カクヨムWeb小説短編賞2021

【短編小説部門】短編賞『幼馴染シンドロームの処方薬』の感想

幼馴染シンドロームの処方薬

作者 稀山 美波

https://kakuyomu.jp/works/16816927859538725892


 飛島飛鳥と小牧小町。幼馴染である二人の罹った『幼馴染シンドローム』克服のためにキスする物語。


 第四回カクヨムweb小説短編賞2021において、

「短編賞を受賞した三作品はストーリー展開、キャラクター、文章力などが高いレベルでまとまり、小説として完成度が高く、なおかつコミカライズでさらに輝くポテンシャルを持っていました」

「短編特別賞の九作品はいずれも秀作で、わずかの工夫や見直しで短編賞を受賞した可能性がありました。作者の皆さまは力量十分ですので、次回にぜひ捲土重来を期してください。短編小説を書く方には参考になる作品ばかりなので、ご一読をおすすめします」

「コミックフラッパー奨励賞の一作品は短編小説としての完成度という点で他の受賞作と比較した場合、一歩足りないところはありますが、映像が情景として浮かびやすく、この物語を別の媒体で読みたいと思わせる作品でした」

「新設の実話・エッセイ・体験談部門では、七作品が短編特別賞に選ばれました。独自の経験、体験談を見事にアレンジし、読み手に届けることに成功した作品ばかりです。新しい知識が面白く得られる作品から、涙なしでは読めない感動の作品まで、幅広いラインナップとなっています。フィクションとはまた違った角度から、読む楽しみを味わわせてくれる作品ぞろいではありましたが、コミカライズという点では適さない部分もあり、惜しくも短編賞は該当なしとなりました」と総評されています。

 本作『幼馴染シンドロームの処方薬』は、「登場人物の会話に個性とセンスがあり、青春の繊細な感情に触れられる作品」と評価されています。


 飛鳥と小町の掛け合いが面白い。

 むしろ本作のウリであり、キモは会話にある。

 ラブコメ漫画を彷彿させる。


 主人公は十七歳の高校生、飛島飛鳥の一人称俺で書かれた文体。自分語りの文体で、描写は少なく、大部分を飛鳥と小町の会話で物語が展開していく。全四話からなり、各話冒頭と終わりには「飛島飛鳥と小牧小町は、幼馴染である」といった三人称神視点的な枕詞が掲げられている。漫画でいう箱書きみたいなナレーションと思われる。


 飛鳥と小町は、女性神話の中心軌道で書かれている。物語全体としてはメロドラマのような中心軌道、互いで乗り越えなければならない障害が用意されていて、障害を克服することで少しずつ前進していく。また、恋愛ものとしても描かれており、出会い→深め合い→不安→トラブル→ライバル→別れ→結末の流れに準じている。


 相手のことが好きなのだけれども素直になりすぎて感覚がわからなくなってしまい、二人は幼馴染という関係にいる。

 クラスのみんなから、幼馴染の飛鳥とは付き合っているのか聞かれた小町は「付き合ってない」と答えるものの、「でも好きなんでしょ?」と聞かれて答えられずにいた。

 生まれたときから一緒にいる二人だから互いを思う気持ちがわからない疾患、通称「幼馴染シンドローム」に罹っており、幼馴染特有の病克服のためには荒療治が必要という考えに至る。

 付き合ったあとのことを想像するために互いの好みを洗い出し、飛鳥の引き出しの二重底に隠されたエロ本には『清純派美少女大特集~〇〇小町たちの××な一面~』があることを事前に知っていた小町は、エロ本のタイトルを電話で報告させることで彼に、深層心理では自分を異性として見て欲情していたことを再認識させた。

 だが、飛鳥が隣のクラスの女子に告白されて唇まで奪われる現場を小町は目撃してしまう。嫉妬から彼にキスを求めるもしてくれず、その子と付きあうんでしょと尋ねると、付き合わないと返事。「お前以外とそういう風になるって違和感があるというか、想像できねえっていうか」小町が好きだと認める発言をする。

