角川食堂賞 『王弟殿下と転移者メイドのひみつの夜食』の感想

王弟殿下と転移者メイドのひみつの夜食

作者 不屈の匙

https://kakuyomu.jp/works/16816927861156419095


 お腹が空いた理子はキッチンに忍び入ってレオと出会い、作った夜食を二人で堪能したことを秘密にする物語。


 本作は企画物で、『料理研究家リュウジ×角川食堂×カクヨム グルメ小説コンテスト 角川食堂賞』を取った作品。審査に際し、最も重要視した点は「いかに料理がおいしそうに描かれているか」「料理を注文した後、その料理の登場する小説を読みながら、いつ自分のもとへ届くのかとワクワクしてしまう物語を選んだ」とあります。


 タイトルが作品内容を説明している。どんな秘密の夜食かといえば、副題「じゃがいもとアンチョビのガレット」である。ただ秘密がなにを示しているのかは、読んでみなければわからない。

 句点をうったほうが読みやすいと思える箇所が目につくも、気にしない。


 一人称、主人公理子の私で書かれた文体。異世界転生ものであり、場面説明と状況描写がある。

 異世界転生ものだからだろう、お手軽に魔法を使っている。

 下働きの者がお腹が空いたからと勝手に食材を用いて夜食をつくって食べて良いのだろうか、などとツッコミを入れず、お約束だからと温かい目で読んで楽しむ作品だと思う。


 メロドラマのような中心軌道。

 空腹を覚えた理子は夜食を作ろうとキッチンへ向かい、レオは妖精の噂を聞きつけキッチンへと向かい鉢合わせる。空腹から、理子が夜食を作るのを許し、キッチンにあるものを一つ一つ尋ねては理子に教えてもらう。

 魔法の能力をレオに高く評価してもらうも、「目立ちたくなくて」と気持ちだけを頂いていく理子。

 それぞれの能力ではクリアできない障害をクリアするごとに料理は作られ、胡椒を入れることを求める理子にレオは許可し、二人は共に満足する食事にありつけた。

 レオはおかげで、妖精の正体=理子を見ることもでき満足し、二人だけの秘密までできる。理子は自分が噂の妖精であること、レオが王弟だと後に知る。


 異世界転生の下りは説明で終わっている。簡素なベッドを抜け出すなど、細かな描写をせず淡々と説明していく。書きたいことは料理なので、それ以外は簡素にしているのだ。

 短編で限られた字数の中、どこに力を入れてどこを抜くかを把握して書かれている。とにかく早く物語のメインへ行くために、冒頭の説明は簡素かつテンポよく進む所が良い。

「指先には魔法の光を灯して」から、この世界に魔法があること、主人公が魔法を使えることを、説明でなく行動から伝えている。


「使用人が使っていい食材は」とあるので、夜食を作ることを認めているのかしらん。少なくとも、使用人が食べるために用いていい食材という意味であって、夜食を作っても良いということではないと思われる。でも、「作るな」とも言われていないわけだから、グレーゾーンであろう。

「ここエゼルディッチ王国でよく採れる芋各種」さりげなく、主人公がいるのは王国だという説明をしている。

「去年に作られた絶賛消費推奨の保存食」この保存食とは、次に続く「パン」のことだと思われる。この世界にパンがあるのもわかる。ただし、小麦から作られているかは不明。

 キッチンの食料を物色していると声をかけられ振り返ると、「柔らかそうな金髪に深い湖をたたえたような瞳の男性がいた。見回りの騎士だろうか。刺繍の入った上等な服に、剣を腰にかけている」とある。

 おそらく、理子の魔法の光によって照らされ、彼の姿が浮かび上がって見えたのだろう。この辺りはスムーズで無駄がない。

 この騎士、レオは明かりを持っていなかったのだろうか。描写がないところをみると、星や月明かりを頼りにキッチンまできたのかもしれない。あるいは、廊下には灯りの蝋燭が灯っていて、それを頼りにキッチンまで来たのかもしれない。


 レオと会ったとき理子は、「下はパジャマパジャマしていないとはいえ寝巻きなので、異性に見られるのはちょっと……いや、だいぶ恥ずかしい」と、ささいな理子の心情が書かれている。恥じらいをもつ女性らしさが伺える。こういう表現は大事。

 レオは妖精をみようとキッチンに来たことを告白している。

 理由は、「妖精を見るとささやかな幸運にあやかれるというだろう? せっかくだから探そうかと」思ったからだという。でもどうして、幸運にあやかろうとしたのか。それは「気分転換に妖精の噂を確かめようと思った」から。

 つまり、気分転換をしなければならないような悩み事を彼は抱えている。しかも、彼の悩み事とは「王弟殿下が婚約破棄したとかされたとかで、ぜひ後釜やら愛人に! とかで盛り上がっていたような気がする」と同僚の噂話にあるように、レオは婚約破棄されてショックを受けていたからなのだ。

