カクヨム賞 『ヘルプ』の感想
ヘルプ
作者 66号線
https://kakuyomu.jp/works/1177354054934090846
大気汚染拡大からマスク無しでは外出できなくなった世界に生きる主人公は、祖父の魔法時計を使って、人前で発表するパフォーマーの彼を抱きしめにいく物語。
本作は企画物で、『料理研究家リュウジ×角川食堂×カクヨム グルメ小説コンテスト カクヨム賞』を取った作品。審査に際し、最も重要視した点は「いかに料理がおいしそうに描かれているか」「料理を注文した後、その料理の登場する小説を読みながら、いつ自分のもとへ届くのかとワクワクしてしまう物語を選んだ」とあります。
SF現代ファンタジー。
一人称、私で書かれた文体。状況の説明と私的な感情や考え、主人公が見聞きし体験したことが綴られている。
コロナ禍を体験している私達には想像しやすいような遠い未来、地球は大気汚染が進んでマスクなしでは外出できなくなった世界を描いている。
料理はどこにあるのだろう。
いや、ある。
奇抜で気取った食材をつかった特別な料理が大事なのではない。
何気ないバプやカフェでの談笑風景こそが完璧な世界、あるべき姿であり、何よりも尊いのだ。
女性神話の中心軌道で描かれている。
行きたい時代に自由に行けるという、祖父がくれた魔法時計を隠し持っている主人公は、三十年前より大気汚染拡大からマスク無しでは外出できなくなった世界に生きている。
あるとき主人公は、かつて人前で発表するパフォーマーの仕事をしていた彼のツイッターの「俺たちは騙されている。国連政府のやることはまるで科学的根拠がない」「マスクなんかいらない。あんなものは今すぐ外すべきだ」「空気感染もヒトからヒトへの感染も科学的根拠はない。国連政府は何も分かっていない。考えてみてくれよ。気の遠くなるほどの年月、彼らや自称科学者たちの指示する通りにやってきて何か良くなったと思うかい?」やるせないつぶやきを目にし、彼を抱きしめたくなる。
主人公は魔法時計を使って、大気汚染が起きる前の世界で活躍する彼の姿を見ていたのだ。
マスク無しでは吐血して新たな病気を生んで空気感染を起こしてしまうため、対人接触が避けられている世界ではメディアが衰退し、紙の書籍がなくなってしまった。が、祖父の書店に残っていた小説を読んでみるも、書かれているマスクのない世界の物語を想像するだけ無駄だと放り捨てて眠り、夢の中で自由に歌って踊り、楽しむ。
レコードを聞きながら、鏡に映る彼と語り、踊る。
いつしか公衆浴場に浸かっており、露天風呂を探しに扉を開けて身を乗り出せば宙を飛び、水中を泳いでいる感覚を覚える。マスクをしていないのに外にいて、カフェで誰がも楽しく過ごす光景が広がっていた。
すべてが夢だった。だが主人公には近い将来起こる出来事だという確信があった。浄化された水に満たされた中で、水中でも呼吸ができるようになり、新しい世界で人類はふたたび自由に楽しむ日々が来る。
魔法時計を使って過去に戻り、彼がなくなる前に行って今度こそ抱きしめてあげようと魔法時計を動かすのだった。
祖父の魔法時計は誰が作ったのだろう。
祖父の発明かもしれない。
この魔法時計がなければ、主人公の彼女はパフォーマーである彼に思い入れることができなかっただろう。
この魔法時計はインターネットの比喩かもしれない。過去の世界に飛べるわけではないが、映画を見るように、手軽に過去の記録映像や画像、知識などがインスタントにわかったような気になれる。
交流を絶たれた世界で、スマホやネットなどの外界を知る手段がなければ、人はますます孤立し、孤独死を迎えるだろう。
スマホやネットが普及している現代でさえ、それは起きている。
主人公の手元に魔法時計がなければ、寄り道できなくなったとボヤく上司や、「人様に見てもらえてナンボ」の職業に就いている人たちと同じく、もしくはそれよりも早く、やるせなさに押しつぶされてしまうだろう。
「首から上だけを同じような格好にして電車に乗り込む」とあるように、外出時は宇宙飛行士みたいな頭からスポッと被るタイプのマスクをつけているという。
公共交通機関の電車が走っていることがわかる。
バイクのフルフェイスマスクみたいなのをかぶった人たちが座席に座り、吊り革につかまっている姿を思い浮かべると、容易に隣の人とヘルメット同士ぶつかりあって、衝撃音が響きそう。
「宇宙飛行士みたいな頭」とあるので、相手の顔は恐らく見えないような状態になっていると推測される。宇宙は紫外線などが飛んでいるため防ぐために薄い金が塗られている。同じような作りをしているのかもしれないとなると、このマスクはかなり高額と思われる。 赤ちゃんはどうするのだろう。
子供の頃からかぶるのだろうか。
家の中は外してもいいのだろうか。
鼻や口から息を吸い込み肺で酸素を取り込むけれども、人間は皮膚呼吸もしているので、頭をすっぽり覆うだけで大丈夫なのかと考えてしまう。
病気なら肺に入ってこないようにするのはわかる。大気汚染だってそうなのだけれども、この世界の大気汚染の酷さがどういったものかによると思われる。放射性物質は含まれていないかもしれない。
外出時は、バイクに乗るときのようにフルフェイスマスクをつけるのは百歩譲るとして、学校とか職場とかに入っても脱げないとなると、かなり辛そう。
首や肩コリが流行る。年配になると、腰痛も悪化しそう。
他の動物は? 植物は?
