男子高校生(おそらく一年)、一人称僕で書かれた文体。自分語りで実況中継、主人公の視点で描写され、主人公の性格を表すような比喩が用いられている。読みやすく、読者を物語の中へと誘ってくれる。


 女性神話の中心軌道で書かれている。

 かつてはみんなと同じようにやりたいことのために励んだかもしれないが、必死に頑張る人たちの眩しさに恐れ、五体満足で親に養われながらそこそこ不自由なく暮らしながらも生きる理由もなく高校に通う主人公は人生初のサボりをした日、公園で賭け将棋をする隣席の川瀬照子、通称テリコ=ティンズリーと出会う。

 真剣師と名乗る彼女と将棋を指した翌日、登校した彼女から「ケー番教えて」と言われて教えると、『今度の水曜、暇なら公園』とショートメールでサボりの誘いを受ける。

 将棋を指しながら、彼女の父親はチェス専用コンピューターの開発が専門の一流のチェスプレイヤーで探究心を大事にしていたこと、彼女自身がインターネット将棋サイト『将棋王』において「最強」と名高いアカウント『でぃーぷ・ぶるー』と教えられる。

 彼女と将棋を指すようになって数週間後、なぜ自分と将棋を指すのか尋ねると、「きみってさ――なんで、生きてるの?」と問われ答えられなかった。

 彼女と会わなくなって五日後、彼女を雇っているマフィアのボス、ジャスティン=ベネディクトに声をかけられる。

 彼女は彼の代打ちとして、暴力団の同じく代打ち相手と、みかじめ料や諸々の利権を巡る諍いを将棋によって解決するため、大阪梅田にいるという。負ければ身体を売ることになるという。

 気を利かせたマフィアのボスが、別れを言う相手がいないのは寂しいだろうからと、主人公を見届人としてリムジンに乗せられる。

 車中、なぜ生きるのかを問われた話をすると、彼女の父親は事故で立ち上がれなくなるも一流のチェスプレイヤーとして生き続けたことを聞かされ、主人公になにもせず生きている主人公に疑問を抱いた事をしる。だが、なぜリスキーな真剣師の道に進んだのかがわからなかった。

 勝負に勝ち、「見たことがないものが見たいだけ。そう思っていたら、結果的に真剣師になってた」と語った彼女の真剣に生きる姿は魅力的でカッコよかった。

 なぜ生きているのかもわからず生きていた過去の自分を駆逐した主人公は、真面目に生きてみようと思いはじめ、夢中になれることを探し求めていく。


 また、川瀬照子は男性神話の中心軌道で書かれている。

 一流のチェスプレイヤーだった父スティーブン=ティンズリーを理想とし、影響を受けている彼女は独自の才能を感じさせていた。が、両親の亡くしたあとマフィアのボス、ジャスティン=ベネディクトに雇われて真剣師として才能を伸ばしていく。

 ある日、生きる目的もなく生きる主人公と出会い、興味を持って、彼と将棋を指すようになる。そんなとき、生きるボスから暴力団との代打ちを頼まれる。負ければ身体を売り、何もかも失う。打開するには独自の才能を発揮しなければならない。

 父の影響と、見届人として来た主人公に話したいことがあると言われて返事をするために真剣師として勝負に勝ち、『人は皆、最後は死ぬ。人生がゲームだとしたら勝者になれる人間は一人もいない。だって、最後には皆死んじゃうから。人生なんて無意味なものだよ。だからこそ、私は真剣に生きること――その人なりの意味を見出すことが大切だと思ってる』と彼に答え、独自の才能を掴み取っていく。


 最近はターゲット層が二十代、三十代に移行し、売上減少から十代のラノベ離れもみられるが、ラノベは主に十代を読者ターゲットとしている。

 十代の話題は自分について、抵抗するもの、将来や性の目覚め、アイデンティティーである。なので、本作は十代が抱く、将来どう生きるのかを歩かっている点が、傾向と合致していると思われる。

 賭け将棋をする真剣師という作者独自の着眼点と、他作品との差別かも見られる。

 常人にとってアウトローな世界、生き方はファンタジーであり、憧れや関心事になりうる。

 早い話、なんだろうと興味を引くわけだ。

 しかも登場するヒロインは、どこにでもいそうな女子高生ではない。


「ワンレングスの金髪は数千円で着色されたそれとは異なる天然だ。翠緑色の両の瞳がその事実を裏付けている。しかし髪と目の色が生来のものでも、セーラー服の上に羽織られたスカジャンに下着が見えそうなほど短くされたスカートは、完全に「不良」という二文字に合致していた」

「金色の髪は指で弄ばれるとキラキラと輝き、エメラルドのような瞳は気だるげに細められている。白い肌は外国の血を強く思わせ、血色の良い唇とのコントラストはどきりとするような色気を醸し出していた」

「母親は日本人らしいが、バリバリ外国人顔だ」

 

 海外就労者が入りやすくなったため、日本は移民を受け入れる国に移行しつつあるので、彼女のような子が作品に登場しても珍しくない環境になってきているのが現状。スカジャンを着ていかにも不良という感じの子は、千葉や神奈川にいそうな気がする。

