カクヨム賞 『元気になる前のご飯』の感想

元気になる前のご飯

作者 @mika33mori

https://kakuyomu.jp/works/16816927861567384586


 旦那に浮気され実家に出戻ってきた私は、出迎えてくれた兄の作った、くたくたおうどんと牛乳寒天を食べて元気を取り戻そうとする物語。


 本作は企画物で、『料理研究家リュウジ×角川食堂×カクヨム グルメ小説コンテスト カクヨム賞』を取った作品。審査に際し、最も重要視した点は「いかに料理がおいしそうに描かれているか」「料理を注文した後、その料理の登場する小説を読みながら、いつ自分のもとへ届くのかとワクワクしてしまう物語を選んだ」とあります。


 意味ありげなタイトルが付いている。

 どういう意味か読んでみなければわからない。


 主人公私で書かれた一人称の文体。自分語りで実況中継で進むも、描写や説明は最小限にとどめている。あるシーンを切り取ったような作品。

 女性視点の中心軌道で書かれている。

 東京暮らしの主人公は、旦那に浮気されて戻ってきたことを伏せて、平日に帰省してきた。

 誰もいないと思っていたのに役所づとめの兄がいて、ご飯を作って出迎えてくれた。東京暮らしの主人公は、実家に暮らしていた頃の兄妹の関係へと戻っていく。

 旦那と別れて戻ってきたことを兄に告げ、「妹の一大事には、兄として頑張らんと」と旦那をぶん殴ってやろうというも、「いいよ、このうどんで十分。あとこの牛乳寒天!」と諌める。

「風邪はすぐ治る。元気になったら考えりゃいいさ、これからのことも」といってくれた兄のうどんと牛乳寒天をたべた主人公は、元気になったら田舎でなにをしようかと心はずませるのだった。


 田舎は都会と違って横の繋がり、顔なじみでなりたっているところがある。なので、平日に役所づとめの兄が家にいて出迎えるために、同僚の先輩が気を利かせてくれたのだ。しかもしれを主人公も「きっと定年間近の磯上さんだ。私と同年代の娘さんがいるから、余計に気にかけてくれるのだろう」と承知している。それだけ、主人公の暮らしている田舎は村のような共同体なのだろうと推測する。


「お兄ちゃん、また太った?」

「あー、久しぶりに会ってひどいなぁ。でも正解だぁ」

「あんまり太ると、田舎のおじさんみたいだから気を付けなね?」

「俺はもう、田舎のおじさんだ」

 この会話は、現実味があっていい。

 ここから兄の年齢が三十以上だと推測される。

「妙齢の女性とはご縁がないせいで、いまだに恋人はいないようだけど」というのは田舎ではよくある話。ただでさえ子供が少なく、大人になると都会に行ってしまう。帰ってくる子も少なく、地元に残るのは跡取りの男子。女子は都会に憧れて出ていき、帰ってきても結婚している場合が多い。

 作品に現実味を与えているのは他にもある。

 独特の表現や方言だ。

「大ごっつぉ、とは『大御馳走』の訛り」とある。語尾の「べ」や「っけ」や「普段いい慣れないらしく不思議なアクセント」の「デ・ザァト」も「クタクタおうどん」もそう。

 兄の特徴を表しながら、帰省した田舎の世界観をうまく表現している。

 昼にうどんを食べる、というのも現実感があっていい。

 うどんと牛乳寒天が風邪を引いたときに食べるもの、という流れもさほど違和感はない。牛乳寒天は、所によってそうなのかなと思う程度。すり下ろしたりんごとかバナナなんてのもあるかもしれない。


 兄のセリフ「兄ちゃん、結婚も都会の仕事もよくわかんないけど。うまくいかないってことはたくさんあるべ。で、もういいや、って思うことだってある」「でもまたいつか上向きになる日が来るべ。あーだめだぁって思ったら、寝込んでよく休んで。んで、元気んなったら動きゃいいのよ。風邪と同じだ」から、妹が帰省してきた理由を聞いていないのだろう。なにかあったらしいことは聞いているのではないか、と推測する。

 なので、「風邪と同じじゃないよ~! 旦那に浮気されて、散々揉めに揉めて出戻ってきただけなんだから!」と主人公が告げた後、「はっとした顔をしたあと兄は口をへの字に曲げ」たのだ。

 このときはじめて、妹の帰省理由を知ったのだ。


「サクサクとした触感に、甘い牛乳の味、そして最後にみかんの酸味が口いっぱいに広がった」とある。

 この牛乳寒天にはみかんも入っているのだ。

 缶詰か、自家製のみかんか。それはともかく、「久しぶりにやってみたら、上手にできただけだけど」といいながら、ただ牛乳を固めるだけではなくみかんを入れるという細かな芸当もしている。

 妹のために、兄は頑張ったのであろう。


 くたくだうどんや牛乳寒天だけではなく、こうして迎えてくれた兄や郷里が、主人公に元気を取り戻させてくれるのだ。



 


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