 結婚して子供ができた時のことを語り、二人が結ばれた未来を想定した対話療法、二人でデートを敢行する実地訓練、互いの感情をさらけ出す心理的アプローチなど数カ月に及ぶ期間を経て飛鳥から、異性として見れるかわからないけど誰かに取られたくないから付き合おうと告白され、小町は百点満点中二点をつける。それでも彼にキスすると、「レモンの味がした」と彼は感想を漏らした。

 

 特徴は二人の掛け合い。

 諺など、言葉遊びが多分に見られる。

 ボケとツッコミではなく、ボケにボケを返す。

 三人なら止める人間がいるが、二人なのでボケ倒すことになる。

 二人は互いに好きで一緒にいるのに幼馴染のままマンネリ化してしまった原因こそ、ボケボケコンビだからではないかと推測する。


 使われているネタ(?)から、登場人物が二〇二二年現在の十七歳の高校生とは思いにくい。夫婦漫才はわかるかしらん。

 諺、同音異義語ネタ、漫才、落語、AIネタ、ドラゴンボールやドラクエネタ、ゲームネタ、エロ本、フェチ、二ちゃんねる用語。

 作者が持っている知識が濃縮された形で表現されている。三十代以上がわかるネタで書かれているのだけれども、扱っているネタ幅が広いので、必ずしも下の年代に受けないわけではない。

 本作を楽しめる世代は、銀魂世代と思われる。

 銀魂を楽しんで見続け、終わる終わる詐欺に引っかかってもめげずに映画館で『銀魂THEFINAL』までみた人ならば、充分に楽しめるのが本作だと思う。


 藪から棒から展開するヤブカラボーのCMにまで発展するノリは、漫才の掛け合いを思い出させる。そう思わせておいて、「幾度となく、カップルだの夫妻だの夫婦漫才師だのと呼ばれてきた俺たちだ」と書かれている。

 漫才をやっているような掛け合いがうまく書けているからこそ、夫婦漫才師の言葉が生きてくる。

「クラスの奴らになんか言われたんだろ」「なんか、って?」のあとの、なんかに類似する言葉「軟化」「南下」「難化」が三回出てくる。三回のリスムが大事。

「耳にできたタコに自我が芽生える程度には」といった、諺をさらに過剰にした表現は大喜利か。 

「ラブなのかライクなのか」「ラブとかライクとか通り越して、もはやライフなんだよ」「もはやライブなんだよ」というネタは、幼馴染のラブコメではベタといえるほどよくみる。みるんだけど、ラブ、ライク、ライフ、ライブと畳み掛けていくリズムがいい。

「話が進まない! 水差すのやめてよ!」「油は差していいか?」「その発言が! 既に! 差してるんだよ! 油を、火に!」

 これも、使い古されたネタ。だけど、そこに「油を差すべきは、あるいは彼女の口の中だったのかもしれない」と、ネタを加えていく。流用で終わらず、作者ならではの工夫が見られるところが凄いと思うし、見習うべき点だと思う。

「よおし、いっちょ手でも繋いでみっか」これは、ドラゴンボールの悟空が元ネタでしょう。

「ぐぬぬぬ」は『二次元裏@ふたば』で流行っていた言葉「ぐぬぬ」で、やりこめられたり悔しがっているたりしたときに漏らす声を表したもの。インターネット上ではコラージュ画像のネタとして用いられる。

「唐変木の朴念仁のポンポコピーのポンポコナーの超重症の超スケベ!」落語の寿限無からきている。

「ああああ!?」「テキトーに名前つけたRPGの主人公かよ」クスリと笑えるのは、ドラクエ世代かと。

「親子三人、丸の字で寝るのが夢なんだよね」「一人寝相が最悪の奴がいるな」「もう飛鳥ったら……ちゃんとハネなきゃ減点だよ?」「やっぱり二画目俺かよ」川の字になって寝るのは今でも通用する。

