【ホラー部門大賞・ComicWalker漫画賞】『領怪神犯』の感想
領怪神犯
作者 木古おうみ
https://kakuyomu.jp/works/16816700429286418017
領怪神犯特別調査課の片岸代護は、領怪神犯の調査をして回りながら失踪した嫁の実咲を探す物語。
誤字脱字は目をつむる。
タイトルを見て「領空侵犯」の言葉が浮かぶ。
ホラーなんだけれども、ファンタジーである。
第一部と間章まで読んで感想を書きました。
序はインタビューに答える村の住人。主人公は領怪神犯調査の片岸代護、一人称俺で書かれた文体。自分語りで実況中継しつつ、彼が見たものを淡々と描写し、時折感想を添えている。
序はインタビュー、一から三、ないし六までは、調査に来た片岸たちによる村での出来事が語られた短編集。
作品全体でつながりはあるものの、短編オムニバスとして楽しめ、なにより読みやすい。
主な登場人物も、その回に登場する村の関係者一名と調査に来た公務員の片桐と宮本、義兄の六原。井沢と三輪崎。
ホラーより怪奇ミステリーを彷彿させる。怪奇ステリーとの線引は難しいが、恐いミステリーはホラーとなる。本作は怖さも秘めているので、ホラーに該当できる。
また、ホラー作品のラストは主人公が助かるか死ぬかの二つに分かれる。本作は死なないので前者である。
女性神話の中心軌道に沿った書き方をしている。
村は過去、神になにかしらしたことを隠したり秘めたり背負ったりしながら、現在の状況を手に入れている。
領怪神犯の素性を調べるために片岸と宮本らは訪れては村の過去に触れ、やがて確信へと近づき、村の状況が悪化。隠された謎を認めた行動を取り片岸たちが真相にたどり着く。一応の結末を見て彼らは立ち去り、村は新たな姿を求めていく。
また、第一部の物語全体も主人公である片岸の女性神話の中心軌道で書かれている。
実咲が失踪した過去をもつ片岸は、領怪神犯調査の公務員として寒村に起こる領怪神犯を調べ歩いている。
調査をしながら、義兄である上司の六原と関わることで彼の妹であり嫁の実咲を思い出し、やがて昔結婚した実咲と兄の六原が生まれた村での調査を経て、失踪した嫁や同僚の謎を調べに「知られずの神」の補陀落山を訪れる。
彼ら自身も知られずの神に消され、同じように消された人間たちが集まって暮らしている場所で先輩の失踪者と出会い、実咲とも再会する。が、片岸が訪れたのは三度目であり、実咲の故郷の問題を解決するために戻ってきたことを本人は忘れており、実咲から告げられる。今度こそ彼女を連れ戻そうとするも、長く居過ぎただけでなく、故郷にいる神はどうにもできないため戻れないとし、片岸は「またな、実咲」と別れを告げて宮本と元の世界に戻る。
昭和百四年、領怪神犯特別調査課の彼ら天上人の公務は続く。
映画作品には二種類ある。
トンネルの中に入って彷徨うか、抜け出るのか。
本作は、領怪神犯の調査であって起こっている現象や問題を解決していくものではない。調査を終えたらまた次の村での怪異現象へと移っていくので、トンネル内を彷徨って抜け出る後者の作品に該当する。
作風は、SCP(異常な性質を持つ物品、場所、超自然現象、生物を取り扱う秘密機関のそれらを確保、収容、保護するための手引書という設定で作品を投稿する海外発祥のオカルト創作投稿サイト。一言で言えばオカルト的な都市伝説)と閉鎖的な寒村に残る風習を題材にしている。
水木しげるの『鬼太郎』、つのだじろうの『恐怖新聞』などのホラー作品、または海外ドラマの『Xファイル』やギャグシーンをカットした堤幸彦の『TRICK』のような雰囲気も感じる。
領怪神犯とは、「善とも悪とも呼ばず、人知を超えて人間たちの日常に亀裂を入れる、奇怪にして不可侵のおぞましい神々とその奇跡を、領怪神犯と呼ぶ」と最初に定義されている。
九十年代から偶発的に寂れた村々で、群発的に領怪神犯と思しき現象が起きていることが特徴に挙げられる。
片岸の嫁、実咲(当時二十四歳)が失踪したのが二〇〇〇年。
「実咲とは大学の民俗学サークルで知り合ったんだ。そのまま卒業後に結婚した」ので、結婚生活は二年ほど。
なので、大学に入学したのが一九九四年と思われる。
領怪神犯が頻繁に起こるようになったのと六原兄妹が村を出たこと、彼女が「知られずの神」によって失踪したこと、何かしらの因果関係があるのかもしれない。
片岸は三度、「知られずの神」に消された人たちが暮らす場所に来ている。
その度に彼女と会ったことを忘れて戻るなんて、哀しい限りである。
しかも、彼女の故郷の問題を解決したのに、連れて変えることもできなかった。なんと切ないのだろう。
独特な世界観なのだけれども、「俺はスーツのポケットからインスタントカメラで撮った一枚の写真を撮り出す」で、モヤッとした。
