『クルシェは殺すことにした』二十五話までの感想

クルシェは殺すことにした

作者 小語

https://kakuyomu.jp/works/16816927861985775367


 夜通しリヒャルトを探していたハチロウを車で迎えに来たエンパは、ハチロウがかつて〈月猟会〉と敵対する〈鬼牢会〉に雇われていたがクオンの野望に共感して寝返ったことを、彼から聞いて驚く。

 一方、クルシェたちはソウイチの奢りで牛丼を食べながら、今夜〈月猟会〉を襲う事を確認しあった。


 エンパは運転手もしており、ドライビングテクニックが良いと説明されています。たとえば「湖面を滑る木の葉のごとく車を走らせる」など、彼女の上手さを説明ではなく描写で書くと読者は、蜂の巣エンパの二つ名どおり機関銃をぶっ放すしか脳がないようなキャラかと思っていたけど実は運転技術は高くて繊細なんだ、と伝わる気がします。ただ、彼女が乱射してぶっ放しているシーンがまだないので、意外性はまだ生まれないかもしれないけど。


 ハチロウは、「三日三晩動く程度ならば、苦ではない」と体力自慢をしますが、「いや、情けないが、こういうことは不得手でな」と捜索は苦手だとわかります。

 また、彼は数カ月前まで〈月猟会〉と敵対する〈鬼牢会〉に雇われてクオンの命を奪おうとしていたことが明かされています。

 かつてソウイチがクルシェたちに〈月猟会〉の若頭クオンが今回の標的だと告げたとき、「これまで〈月猟会〉は現状の勢力を維持するだけの実力しか持ちえなかったが、この数ヶ月間で近隣の敵対勢力を排除し、一気に勢力を伸長していた。有名どころでは〈鬼牢会〉が〈月猟会〉との抗争に敗れて消滅している」と、説明した際に〈鬼牢会〉の名前が出ています。

 クオンが若頭となってから、敵対勢力を潰す中でハチロウは九紫美とやり合い、クオンの野望を知って寝返り、そのまま〈鬼牢会〉を潰したのでしょう。

 ハチロウが数カ月前まで〈月猟会〉にいなかったことから、フリードを殺害したのは、ほぼ九紫美に違いない。


 ところで、なぜ捜索が苦手なのに、彼は探しに出たのか?

 クオンの護衛に九紫美、運転手はエンパ。捜索に出るのは、手のすいている彼しかいなかったのでしょう。でも他の構成員はいないのかしらん。

 なぜ苦手なのか?

 彼は三年前、少女連続殺人の濡れ衣を掛けられ、ハクランから大陸に逃げてきた。その後、長らく〈鬼牢会〉にいたが、現在は〈月猟会〉にいる。

 縄張りが変わっただけでなく、敵対勢力を潰し、現在も〈月猟会〉の縄張りは拡大している。そのすべての範囲を、まだ見て回っていないのかもしれない。そういえば初登場した回では、クオンの用心棒なのにハチロウは彼の傍にいなかった。ひょっとすると、縄張りを見て回っていたのかもしれない。そもそも異国民である彼にとって、サクラノ街は不慣れな土地なのだから。

 なぜ彼は寝返ったのか?

「カナシアを支配する」というクオンの野望は、かつてハチロウも持っていたことがわかる。ハチロウは、「俺の失ったものを、若頭のなかに見た」ため、彼の下で働いていると語っている。

 おそらくハクランは、水華王国を侵略しようと考えていたのでしょう。

 剣士だったハチロウはハクランの兵として、水華王国の一つであるカナシアを攻め落とそうと夢見ていた。が、濡れ衣を着せられて大陸へと逃げてきた現在の彼にとって、「カナシア支配」は失った夢になったのでは、と想像します。

 

 クルシェたちが昼食を食べに街に出てきています。

 表通りには高層建築が立ち並んでいるようです。

「ちゃんと朝食を食べなかったから腹が減った」と言っている。なので、店内に調理場はあったのに〈白鴉屋〉に食べられるものがろくになかったのでしょう。

 つまり、〈白鴉屋〉では軽食や定食などは提供していない店に違いない。

 一杯飲み屋みたいな感じ。

 食べものがあっても、つまみ程度しか置いてないのではないでしょうか。


 彼女らの会話から、この世界にスシがあるのがわかります。

 日本人がスシと聞いて酢飯に生魚をネタにしたものを連想しますが、海外の人にとってのスシは海苔ではなく生ハムやライスペーパーで巻いたものや、マシュマロにフォアグラを乗せた握り、シャリにガナッシュチョコ乗せて海苔で帯留めした握り寿司だったりします。

 所変われば品変わる。

 それと同じように、本作の世界のスシも、名前は同じでも私たちとは違う代物を指しているかもしれない。


「何なら、俺が奢ろっか。最近は仕事続きで特別手当が多いからな」

「そんなことしているから、お金が貯まらないのよ」

 ソウイチの言葉にソナマナンがツッコミを入れている。彼女は普段の彼の素行を知っているから、そんなことを口にしたのでしょう。

 奢っている相手は誰だろう。ソナマナンかクルシェか。

 ひょっとすると、白鴉屋で出しているお茶の類はすべて、彼が自腹で用意したものかもしれない。

 それにクルシェの部屋は生活感がなく、自炊しているような描写もなかったし、奢りと聞いてクルシェが『高級ハクラン御膳』の看板を指差しているところから、少なくとも彼女には奢ったことがあるに違いない。

 三人が入ったのは牛丼屋。

 クルシェは迷わず「並盛に野菜と卵、ミソ汁もつけちゃお!」といっている。

 きっと、普段から食べ慣れているのでしょう。


 小声で話すとき、周りに客はいないことを説明ではなく、警戒する仕草や描写したらいかがかしらん。


「男が一度牛丼を手にしたら、食べ終わるまでどんぶりを放しちゃいかんというのが、親父の遺言なんすよ」

 遺言云々はともかく、ソウイチは大家族の中で育ってきたのではと推測する。

 大家族ゆえに生まれた、家族内ルールにちがいない。

 何人いるのかわからないけれど、彼には優秀な弟たちがいるとあったので、食事はいつも戦場。早いもの勝ちだったのではないかしらん。手を離したら最後、誰かに取られてしまう食事環境を彼の父親、そして彼自身も体験して育ってきたのでは。

 少なくとも、彼の父親はそうだったに違いない。

 

 物語の構造上、前半はミステリー要素のため主人公は受け身にならざる得ない中、ただ一人、はじめから受け身でないキャラが存在しています。

 それがソウイチ。

 お金儲けのため、危険なことでも、とぼけたことを言いながら自分のやりたいことをやっているキャラなので、イキイキしています。

 主なラノベ読者を十~三十代の男子としたとき、おそらく感情移入するキャラクターはソウイチになる。だから冒頭に出てきたキャラは、クルシェではなくソウイチだったのでしょう。

 かといって、彼の目を通して作品が語られているわけではなく、バトンを渡すように視点や場面を変わりながら、物語の主人公はクルシェとして書かれています。

 クルシェの行動動機は養父の復讐。だけど基本は依頼遂行のために仕事として動いているので、いまのところ彼女が物語を引っ張っている感じはない。

 なので、ソウイチは大事なキャラクターだと思います。

 彼のような、やる気に満ちて前向きに向かっているキャラがいる作品は面白い、と思う。

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