カクヨム賞 『どんな記憶も思い出す料理』の感想

どんな記憶も思い出す料理

作者 しらす

https://kakuyomu.jp/works/16816927861204348203


 事故死していた事を忘れていた私は、懐かしい母の料理を振る舞ってくれた喫茶店の店主に教えられ、成仏する話。


 本作は企画物で、『料理研究家リュウジ×角川食堂×カクヨム グルメ小説コンテスト カクヨム賞』を取った作品。審査に際し、最も重要視した点は「いかに料理がおいしそうに描かれているか」「料理を注文した後、その料理の登場する小説を読みながら、いつ自分のもとへ届くのかとワクワクしてしまう物語を選んだ」とあります。


 どんなときでも、思い出すのは母の味。

 自分が死んでいるのに気づかないなんてあるだろうか。

 忙しく日々をくり返していると外界と遮断したくなる。

 結果、自分の身になにが起きたかも気づけなくなったのだ。

 それでは、生きている甲斐すら気づいていないことになる。

 それはそれで悲しい。


 主人公私で書かれた一人称の文体。自分語りの実況中継、描写もしっかり書けている私小説で、不思議なホラーミステリー。

 本作は帰納法で書かれ、無駄なく作られている。結果を先に述べながら、なぜそこに至ったかが明かされていく。なので、主人公の行動に無駄はない。すべて最後に迎える結末に帰結する。


 女性神話の中心軌道で書かれている。

 主人公は事故で死んでいることを忘れて、生きていると思って現世をさまよっている。そこに歌の歌詞や上司の行動、予測変換から現れる「どんな記憶も思い出す料理」など次々現れ、本来の姿へといざなっていき、主人公の日常が悪化。道に迷い、喫茶店に行き着く。導かれるまま料理を注文、すでに亡くなった母を料理から思い出して店の人に告げられる現実。すでに自分は事故で他界していたが、死んでいることを忘れてて現世をさまよっていたのだ。

 事実を知った主人公は死を受け入れ、あの世へと旅立つ。

 

 一行目の「どんなに君の手に触れたくても 伸ばした手は空を掴むんだ」からすべてが始まっている。歌の歌詞とおもっていたが、これは娘に対する亡母の思いである。

「あなたのお母様は、最後まであなたを助けようと手を伸ばしていたの。でも死者の彼女はあなたに触れられなかった」と喫茶店の女性店主の言葉からもわかる。


「車に轢かれた音すら聞いていなかったあなたは、ずっと生きているつもりで毎晩アパートに戻って、毎朝出勤していたの」

 これも、主人公が普段から「耳の奥に分厚い幕を張るようなイメージをして」「怒鳴り声を風の音だとイメージ」しているから、「空吹しするバイクの騒音も、叫びながら走り回ったり泣き声をあげたりする子供の声も、突然鳴り出すパトカーや救急車のサイレンも」「音そのものは聞こえていない。全て風のように目の前を吹き過ぎていくだけ」の状態になっていたからだ。


 店の女性店主が「せめて行くべきところへあなたを連れて行きたい、とお母様は私に頼んできたのよ。自分が死んだと知らないあなたには、お母様の声も届かなかったから。それに、霊感の強いあなたの上司の方も、自分を恨んであなたが現れるんだと、私の所へ相談しにきたわ」といっている。

 ということは、彼女は幽霊が見えて話せるし、上司とも話せる生きた人間だということだ。

 相談しに来たということは、心霊相談所かもしれない。あるいは心霊相談をしている喫茶店という可能性も考えられる。

「あの料理はあなたのお母さんが、成仏できないあなたのために用意したものよ」とあるので、実体のない料理だったと推測される。普通の人間には恐らく食べることも、見ることすらかなわないしろものだったのではないかしらん。


「白いスミレの花が飾られたテーブル」に座るのだが、この白い花は死者に対する献花だったのだろう。

 店名の「喫茶・ゆーかり」は、コアラが食べるユーカリではなく、縁(ゆかり)という意味から付けられているのではと推測する。


「上から四番目のところに、『どんな記憶も思い出す料理』という奇妙な言葉があった」というのも、死を暗示しているのだろう。

 

 喫茶店の女性店主が主人公を、住んでいた二〇四号室へ案内して彼女に鏡で顔をみせるのだけれども、「体の半分が拉しゃげたように潰れ、片手があらぬ方向に捻ねじれた、若い女」の姿はもちろん主人公である。女性店主は、はじめから主人公の姿はそうみえていたのだろうか。顔が半分ひしゃげて腕が変な方向に曲がっている幽霊に、平然と対応するなんてよくできたものである。

 これまでにも幾度となく、幽霊と接してきたに違いない。

 自分が死んだことすらわからずに、死んだあとも整然と同じように残業して値引き惣菜買って、弁当を食べる生活をくり返してきたなんて、なんだか少し寂しい気もする。

 今度こそ迷わず成仏していただきたいものである。

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