グルメ小説コンテスト

リュウジ賞 『魔法使いの料理人』の感想

「魔法使いの料理人」

作者 風見鶏

https://kakuyomu.jp/works/16816927861617371881


「クルルンファ捕獲依頼」を魔法使いの塔から受けた魔法使いリックと弟子フィンは山中でお腹をすかせたクルルンファと会ってフォロフォロ鳥の旨辛丼をごちそうした夜、枢機卿に取り入るために手に入れたいお偉いさんの命令を受けて「捕獲対象を渡せ」と現れた魔法使いの塔の監視人に刃向かった二人は、魔法使いの塔から破門される物語。


 サブタイトルに「一度食べたらもう忘れられないフォロフォロ鳥の旨辛丼」とある。

 本作は企画物で、『料理研究家リュウジ×角川食堂×カクヨム グルメ小説コンテスト リュウジ賞』を取った作品。審査に際し、最も重要視した点は「いかに料理がおいしそうに描かれているか」「料理を注文した後、その料理の登場する小説を読みながら、いつ自分のもとへ届くのかとワクワクしてしまう物語を選んだ」とあります。

 作者はすでにファンタジア文庫で書籍を出している。

『放課後は、異世界喫茶でコーヒーを』全六巻。

『さよなら異世界、またきて明日』全二巻。

 故に、どんな話か楽しみである。

 作品を作っている人は私も含め、カクヨム内で賞を取られた作品を読んで今後の作品づくりの糧としていきたいものである。


 魔法が兵器にしか使えない、と誰が決めたのだろう。

 兵器とするか平和利用に使うかは、使う人間の心が決めること。

 魔法使いリックは「料理人になりたかった」と口にするのは、魔法は魔獣を倒し敵を屠れる兵器として使えることをよくよく知っているからだろう。だから、彼は対局にある平和利用の料理に、気兼ねなく魔法を使えるのだ。

 殺めるより生かすために魔法を使う。

 そんな彼の作る料理は、さぞかし美味しいに違いない。


 三人称で主人公フィン視点とリック視点、神視点で書かれた文体。人物の容姿描写は少ない。が、全体的に描写と説明のバランスがいい。本作は異世界料理を主題にした応募作品であり、主人公らが魔法使いであることから魔法による調理描写が多数見られる。また、魔法を便利な道具として安直に扱っておらず、描写表現が凝っている。応募要項にある料理がとくに魅力あるように描かれ、原稿用紙換算二十六枚程度の話にオチまである。


 本作には、クルルンファ捕獲という推進力ある中心軌道が存在している。

 魔法使いリックとフィンは師弟関係にある。が、魔法を料理ばかりに使うリックに幻滅し、不協和音が漂っている。

 山中の野営地にクルルンファの出現により、二人の関係が破綻。

 リックはクルルンファにフォロフォロ鳥の旨辛丼を振る舞い、関わりすぎたことで魔法の塔の監視人に手を出し、破門が確定的となる。

 だがフィンは、リックの魔法使いとしての存在価値に気づき、フィンも手を出し監視人を駆逐。リックは料理人になりたい思いを強くし、フィンも師弟関係を復活させる。

 

 面白い小説を支えるものは、文章・ストーリー・構成・設定・キャラクター・専門性の六つ。

 とくに、ラノベやエンタメで大切なのは「設定」と「キャラクター」であり、まさに本作の面白さはそこにある。


 リックとフィンは師弟関係にある。いわば上司と部下、先輩と後輩、先生と生徒などイメージしやすいキャラクターだ。

 しかもフィンは、魔法使いに憧れを持って弟子になり、どの師匠に就くかで出世と未来が決まると言われるにも関わらず、就いた師匠のリックは魔法を料理に使ってばかりいる。

 上級の魔法使い達は私利私欲に走り、富と地位、権力と利権を求めて宮廷へのコネに奔走、それ以下の魔法使いは地方出張しては害獣退治や山賊の捕縛という泥臭い仕事に明け暮れる日々。