一年前に取られた写真。
本作の世界の時間軸はいつなのかしらん。
現在でもインスタントカメラは存在する。が、主流ではない。なので本作の世界の時代が古いのかと思った。でも、九十七年から毎年一つずつ体の一部が落ちてくるといい、すでに十数個の部位が村に落ちていた。少なくとも二十一世紀になっているはず。
なので、現代の世界ではないのだろうと推測。
宮本が携帯ゲームで遊んでいるときに「こんな小さい端末がゲームをするためだけにあるんですよ。電話なんてもっと使うものが持ち運びやすくなったらずっと有益だと思いませんか」と、スマホが存在しない世界に違和感があった。
本作はどこかの時代から分岐した別次元の平行世界、一九九〇年代から分岐してスマホが作られずに今日まで来た世界を舞台にしていると想像した。
その後出てくる、「世界大戦って一次ですか、二次ですか、三次ですか?」「そらあるよ。アメリカも中国もソ連もあるって。ドイツはやっぱり東と西で別々にあるんかな」会話にモヤッとした。
ソ連が崩壊したのが一九九一年なので、日本がバブル時代くらいから分岐し、その当時のまま今日にまで至った世界かもしれない。
また、片岸と宮本のやり取りで「片岸さんは携帯電話持ってないんでしたっけ」「持ってる奴のが少ねえだろ。六原は仕事用のがあるみたいだけどな」「もうちょっと安価で普及してくれればいいんですけどね」から、一九八〇年代から肩に下げる大型の携帯電話が登場したのだけれど、出たばかりの値段はかなり高価だった。
話が進む度に世界観が古くなっていく感じがする。
了で語られた年代が、昭和百四年となっている。
二〇二二年現在、元号の変更もなく昭和が続いていたならば昭和九十七年。
つまり、本作は七年後の二〇二九年の世界である。
領怪神犯特別調査課の主人公らは、どうも天上人らしい。
なので通常の人間ではない可能性が考えられる。税金をもらっている公務員らしいが、どこの誰から集めた税金なのかしらん。天上人かな。
『辻褄合わせの神』の回で片岸が口にする、「神、空にしろしめす。なべて世はこともなし」は、上田敏の訳詩集『海潮音』(一九〇五年)の中で愛誦される詩の一つ、イギリスの詩人ロバート・ブラウニング「春の朝」からきている。
時は春、
日は朝(あした)、
朝は七時(ななとき)、
片岡に露みちて、
揚雲雀(あげひばり)なのりいで、
蝸牛(かたつむり)枝に這ひ、
神、そらに知ろしめす。
すべて世は事も無し。
英語版は
The year's at the spring
And day's at the morn;
Morning's at seven;
The hillside's dew-pearled;
The lark's on the wing;
The snail's on the thorn:
God's in His heaven --
All's right with the world!
詩の背景は、『一年一度の休日にピッパが「アソロで最も幸せな四人」と思っている家の前を通る。そのうちの一人、オッティマはピッパの工場のオーナー夫人で情夫と結託して夫を殺したところで二人は口論中だった。ピッパの屈託のない歌声と詩の内容に情夫は心を動かされ、犯した罪の重さを悔やむ。その傍を通る少女ピッパのうたう歌詞』それがこの詩。純朴な少女が歌う世界の美しさと罪深さの対比が描かれているのだ。
小説『赤毛のアン』の最後で「神は天にいまし、すべて世は事もなし」と同じであり、エヴァンゲリオンのNERVマークの下の文字 「God's in His Heaven,all's right with the world」も由来は同じ。
人間の世界は色々と不幸だが、天から見れば大したことではない。どんなに喜怒哀楽のるつぼに身をすりつぶされようと、空をはじめ自然はそんなことには頓着せず悠々と広がっているではないか。というような介錯もある。
片岸が天上人なら、哀れみや慰めのようにも聞こえてくる。
宮本が元いたのは、宮内庁の前身かもしれない。
宮内庁の前身は一八六九年(明治二年)に設置された宮内省。だが、一九四七年(昭和二十二年)の宮内省の廃止に伴い宮内府の設置。一九四九年に現在の宮内庁となった。現在は内閣府の外局となっている。
なので、宮内府、または宮内省にいたと思われる。
そう考えると、彼らの年齢はいくつなのかという疑問がうまれるが、天上人は不老長寿なのではと推測する。
現代とはかけ離れた世界観の物語だけれども、すべては「辻褄合わせの神」の仕業かもしれない。
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