カクヨム賞 『真夜中のスープ屋台は今日も青空』の感想

真夜中のスープ屋台は今日も青空

作者 千尋谷 ケイ

https://kakuyomu.jp/works/16816927860776108665


 喧嘩して家を出てきた主人公は、見つけた屋台でラムスープとおにぎりを食べながら、ガチャガチャで金運の猫のひげを引き当て、楽しいひと時を過ごした物語。


 本作は企画物で、『料理研究家リュウジ×角川食堂×カクヨム グルメ小説コンテスト カクヨム賞』を取った作品。審査に際し、最も重要視した点は「いかに料理がおいしそうに描かれているか」「料理を注文した後、その料理の登場する小説を読みながら、いつ自分のもとへ届くのかとワクワクしてしまう物語を選んだ」とあります。


 喧嘩したときはスープが大切だ。

 凝り固まった考えや気持ちを解きほぐすには、時間が必要。

 美味しくて温まるスープがあれば、なおさらほぐれやすくなる。

 そんなことを思い出させてくれるお話だ。


 一人称私で書かれた文体。状況描写と実況中継ですすんでいく。ちょっとしたミステリーの雰囲気がある。

 女性神話の中心軌道で書かれている。

 喧嘩して家を出てきた主人公は、何処かで飲んでほろ酔い状態にある。始発までカラオケ店で時間を潰そうと思っていた所見つけた屋台に足をすすめる。

「ウールを着るスープ」と看板に書かれた不思議な屋台で、話をしながらスープとおにぎりを注文。財布から出てきた五百円玉でガチャガチャが引けると言われてまわすと、ショップカードが出てくる。店の名前「ひとにたち」と「週末、夜にご提供」と営業時間が書かれた裏には、金運の猫のひげが貼られていて、大当たりらしい。

 ラム肉で体を温めるスープ心も温まったで主人公は、今度は二人で来ようと思いつつ家路につくのだった。

 あるいはメロドラマに似た中心軌道かもしれない。

 主人公にはクリアしなければならない障害という名の謎が用意されている。主人公一人ではクリアできない。謎が謎を呼び、謎が解ける度に新たな謎が現れ、謎が解明されることで前に進むようになっている。


 冒頭、主人公は酔っていて、帰宅するでもなくまだ何処かの店へへと行くつもりということしかわからない。わからないまま、更に謎の屋台を見つけて足をすすめる。屋台としか言いようのない見た目なのに、暖簾はないし、色は白で、キャンプのランタンが灯っているという。近づけば、何かしらの草の匂いが漂い、看板には「ウールを着るスープ」と、謎が謎を呼んでいく。

 何の屋台なのか、客も教えてくれず、わかったのは夜十時に営業していること。そして、味見のスープがいただける。ようやくスープ屋だとわかるも、おにぎりもあるという。

 支払おうとすると目の前のガチャガチャがあり、五百円玉で支払う場合は無料で引けるという、またしても謎システム。

 ガチャガチャを引けばでてきたのはショップカード。ようやく店名がわかったところで、謎が一つ一つ明かされていく。

 スープに入っていたのはラム肉であり、「火を通すと、一回固くなる」が、「じっくり時間をかけて煮込むと、とろけるような柔らかさになって、骨からするりと外れ」「骨ごと煮込んで、自然に骨が外れるくらい煮込んだスープ」だとわかる。

 しかもカードの裏を見てほしいと、股謎めいたことを言われてみると、猫のひげが張り付いている。謎なのだけれども、大当たりでお財布に入れると金運アップという。

 最後に、主人公は喧嘩して家を出てきたことが明かされる。ウールを着た心を抱えて帰っていく。


 ガチャガチャを引いた辺りで、前半受け身だった主人公が攻勢に転じていく。

 いいたいところはラム肉のスープの下りだろう。これは比喩であり「火を通すと、一回固くなる」というのは、熱くなって喧嘩するとお互い意固地になるということで、「じっくり時間をかけて煮込むと、とろけるような柔らかさになって、骨からするりと外れ」「骨ごと煮込んで、自然に骨が外れるくらい煮込んだスープ」解決するにはじっくり時間をかけて話し合うことが必要だと暗示しているのだ。

 また、このお話全体が、主人公の固くなった心に対して、数々の謎を与えては解明することで心もほぐれて柔らかくなっていった。だから最後、喧嘩していた家に帰ることができたのだ。

 喧嘩したとき仲直りには、コーヒー一杯を飲む時間が必要だともいわれるように、本作も夫婦喧嘩したときはラム肉のスープを作るように時間が必要だと説いているのだろう。




 

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