 叡智を使って世のため人のために働くのが魔法使いだと憧れていたフィンは、現実に幻滅している。

 現実職の教職員や警察、市役所員や医療従事者、あるいは謳い文句に誘われて入ってみたらブラック企業だった等と置き換えても当てはまりそう。

 なので、指導する立場にいる読者にはリックの、指導を受けている立場にいる読者にはフィンの視点で楽しめる。

 たとえ指導したことがなくとも、大多数の人は指導された経験をもっている。ゆえに、読者から共感が得やすいフィン視点で描かれているのだ。

 あるいは、詳しくわからないキャラの方が世界観を知らない読者と立ち位置が近いため、物語の進行に合わせて彼女が知り得たことを読者も追体験できるからだろう。


 リック視点と思えるところが若干ある。

 本作は、リックの物語でもあるからだ。

 リックは、女性神話の中心軌道で描かれいる。

 料理人になりたかった思いを抱えながら魔法使いをしているリックは、捕獲依頼で弟子フィンとともに山中に向かい、依頼対象のクルルンファとフォロフォロ鳥の旨辛丼を食べたのち、彼女を救う行動をとって魔法使いの塔の監視人を駆逐。破門は免れなくなり、新たなる本来の未来へ向かって旅立っていく。


 人里離れた山の中で野営するのだけれど、山の中には平地は滅多にない。どんなところで二人は野営したのだろう。山道は獣道だろうから、野営には向かない。

「空が天井、この地面がベッドだ」と笑うリックは、雑草の生えた草地を蹴っている。足元には雑草が生えているのはわかる。

 リックは、手のひらに生まれた炎を周囲に生えている手近な木に投げ、周囲が明るくなったとある。つまり、周りには木がいっぱい生えているのだ。

 野営目的で火を灯り代わりに使っているのだろう。それだけ暗くなるのが早い。つまり、開けた場所にいるのではなさそう。

 窪地みたいになっているのだろうか。周囲に木が生えていると、密集度にもよるけれど、日が当たらなくて草は生えづらい。にもかかわらず生えている。ということは、樹木の密集度が薄い。

 リックと監視人が話しているところは森の中とあるので、二人が野営しているよりも奥。つまり、野営地は山の中というより山の麓か、林道に近い所かもしれない。

 とはいえ、野営地は「人里離れた山の中だった」とある。

 なので、人里から離れて、山の中に入ったばかりの入口あたりを野営地にしたのではと推測する。奥深い山中で野営すると、獣に襲われやすいため、比較的安全なところで野営して、翌日依頼対象を探しに山中へ入ろうと、リックはフィンの安全も考えて判断したと思う。一応、年頃の女の子だから。

 フィンは野営地で寝るのだが、「丸めていた敷布をとり、その場に広げた。これが今日の寝床になる」とある。水平でないところで寝るのはかなり辛い。なので、山の中といっても、平地のある山の入口だとおもう。でなければ、敷布が魔法のじゅうたんの如く宙に浮かんで水平を保ってくれるのかもしれない。


 リックの「あくびをしながら、鼻水をすすり、くしゃみまでしている平凡な顔のこの男に、魔法使いとしての未来」を感じないとするフィン。魔法使いの未来を感じるのは、あくびもしなければ鼻水もすすらない、くしゃみもせずイケメンに限る、とフィンは思っているのかもしれない。かなり理想や夢をみているキャラクターだとわかる。


 本作の魔法使いは、世界の狭間に己の空間を持っているそうなので、リックが道具を取り出すとき「次から次へと道具を引き出している。その光景はさながら奇術師のようで、フィンはいつも見惚れてしまう」とある。ドラえもんが四次ポケットから道具を取り出す様を見ているようだ。

 異世界転生ものに登場する、主人公をはじめとする登場人物たちが持つ特殊能力や持ち歩けるアイテムという形でアイテムボックスが登場するのをよく見かける。リックの持つ空間もそれと同類なものだろう。

 

 私達の現実社会で使われている格言やことわざをファンタジー作品で安易に使うと、作品世界が崩れてしまう。崩れず説明を省いて流用しやすくしたのが、異世界転生ものというジャンル。だけれども、本作は異世界転生ものではなく、異世界ファンタジーとして書かれている。

