『クルシェは殺すことにした』三十七話までの感想

クルシェは殺すことにした

作者 小語

https://kakuyomu.jp/works/16816927861985775367


 裏通りの行き止まりにある薄汚れた平屋の屋内で治療を受けて眠るソナマナンを見舞ったクルシェは、さっさと逃げると思っていた彼女がソウイチをかばったことに対して感謝とともに詫びた。

 自室に戻り、二人が傍にいない状況を招いた自身の無力さと圧倒的な九紫美の強さを知って、死を覚悟する。が、まだソナマナンは生きているし、ソウイチは囚われているだけ。すべてが失ったわけではなかった。夢の中でフリードの言葉「魔力に対する自惚れをつけば、例え相手が魔女でも倒せるかもしれない」を思い出し、仕事の依頼ではなくソウイチを助けるために戦うことを決意して部屋を後にする。

 

 クルシェがもう一皮むける重要な回です。

 どんでん返しも起きています。

 

 殺し屋であり、育ての親であるフリードに影響を受けているクルシェは才能を感じさせつつも如何せん未熟でした。一人で仕事していたフリードを殺されてからは、ソナマナンとソウイチという仲間とともに才能を伸ばしていきます。

 やがて、クオン殺害依頼をする中でフリードを殺した九紫美と対決するも、ソウイチは捕まりソナマンは瀕死の重傷を負い、クルシェも絶体絶命の状況に追い込まれてしまいます。

 この状況を打開するには、クルシェ独自の才能を発揮せねばならない。殺し屋フリードの教えとソウイチたち仲間のために戦う両方の思いを胸に、絶望的状況を打開しようと挑んでいくわけです。

 クルシェのサブプロットはやはり、一つではなく二つあったのでしょう。一つはフリードの仇討ち、もう一つが心を閉ざした少女が笑顔を取り戻す、といったところでしょうか。

 あるいは、メインプロットがフリードの仇討ちだったのかもしれません。サブプロットは、クオン殺害依頼をこなしながら心を閉ざした少女が笑顔を取り戻すと考えることもできそうです。


 ソナマナンが治療を受けていた場所は、野戦病院のような、掘っ立て小屋でした。人目につかない場所を確保したのでしょう。

 四十代の医者が彼女のかかりつけ医。おそらく、昔から見てくれていると思われる。彼女のような特殊な人間を診れる医者が、幾人もいるとは思えないからです。

「あまりソナマナンに無理をさせないでくれ」

「いや、あの女の治療は手袋や替えの服が大量に必要でな。その分の料金は貰うが、廃棄が面倒で敵わない」

 医者の男のセリフから、これまでに幾度も治療してきた経験がある口ぶりが伺えます。おそらく幼い頃に怪我をし、そのとき出会ってからの付き合いでしょう。少なくとも十年くらいは診てくれていると想像する。きっと彼女だけでなく、彼女のような裏稼業の人間相手に商売をしているのかもしれません。

 止血はともかく、輸血はどうしたのだろう。ソナマナンの血を他人にあげることはできなくとも、型が合えば一般人から輸血するのは問題ないかもしれない。毒性を帯びるのは、体内に入ってからだとするなら手術はできるはず。

 気になるのは、自分の毒で自身が侵されたりしないのかという点。その辺は「魔法」ということで、温かい目で見ることにしましょう。

 この世界に魔法があるので、治療が使える魔女もいるかもしれません。それならソナマナンの回復も早いでしょうに。


 クルシェの部屋の戸棚に、半年前泣いていたときに貸してくれたソウイチのハンカチがありました。まだ返してなかったのですね。

 仕事の依頼とはいえ、自分の復讐のためにソウイチは連れ去られ、ソナマナンは死にかけてしまった。助けに行ったところで、スカイエのいうとおり返り討ちに合うのは目に見えている。

 断章でフリードにより語られていた、彼が使っていた短刀〈死期視〉を取り出し、刃に映る自分と自問自答する場面があります。

 投擲用のものより大振りの短刀、大振りの刃とあるので、おそらく三十センチくらいの脇差程度のもので、投擲用の短刀はそれよりも短い短刀、もしくは忍者がつかう十五センチほどのクナイと想像する。クルシェにとっては大事な形見なので、刃に映る自分と話すのは、擬似的にフリードと話すことを意味しているのでしょう。

 なのでこのあと、どうしていいかわからない状況に陥ったクルシェは、夢でフリードと対面するわけです。でもフリードの言葉が長々と並んでいて、少し夢とは思いづらかったです。

 意図的に思い出そうとせず、かつて誰かに教わった言葉が思い出されるのは、似たシチュエーションに身をおいたときや同じ動作をしているときに蘇ってくることが多いです。とくに体を動かしているとき、指導してくれた人の言葉がありありと蘇ってくる瞬間があるのは、それだけ体に染み込んでいる現れです。

 なので、クルシェも部屋で体術のトレーニングをしたり、指導を受けている夢をみたときにフリードの言葉が蘇ってくる描写があると、わかりやすかったかもしれません。

 

 ともあれ、これまで魔女の力で短刀を出し入れして戦ってきたクルシェ。でも実際、フリードから学んだ体術だけで戦ってきたようなものだと思います。九紫美のように、魔女の力を存分に発揮しての戦いではなかったはず。

 人外の力を持つ魔女であるが故に、「魔力に対する自惚れをつけば」過信は慢心となり必ず油断が生まれ「例え相手が魔女でも倒せるかもしれない」と語ったフリードの言葉を思い出したクルシェは、起死回生の光明をみつけたのです。

 これまで彼女は、死んだ人のために戦ってきました。過去のために戦うのではなく、今現在生きている仲間のために戦うことを選び取ったことで、クルシェは助けに行こうと前へ進めるのです

 敵は九紫美ではなく、過去を引きずる自分の心にあったわけです。

 クオン達に囲まれたときより、さらに追い込まれた状況に陥って自分自身と向き合えたからこそ、クルシェは成長できたのですね。

 彼女がどんな戦いをするのか、実に楽しみです。

 

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