カクヨム賞 『はなのごはん』の感想

はなのごはん

作者 ユト

https://kakuyomu.jp/works/16816927861500887959


 食事に無頓着な白戸百合子は近所にできた飲食店『はなのごはん』で店員からのオススメ『はなの幸せクローバーセット』を購入、自宅で食べて元気を取り戻し、また行こうとおもう物語。


 本作は企画物で、『料理研究家リュウジ×角川食堂×カクヨム グルメ小説コンテスト カクヨム賞』を取った作品。審査に際し、最も重要視した点は「いかに料理がおいしそうに描かれているか」「料理を注文した後、その料理の登場する小説を読みながら、いつ自分のもとへ届くのかとワクワクしてしまう物語を選んだ」とあります。


 三人称、神視点と白戸百合子視点で書かれた文体。容姿や彼女の行動などを淡々と語っている。

 メロドラマと同じ中心軌道で書かれている。

 食べることに興味があまりない主人公。彼女だけではクリアできない障害が用意されている。漂う匂いに夕刻なのに気づき、開花から聞こえた声に外に目を向けさせ、飲食店ができたことを目視で確認。空腹に気づくも、たまにはちゃんと食べようと気持ちが変わる。

 老夫婦と話したことで店員と目が合うも、久しぶりの会話に気が引ける。が、店員から声をかけられ、「今、何色の気分ですか⁉」と聞かれる。

 やり取りの末、『はなの幸せクローバーセット』を勧められて購入。帰宅すると、普段とは違う行動をしたことで、レンジで温めてテーブルで食事をし、久しぶりの味噌汁を食べ、茶碗牛や宝石箱のように詰められた弁当を食べて、おまけのラムネを食べて満足し、また行こうと思うのだった。


 冒頭、「三十代もまだ辛うじて前半だというのに、肌のハリは既にない。それどころか、口周りには小さな吹き出物が出ていた」とある。年令に関係なく、吹き出物はできる。口周りにできる場合は胃腸が悪かったり、ビタミン不足も考えられる。

 肌のハリに関しては、食事や生活習慣、運動不足から来ることが多い。タンパク質を多めにとったり早く寝てゆっくり起きるのが体にいいとされるし、筋トレやストレッチなど適度な汗をかくことも大切とされる。肌のみずみずしさは、水で顔洗うときは数回洗い、ゴシゴシ吹かずに押し当てる感じで水気を取るのがいいときく。

 紫外線対策も必要だ。常に室内にいるとはいえ、窓から日差しが差し込んでくる以上は紫外線も入ってくる。たとえ紫外線対策をしたり、室内にこもっているから日光を浴びない、あるいはUVカットの窓だったとしても、今度は日光が足らずビタミンD不足となり、病気になりやすくなってしまう。外出が少なければ、そういう問題もでてくる。

 それらのことを、主人公の彼女はしていないのだろう。「ゴミ出しと最低限の食料を確保すること以外、家から殆ど出ることがない」「狭いアパートの一室で、彼女は朝起きてから眠るまで、パソコンのモニターに向かい、ネット上で受けた仕事をツラツラとこなす。そんな代わり映えのない日々」が彼女の日常だから。


 不健康さから抜け出したい、痩せたい、きれいになりたいと誰もが思っている。若い女性ならなおさらで、それでも自分ではなかなかどうにかできることではない。

 そんなとき、彼女の鼻孔をくすぐる。

 そして聞こえる声。

 それらが彼女に行動を起こさせ、「重たい体を少しだけ窓から乗りだ」して目視で確認している。そして空腹に気付かされ、「山盛りになったカップ焼きそばと固形栄養食から、いい加減に二つ掴む」のだ。

 インスタント食品と健康補助食品が、彼女の食事なのだ。

 ラーメンではなく焼きそばなのは、スープを飲み干すのが健康に悪いと思っているから、なのかもしれない。

 

「少し天井を見上げた後、手に持っていたものを元の山に戻し」て、ちゃんと食べようと考え直させたのは、彼女の考えではなく、匂いと声と目で、新しい飲食店ができたからだろう。