 それがはっきりわかるのが、「魔法使いは腕が三本、目が四つ……などと言われる」だと思う。

 この世界で使われている言い回しを使って表現しているところに、本作の良さ、作者のこだわりを感じる。


 フォロフォロ鳥という架空の生き物がでてくる。

「生まれてから死ぬまで、一度も止まらない鳥」

 眠らず泳ぐマグロのような回遊魚に似た生態を、この鳥はしているのだろうか。

 寝ない生物はいない。

 恐らく、寝ているところをこの世界の人間は見たことがないのだ。キリンの睡眠時間は三十分といわれる。同じようにフォロフォロ鳥の睡眠時間も、この世界の人間の睡眠時間より短く、動いているところしか見たことがなく寝ていないように思われているから、「死ぬまで一度も止まらない鳥」と呼ばれていると推察する。

「巨大な翼も、その胸肉も固くて食えたもんじゃない。だが脚は溶けるように柔らかい歯応え」とある。

 鳥といわれて、鶏をイメージしてはいけない。おそらくこのフォロフォロ鳥は、人間に狩りつくされて絶滅した巨鳥モアと同じように巨大な鳥だったと思われる。最大のもので四メートルはあっと言われ、二、三百年前にはニュージーランドに生息し、翼はあっても、ダチョウのように地上を疾走していたとされる。

 フォロフォロ鳥もそのような生き物では、と推測する。

 飛んでいる鳥に対して「生まれてから死ぬまで、一度も止まらない鳥」などという表現はしない。だからフォロフォロ鳥は、地を動き回る飛べない鳥に違いない。


 このフォロフォロ鳥は、「巨大な翼も、その胸肉も固くて食えたもんじゃない。だが脚は溶けるように柔らかい歯応えで、一度食べるともう忘れられない」とある。

 柔らかい食べ物として浮かぶのは、A5ランクの飛騨牛のローストビーフやミスジ、トンポーロの黒酢酢豚、マグロの大トロや中トロ、など。脂身が多いと想像される。

 だが、フォロフォロ鳥はやはり鳥。

 脂身は少ないと予想される。

 多くのジビエの鳥類は、むね肉、もも肉、ささ身のほか、レバー、腎臓、心臓などの内臓類も美味しく食べることができる。でもフォロフォロ鳥は食べられない。この辺りが、ファンタジー世界の魔獣の類を彷彿させている。

 脚しか食べない、ということは鶏足(もみじ)としてしか食べられないのだ。

 鶏足にはコラーゲンが多く含まれる。

 フォロフォロ鳥の足は、丸く膨らんで赤みがかったうろこのような皮膚で覆われた人間の手首ほどの太さがあるベトナムのドンタオ鶏のようなものではないか、と想像する。

 ドンタオ鶏の肉は他の鶏の肉と違い、脂味が少なく、分厚くプリプリとジューシーな食感。特に旨味が凝縮された弾力のある肉質が特徴であり、ベトナムの王室や宗教的な供物として定着しているので似たような味わいがあるのではないかと思う。


 鶏足を食べるときは爪を切り落とし、スパイスを振りかけてそそのまま焼くスパイス焼きがある。

 あるいは鶏足の甘辛煮あるいはタッパルの場合は、鶏足に適量の水、生姜や長ネギにんにくの野菜を入れて一時間ほど煮てから、フライパンで鶏足を焼き表面に焦げ目がでてきたら、調味料やスパイス、醤油や味醂酒砂糖味噌等をまぜた合わせ調味料を入れて更に焼き、とろみがでてきたら出来上がり。お好みで唐辛子を足してもいい。

 リックが作ったのは後者だろうか。

 一般的の鶏足は、甘辛いタレを舐めながら皮とわずかな肉を吸い付くように食べるのだけれど、おそらくフォロフォロ鳥は巨大に違いないので、骨つき肉を豪快にかぶりつけるほど、食べられる肉があると思われる。

 なので、「なんの抵抗もなく肉が解けた。断面は白く、それでいてかすかに黄金の鮮やかさをもった肉汁が溢れてきた。フォークで口に運ぶ。弾力。それでいてすぐに溶けてしまう柔らかさ。濃厚な肉の味わい」といった描写ができるのだろう。


「舌がピリピリと痺れ、熱を持つ。それがあの赤いスパイスなのは疑うべくもなく。食べたことがないような刺激に、フィンは思わず顔をしかめた」「辛さは驚くほどあっという間に過ぎ去った。むしろその後を引く未練のなさが、物足りないような気さえした。口の中に次から次へと唾液が湧きだし、もっと食べたい、という食欲が込み上げてくる」

 色は赤いから鷹の爪などの赤唐辛子かと思ったけれども、黄金唐辛子をベースに作られたスパイスなのではと思う。熟すと黄金色となりパプリカに似た風味も愉しめる激辛品種。この唐辛子の特徴は、後を引かないシャープな辛さとさっぱりとした口当たり。舌がシビれるような大辛で、香り高く、クセのない辛さだという。


 そもそも、森の奥に住んでいるクルルンファはなぜ、危ないからと追い出されたのか。追い出したのは誰? クルルンファには同属種はいないのだろうか。家族や仲間は? 