外にあるものが全てダメだとすると、栽培はすべて工場になるのだろうか。食糧事情は困難さを極めそうだ。
なので、おそらく建物内は浄化された空気のおかげで、ヘルメットは外せると思われる。「マスクなしでは外を歩けなくなった」とあるので、外に出るときに必要になっただけだろう。
「スズメが鳴く音で目が覚めた」とある。
鳴き声ではなく「音」なのだ。目覚まし音が雀の鳴き声なのか、それとも、朝になると設置されている公共スピーカーから雀の鳴き声が流されるのだろう。
「国連政府が定めた時刻までに帰宅しないと目玉が飛び出そうなほど高額な罰金が科せられるため、寄り道は一切できない」とあるので、決まった時間に決められた音楽を流し、それにあわせて行動するように定められていると推測される。
「何人の飲み友達を失ってしまったことか」とあるが、少なくとも夜の営業はすべて壊滅したと思われる。
しかも三十年前の「血の東京」を境に激変したと思われるので、この上司は六十代くらいかもしれない。
祖父から魔法時計をもらたとき、「覚えておくといいよ。大きくなったら魔法時計と、その呪文を使う日が来るから」といっている。
ということは、そのころはまだ、ヘルメットマスクをしていなかったとおもわれる。
ということは、主人公は三十代後半から四十代くらいと推測。
祖父がそんなことをいったのは、ひょっとすると魔法時計を使って未来を見た事があったのかもしれない。
鏡越しで、主人公は彼と話している。
鏡という名のテレビ電話だ。
ここのやり取りは夢だと思われる。
夢かもしれないけど、祖父が残してくれた鏡かもしれない。
どちらかわからないけれども、ラストで彼を抱きしめに行こうと過去へ飛ぶことを考えると、鏡越しでレコードをいいて踊り合うのは実際にあったことだと思われる。
スマホはあるのに、テレビ電話はないのかしらん。
おそらくこの魔法の鏡はリアルたいむではなく、自由に時間設定もできて、相手と話せるのだろう。まさに魔法の鏡である。
シー・バングス・ザ・ドラムスは、ロックにダンスとトリップの感性を融合させたイギリスのロックバンド ザ・ストーン・ローゼズのファーストアルバム「The Stone Roses」に収録されている曲。
主人公の、「浄化された水で世界が満たされ」「水中でも呼吸ができるよう」「新しい世界に適応するために人類は再び変わる」という発想は、人類が魚人間になるということだろう。
水中だと、どこまでも水なので常にお風呂につかっているようなもの。水中では飲食を自由にするのは難しいので、それはそれで別の問題が生まれそうなのだけれども、邪魔なマスクを外して好き勝手におしゃべりできるのは、抑圧された世界の人にとってはまさに夢のような世界なのだ。
この夢のような発想、いつかはそうなるという思い、気持ちを医大からこそ、「彼がいなくなる五分前に戻ろう。彼に会いに行こう。今度こそ彼を抱きしめてあげよう」と思ったのだろう。
ツイッターでつぶやいていた彼はもうなくなっているのだ。
過去へ行くといっても、マスクをしなければならない世界だとおもう。それでも彼を抱きしめてあげたいのだ。
人は画面越し、鏡越しではなく、直に触れ合ってこそ癒やされるのである。
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