 彼女は階段を下り、「一階の軒先には、幾つかのライトが飛び出ていた。新しく出来たばかりだというのに、どこか古臭い印象を受ける」とあるように、一階にできた店らしい。

 彼女はアパートに住んでいる。

 マンションならわかるのだが、アパートの一階に飲食店ができるのかモヤッとした。でも、できたのだ。


 年老いた男性に声をかけられ、「俺は、もう、出来てから毎日通ってるんだけどよ。花ちゃんのメシは美味いぞお。カミさんのメシを思い出す」といっている。つまり、すでに彼は何度もこの店を利用しているということになる。

 住んでいるアパートの一階にできたなら、毎日部屋にいるのだし、今日のように外から声が聞こえ、匂いだって漂ってきてもいいはず。なのにそれがなかったのはなぜだろう。

 おそらく、PCの作業中はイヤホンやヘッドフォンで音楽を聞いていたのだろう。匂いに関しては、コロナ禍でマスクをしていたり、換気には換気扇を回していたのかもしれないし、寒さや花粉症で窓を開けないように気をつけていたため、工事後も窓を開けないような生活をしていたのではないかしらん。

 ゴミ捨てや買い物に外に出る事があったのに気づかないのかという問題は、おそらく飲食店が開店して一週間くらいしかまだたっていないのかもしれない。

 開店から今日まで、この老人は毎日利用していれば「出来てから毎日通ってるんだけどよ」といえるわけだ。

 たとえそれが開店から三日しかたってなくとも。なので、この老人の発言はおかしなところはないのだろう。

 あるとすれば「カミさんのメシを思い出す」だ。

 一緒にカミさんと買いに来ているのに、である。

 ボケていないようなので、考えられるのは、この店で出されている惣菜は老人のカミさんが作っているか。あるいは、この老夫婦の娘や孫、あるいは息子の嫁が作っているか、だ。

 後者だとするなら、気になって毎日通い、はじめてきたという主人公に店の宣伝をして、これからもお客さんとして利用してもらえるよう広報活動をしたのだろう。カミさんも一緒にいるのも、二人して様子を見に来たのかもしれない。

 

 店員の「今、何色の気分ですか⁉」には、主人公でなくとも戸惑いを覚えるかもしれない。「何かを食べたい時に色が浮かぶことってありませんか? 赤はスタミナとか! 青はさっぱり系で、ピンクは甘くて幸せなデザート、みたいな!」 

 色はイメージなので、人ぞれぞれ考え方が違う。スタミナは茶色という人もいるだろうし、さっぱりは黄色、ピンクは肉や魚という人もいるかもしれない。それでも、この店員さんは、色から相手の気分を読み取って、料理をおすすめすることができるらしい。

 カラーセラピーのように、人の無意識下の領域から、体が本当に求めているものを選ぶ手法はあながち間違ってはいない。


 主人公が店員に「まあ、分からないですけど……今は、優しい緑って気分です」「こう言う見た目なんで誤解されるんですけど。基本的には、お腹さえ満たせれば何でも良いんです。ただ、今日は良い匂いがしたんで、ちゃんとご飯を食べようかなと」語る辺りが、これまで受け身だったところ攻勢に転じるシーンだ。

 小さな殻を破り、自分で意思決定する瞬間でもある。

 これまで人と話してこなかった彼女が、自分の考えや気持ちを、初めて会った店員に話をしている。小さな殻を破ったシーンとしてわかりやすい。

 ここから、読者の皆さんは感情的にどうなるんだろうとワクワクして読みすすめてください、という合図。

 二人のやり取りのあと、オススメを購入し、おまけのラムネももらって帰宅。


 電子レンジが前の住人が置いていったもの、とある。そういうこともあるのだと思った。

 

「たまにはテーブルで食べるか」

 つまり彼女は、普段はPCの前で食べているのかもしれない。PCは机の上にあるのだろうか。

 味噌汁、茶碗蒸しと食べ勧め、最後のおまけのラムネを口に入れて満足した彼女は「また行こう」となる。

 つい先程、店員に「基本的には、お腹さえ満たせれば何でも良いんです」と語っていた彼女が、である。


 食べ物は五感で味わう、という。

 インスタント物で済ませてきた彼女は五感を感じず、食事は作業の一つに過ぎなかったのだろう。それが今回のことをきっかけに楽しめるように変わったのだ。

 こういう食事を続けていると、今度は誰かと食べたいとなるのかしらん。


 

 

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