 この「気がする」と思えるところに、本作の現実味を感じる。

 任侠映画などで出てくるなど、真剣師は存在するが、まずお目にかかる機会はない。マフィアや暴力団にしても同様。

 気楽に会える人たちではないが、どこかにいる「気がする」のだ。

 また、なんのために生きるのか答えられないような主人公である。

 そんな学生もいるだろうし、読者もまさにそうかもしれない。

 読者が主人公と共感できたとき、いる「気がする」人たちの現実味が強くなる。


 一番のリアリティーは将棋。本作のウリである。

「少し悩み、定跡通りに飛車先の歩を進める。彼女は角道を空け、7七の地点へと角を移動させる。次いで飛車を振り、こちらが角交換を挑めばノータイムで桂跳ね。奇襲戦法の王様・鬼殺しの派生形、鬼殺し向かい飛車」みたいな対局シーンから、ただの将棋好きとはちがう様相を感じられる。

 かといって、将棋を知らない人は本作を楽しめないかといえば、そんなことはない。

「横歩取りは横歩を取らせることから始まる戦法の総称だ。序盤から飛車角総交換、一手でも読み間違えれば即詰みまでありえる激しい戦いになる。一手目から詰みまで定跡化されているものがあるほどと言えば壮絶さは伝わるか」と説明をしてくれている。おかげで、将棋を知ってる人も知らない人も楽しめるのだ。


 日常から非日常を経て、新たな日常へ帰還する。

 前半は真剣師や賭け将棋する川瀬照子のミステリー要素が強くて受け見がちだった主人公が、「きみってさ――なんで、生きてるの?」と問いかけられたことをきっかけに、主人公の殻を破っていきながら後半は積極的にドラマに参加していく。

 流れが見事である。

 あえていうなら、主人公は自分から率先してドラマを動かしていくキャラではない点かもしれない。

 なんで生きているのかわからない子なので、積極的に物語を動かしていけない。なので、どちらかといえば巻き込まれて運ばれていく感じ。主人公が自らしたことと言えば、はじめに学校をサボったことくらい。あとは、川瀬照子にどうして真剣師をしているのかを尋ねたこと。

 なんで生きているのか、という生きる意欲がはじめからマイナスなので、学校をサボっただけでも、本人にしてみたら一世一代の冒険だったはず。

 そんな彼が、ハーフな彼女と将棋をすること自体が非日常、ありえないことだったはず。そこに「なんで生きてるの?」と本質を問われ、さらにありえないマフィアのボスと会って連れてかれて暴力団と賭け将棋をしている同級生を見届ける。

 こんな体験したら、考え方も生き方も変わる。

 環境が人を変えるというけれど、まさにそう。

 彼女と会えて、真面目に生きてみようと大きな一歩を踏み出すのも頷けるよね。

 

 主人公は、何不自由なく育ったと思う。

 だからといって幼い頃より、ちょっとした冒険や探検みたいな経験を積み上げてこなかったのだ。

 海外旅行に行ったりスポーツに励んだり、切磋琢磨する人たちを一歩、また一歩と後退りしながらみんなから離れていき、遠くから眺めるみたいに頑張ることから離れていったのだろう。

 今回の体験で、ようやく一歩、前に踏み出せたのだ。


「人は皆、最後は死ぬ。人生がゲームだとしたら勝者になれる人間は一人もいない。だって、最後には皆死んじゃうから。人生なんて無意味なものだよ。だからこそ、私は真剣に生きること――その人なりの意味を見出すことが大切だと思ってる」

「人生の意味を当人が見出すものならば、誰に嘲笑されようとも懸命に生きる過程はそれだけで価値がある。意味がある。そして、格好が良いのだ」

「人生がギャンブルのようなものだとしたら、人は皆、真剣師なのかもしれない」

 この辺りが、作者が言いたかったり心情としていることなのかしらん。忘れがちだけど、人は必ず死ぬ。だからこそ、一生懸命生き、人生を楽しむのだ。

 普遍的な考えだからこそ、読者にも響くに違いない。


 主人公は、数千円の自腹で帰ってきたと書かれている。

 スカジャンを着ていることから横須賀辺りを舞台にしていると仮定し、深夜バスで帰ったのかもしれない。


 なぜ生きるかわからない主人公に、川瀬照子は興味をもったか。

 将棋が強かったからと推測される。

「強いね、きみ。面白かったからお金は取らないであげる」

 彼女に負けはしたが、少なくとも、ガテンのおじちゃんや警察官など、何のために生きているのかを持っているお金をかけて将棋をした人たちよりも強かったに違いない。

 だから彼女は、興味をもったのだ。

 出会った次の日に番号を交換し、ショートメールのやり取りをして将棋をするのも、彼の強さを理由を知るため。

 ラスト、ちょっと真面目に生きようと思った主人公の強さに変化はあったのか。

 実に興味がある。

 弱くなっていたら、彼との付き合いは終わるかもしれない。

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