 婚約破棄の理由はなんだろう。家柄の問題か、彼の性格か、それとも相手側に問題があったのか。


 この段階では、レオが王弟だとは理子はわかっていないのだけれども、読者としては「たぶんそうだろう」と薄々感じていると思われる。思われるのだけれども、キャラクターの行動の理由を、短い話の中でもきちんと描けているところに、本作を書いた作者のこだわりを感じる。

 目の前の騎士が何者なのか、小出しに明かされていく所が良い。

そのタイミングが、なにか一つクリアしたら一つ明かされるみたいな、交換条件のように障害を克服していくときであり、同時にストーリーが前へと進んでいく。

 

 面白いと思ったのが、「フライパンの鉄底に手を当てて、魔法で熱していく」というところ。おそらく左手(もしくは右手)を爪を立てるような形にしてにして、フライパンを乗せたのだ。指先から魔法の炎が出て、ジューッと炒めていくのが、浮かんできた。

 そういう具体的な描写はないのだけれども、キッチンへと向かう際に「指先には魔法の光を灯して」と表現されていることから、調理の際に魔法描写を省けるのだ。限られた枚数内の短編で、省いても意味が通る書き方ができるのは素晴らしい。

 

「料理に魔法を使うのか⁉」とレオが驚いている。

 少なくとも彼は、魔法を戦闘などでしか使ったことがないのかもしれない。あるいは、この世界の人達は魔法は戦うための兵器、道具としかみていない可能性がある。

 レオの「魔法が使えるなら魔術師として城に仕えた方が高給だぞ?」「その腕なら魔法研究の第一線で働けるぞ」の言葉からも、この世界の魔法が使える人=魔術師であり、戦闘職の一つでしかないのだろう。

「暖炉にかかっている完成間近のコンソメスープを少し拝借して温める」とあるように、本職のコックは暖炉を使って料理を作るようだ。異世界とはいえ、誰しもが魔法を使えるのではなく、限られた人間だけしか使用できないに違いない。


「使用人が使っていい食材は昼間の調理で出た端材やあまりものと、ここエゼルディッチ王国でよく採れる芋各種、それと去年に作られた絶賛消費推奨の保存食」なので、コンソメスープを食べるのは駄目だと思う。

「女は度胸」といって、彼女はコップ二杯分のコンソメスープをもらってしまう。

 ワインやブランデー、ウィスキーなどの製造工程で熟成中に水分やアルコール分が蒸発してしまい、最終的な製造量が目減りすることを「天使の取り分」と言われる。

 理子とレオがこっそり夜食で食べたために、翌朝コックがスープの減りを見て、「妖精の取り分」と思ったかもしれない。


 調理工程や食べる時の描写はよく描かれている。 

 チーズの焦げぐわいや食感、お腹が空いていて普段冷たい食事しか取っていないレオが慌てて食べて熱さに戸惑うのはわかるし、アンチョビも塩気と油分があるんだなとわかる。わかるのだけれども、「じゃがいもとアンチョビのガレット」を食べたことがないので、どのような形状でどんな食べ物なのかが想像し難かった。

 切り分けるとあるけれど、千切りにしたじゃがいもをチーズだけでまとまるかしらんと思ったり、アンチョビも食したことがないため「素朴な芋に旨みを与えてとても美味しい」というのも、どう美味しいのか頭を抱えてしまい、検索して調べ、あれこれ想像しました。

 チーズはもちろん、芋にも数多くの種類がある。とくに「エゼルディッチ王国でよく採れる芋各種」とあるので、どんな芋を使い、その美味しさはどうだったのか知りたかった。かといって、作中で長々と饒舌に美味しさを表現するのも違う気もする。

 豪勢な料理ではなく、素朴で、小腹を満たす夜食なのだから、二人して隠れてこっそり食べる行為そのものが重要なのかもしれない。

 ただ、コンソメスープの味については説明されている。スープが「じゅわっとして」いるのがモヤモヤした。

 飲んだ時の、冷えた身体に染みる温かさを表現したのかしらん。


 妖精を見たというレオは「今夜のことは内密に」といい、「また夜食をするときは是非誘ってくれ」と頼んでいる。

 これに対して理子は「そうですね、機会があれば? 私も妖精さんを見たいですし……」と答えているのだけれど、どうやって誘うつもりをしているのだろう。その場のノリと勢いで答えたのかしらん。でも、そう思ったのは事実であり、彼女の本音だろう。


「妖精が自分のことだと気付くのは、ずいぶん先のことである」「そしてレオが王弟殿下だと気付くのは、もっと先のことである」と物語は締めくくられている。

 きっとどちらも一度で発覚する、レオからの告白で、と推測する。

 そして異世界転生ものでありがちな、お妃になってくれというレオの告白に対して「のんびり過ごしたいんです」と答えて理子は断るのでは、と想像してしまう。

 

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