 子供の命名の掛け合いは漫才。ここでも三回くり返す。しかもそれぞれ別の笑いをつくっている。

「デートを舐めるな! ここは既に生きるか死ぬかの戦場だ!」「デート・オア・アライブってか」格闘ゲームのデッド・オア・アライブが元ネタか。

「返事はイエスかサーだ! わかったか!」「さあ?」について。

 真面目に答えると、イエッサーは「了解しました」という意味。

 サーを日本語にするなら、「お客様」「殿方」と言った感じで男性に対してつける敬称。なので、女性には使わない。

 小町に対して返事をするならば、イエスマームという。とはいえ、小町はまだ十代なので、ヤングレディー、ガール、リトルガール、スイートハートが適応かもしれない。でも、本場ではどれもちっとも敬っている感じがないらしい。気軽に使うならメイトかもしれない。だけれども、ここは正しい意味を求める試験ではないので、「さあ?」と返すために「サー」でいいのだ。


 相手の好きなとこを褒め合うのは、対にしている。また、全体からみると、リフレインを用いていて、一話につかったヤブカラボーが二話に出てきたり、同音異義語ネタは一話と四話に出てくる。


 キスが「レモンの味」というベタなネタで終わるのだけれども、あの手この手と様々な掛け合いで笑わせてきてくれていたので、最後にベタなものを持ってきて落ち着くという選び方は、考えられていてうまいと思われる。

 ちなみに一九六二年、デューク・エイセスが歌った『おさななじみ』の歌い出しに「幼馴染の想い出は 青いレモンの味がする」とある。作詞:永六輔、作曲中村八大。

 また同年、ナンシー・シナトラが発表した楽曲『レモンのキッス』があり、作詞作曲はディック・マニング。日本でも日本語の訳詞でカバーされて発売。日本語版は森山加代子、ザ・ピーナッツ(訳詞:みナみカズみ、編曲:宮川泰)、伊藤アイコ(訳詞:水島哲、編曲:寺岡真三)らの競作だったが、ザ・ピーナッツ版が最もヒットした。ここから、キスはレモン味と言われだしたと思われる。

 ちなみに歌詞をみると、本作に合うかもしれない。


 恋をした女の子 誰でもが好きなこと

 目をとじて しずかに待つ 甘いレモンのキッスよ

 フレッシュで かわいくて ちょっぴりとすっぱいの

 青空の下で育つ あまいレモンのキッスよ


 もしも 彼がやさしくて 親切なら そして 彼を心から 好きならばね

 そっと 目をとじて レモンのキッスを


 二人でね 同じこと 同時にね 言っちゃった

 そのことば もちろんよ とても あなたが大好き

 心から好きならばね


 ラストに飛鳥が告白し、「小町も満更ではないのかもしれない。これはチャンスだ。いけ、飛島飛鳥。勝負を決めろ」と、自身に言い聞かせるにも関わらず、「飛鳥は私のこと、異性として好きだって気が付いたんだ……?」彼女の問いかけに「いや全然」と答え、「何というか、あれだ。言葉を間違えたかもしれない。赤みがかった小町の顔に青筋が立つのを、確かに見た」と、自分の過ちを俯瞰している。

 なぜすんなり勝負を決めず、煮え切らないまま彼女からキスをされて終わるのか。

 本作はラブコメだからだろう。

 長くラブコメ作品を書いてきた高橋留美子先生も、ラブコメは二人がくっついたら終わる、と言っている。

 飛鳥と小町も、あと十年はこんな調子が続いて結婚しないのでは、と推測する。二人が結婚するなら外圧、遠距離になるとか友人知人が結婚していくとか、親が死別するとか、何かしらきっかけがないと難しいのではと思えるのは、読者の勝手な想像である。

 

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