 まず、クルルンファは彼女の名前だ。

 断じて、獣人族の種類名ではない。

 リックは彼女に「君の名前はなんて言うんだ?」と尋ね、彼女は「クルルンファ」と答えている。名前を聞かれて「サイクロプスです」「ゴブリンです」「人間です」なんて答えはしない。

 つまり、魔法の塔のお偉いさんは、個人名である「クルルンファ」を捕まえてこいと依頼したことになる。

 疑問が生まれる。

 なぜ、名指しで捕まえてこいと依頼を出したのか。畑を荒らしている野生動物をなんとかしろというときは、クマやシカ、イノシシなどの生物名を使うのが一般的だ。

 彼女の名前を知っているということは、名前を呼んでいる人から教えてもらったからだと想像できる。

 彼女の名前を呼ぶのは、肉親や親類縁者、友人などである。

 ということは、魔法の塔は獣人族でクルルンファとは遠戚関係なのか。可能性はゼロではないかもしれないけれども、おそらくそれはない。お偉いさんが、森の中に住んでいるなら可能性はあるだろうけど、そうではなさそうだからだ。

 それに森の中でリックは、魔法の塔の監視人と話している。

 話のやり取りから、魔法の塔の命令を受けた監視人が、クルルンファ狩りをしていたと推測される。

 魔法の塔の偉いおじさんたちは、枢機卿に取り入ろうと獣人族を愛玩にしたい彼の趣味嗜好のために、獣人族の子供を捕獲して献上しようと考え、監視人たちに命令した。

 森の中で、クルルンファの親たちと交戦となり、幼い彼女だけでもと逃したのだ。

 子供のクルルンファは彼女だけなのかしらん。

 固まって逃げていたけれど、はぐれたのだろうか。

 はぐれたのなら、そう答えていても良さそう。

 答えていないということは、家族で森に住んでいて、子供の彼女だけを逃したのだ。

 監視人の一人が魔法の塔に戻り、目的の獣人族の子供を逃したと報告。それを聞いたお偉いさんは激怒したに違いない。

 そこで、捕らえた親の獣人族から娘の名前を聞き出していたため、下級魔法使いに「クルルンファ捕獲依頼」を出したのだ。

 それを引き受けたのがリックであり、弟子フィンは山の中で野営するはめになって「……帰りたい」とつぶやいていたという流れだろう。

 森の中にいた二人はクルルンファの親を捕縛、あるいは殺したかもしれない。殺すつもりはなかったけれど、交戦の結果死んでしまったのだろうか。そう考えれば、娘を捕まえる必要が出てきたとも思えてくる。

 リックは「だからさ、クルルを渡したあとにどうなるかってことを聞きたいわけよ」と聞いている。

 リックは察したのだ。

 クルルンファの親は、この二人がどうかしたに違いない、と。でも、生きているかもしれない。とりあえず話を聞きたいから、リックは相手の攻撃を返すような反撃しかしていない。彼から、敵意があるようには感じられない。

 フィンも手を出し、「これでわたしも塔からは破門ですね。先生に連れて行っていただくしかありません」と言っている。

 でも、まだ破門とは決まっていない。

 監視人の二人をまずは捕まえて、詳しい事情を話してもらい、それからどうしたらいいのかを考えるだろう。

 報告がちっともないとお偉いさんは、次の部下を送ってくるかもしれない。それをリックがまた捕まえて、捕まえて捕まえて……をくり返し、クルルンファの親を返してもらうための交換条件に監視人たちを使い、このことが魔法の塔を管理している人たちの耳に入り、魔法の塔の腐敗問題を解決してしまう……という展開になっていったら面白そうだ。


 この先どうなるのかは、読者の想像に委ねられている。

 


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